海賊 | ナノ

強いものが生き残る



「じゃあ今日もストレッチちゃんとして各自解散だ」


ベックマンの声にはいっ と大きな声で返事をするのは男子バスケ部。
この時期からは日が沈むのが早いため何事も女子が優先されてくる。暗くなると危ないので1人では帰らないように、それとなるべく早い時間に帰してやりたいというベックマンの思いに男子は文句を言わず従っている。無論、文句なんていう者はいない。男子にとっても女子は同じ部活の仲間である、という意識があるからだ。

今日もはりきっちまった、と先輩に背を押されながら振り返るのはキッド。薙那という女子を認識してからたびたび女子の練習をちらっとみるようになった。しかし見る度、期待されていた割には動いていない。というよりメインメンバーに混じっていなかったと言った方が正しいだろう。
3年がいた頃はもっと迫力があったのに、と感じずにはいられない。それほどにまだ今の2年には熱さがでていないのだ。
あいつ1人加われば変わるのだろうかとプレーをしている姿を見たくなる。


「うし、終わったぞ、キッド」
「あざっす」
「じゃあお疲れなー」
「うっす」


各自終わったら解散と言うことでキッドは先輩と別れて汗だくのユニフォームを制服に着替えに部室に向かった。

あいつ、あんなで部活やってる気分なんだろうか。絶対やりたんねぇだろうな。ローもバスケくらいは出来るだろうし、ルフィたちサッカー部も身体動かすのは好きだろうし、ある程度できるだろう。
今度誘ってやるか。

そんなことを考えながら。


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翌日。昼休みには3組にいく…ここ最近日課になっていることだ。もう違和感というものはなくなってきていた。相変わらず薙那はうまく喋れず、キッドとローは一線をひかれている気がした。まあ仕方がないことかと地道に通っている。

「あ?薙那ならベンに呼び出されたらしいぞ!」


行ってみるとこの様だ。ベックマン…ということは部活関係で呼び出されたのに間違いないだろう。
お昼は食べずに行ったから戻ってくるはず。そうナミにいわれたためキッドとローは昼食を3組で取り、待つことにした。

しかし昼休みが残り10分になってもなかなか戻ってくる気配がない。別に校外にでた訳ではないから心配は無用なのだが、少し心配してしまう。
すると不機嫌オーラを知らぬ間に出していたのか、ローが誰も寄せ付けないような険しい顔をしていた。それを見たナミは「空気が重苦しくなるから気になるなら迎えに行きなさい。進路指導室だから」と言って2人を教室から追い出した。
このまま戻るのも嫌なので2人は進路指導室へと薙那を迎えに歩き出した。

進路指導室は職員室の向かいにある。正直なところ自分たちは不良と言われる立場であるから職員室なんて非常に避けたいが、用事が用事なだけに仕方がない。いくつかある扉の上に“進路指導室”とかかれた扉を見つける。
入るべきか?待つべきか?
キッドがローに目線で確認しようと横にいるローを見たとき、すぐ側の自分たちが目的としている扉が勢いよく音を立てて開かれた。


「っ先輩!」

中から聞こえたのはきっと薙那の声。確信を持てなかったのは初めて聞く叫ぶような声だったからだ。
中から呼ばれている、とするとこの扉を開けて出てきた人物が“先輩”であるのだが。


「先輩は中学でどんな部活をしていたんですか!年上が優先だったんですか!」
「口答えしないでよ!」
「チームは学年別なんかじゃありません。努力して強い人がコートにたてるんじゃありませんか!」
「私は降りないし止めない。次の秋の大会も2年でいく、絶対に変えないわよ」
「先輩…っ」


薙那が扉から出てその“先輩”の手を掴んだがそれもむなしく、振り払われてしまう。そのまま“先輩”は歩き出してしまった。
今まで周りが見えてなかったのか、薙那はそばに2人がいることに驚いた。

「あ、キッドさんにローさん…」

“先輩”に対してか敵対オーラがでていたが、それが一瞬で失われる。部活にはキッドと同じく真剣に取り組む体質のために、関係する事には周りが見えなくなってしまうらしい。
いつもと違う自分をみられたのが恥ずかしいのか、前髪を少しいじった。

「ワリィ、」
「いえ、その…こちらもすみません」

薙那はシュンとうなだれ、空気が少し重い。なんて声をかけていいかもわからず、今の状況で口を出せる勇気はなかった。

「おい、どうした?…ああ、キッドにローか」

そんな空気を壊したのはバスケ部の顧問でもあるベックマン。
確かに薙那を呼び出したのはベックマンだし、逆にここにいなければおかしいのだが、なぜか急に出てきた顧問の存在に驚きを隠せなかった。

「ちわ、」
「ああ」


とりあえず2人も中にはいるか?と聞かれたが、2人が返事をする前に薙那が中へと入ってしまう。ベックマンが視線で「入ってくれ」と言い、2人は大人しくそれに従い進路指導室へと足を踏み入れた。

指導室へ入ると薙那がソファに座りうつむいていた。ベックマンが薙那の隣へ座ったので、キッドとローは向かいのソファへ腰を下ろす。


「さっきの、聞いていただろ」
「あ、はい」
「ローは?」

さっきのはもちろん聞いていた。なら、内容は理解しているか、と聞かれているのだろう。

「…少し、聞いた程度、ですけど」
「じゃあ聞く。お前達がこいつの立場なら、どうする?」

こいつ、と言われて指さしたのは未だに顔を下に向けている薙那。


「俺がこいつの立場なら、レギュラーとしてコートにたちたい。プレーをしたい…っす」


先に声を出したのはキッドだった。

「ローは?」
「…確かに、俺だったらやりたい。だが、それでも薙那の思うことと俺たちが思うことは同じじゃない。同じ立場に立つには細かい情報も必要だ。だから参考にだけ、俺はきっと何が何でもやりたいと思う、と言うしかないです」
「……だ、そうだぞ」


2人の言葉をしっかりと聞いた後、ベックマンは薙那の頭にぽんっと手を乗せる。すると薙那の目から雫―――大きな涙の粒が、ポタポタと落ちた。

「お前だけじゃない、誰だってコートに立ってプレーしたいと思うんだ。自分を責めるな」

ベックマンの言葉にコクコク頷く薙那。その度に目からは涙が零れ、スカートや足に落ちていく。やがて肩を震わせて本格的に泣き出してしまう。
しかしそれを止める者はおらず、ただ、薙那を泣かせてやるだけだった。



――――――
――――
―――




今はもう5校時目が始まっている頃、キッドとロー、それに薙那は屋上にいた。


『すまないが、薙那が落ち着くまで側にいてくれ。屋上でサボらせてやってほしい』


あの後、ベックマンが言うとは思えないセリフを2人にはなったのだ。
5校時目、キッドとローのクラスはベックマンの教科、薙那のクラスはシャンクスだった。シャンクスにはベックマンから伝えると言うことで、3人は一度6組に戻って薙那のまだ食べていないお昼を持って屋上へ来ていた。教師公認のサボリだ。
もっとも、あんな泣いた後まともに授業を受けられるはずがない。

教室へと戻った時、目を赤くし明らかに泣いた痕跡を残していたにも関わらず、麦わら達は何も言わずにキッドとローに薙那を託した。
それが、あいつ等らしかった。

ゆっくりとお弁当の中身を口に運んでゆく。薙那はまだ目が真っ赤でとろんとしている。そんな薙那を2人は挟んで座っていた。



「…私、中学の頃は、レギュラーになりたくて…頑張って部活をやっていた記憶があります」

す、と箸を休めて薙那が口を開く。2人は何も言わず、ただ薙那を見て、放たれる言葉を聞いていた。

「バスケというものに中学で出会い、中学で始めたんです。相性がよかったらしく、他の子よりもうまくなっていきました」


こんな、期待されるような強さになるなんて、誰も思わなかったでしょうね。
試合が楽しくて、勝ち進むのが楽しい。もっと、もっと試合に出たい。プレーをしたい。挑戦したい。
私の学校は学年なんて関係なく、強ければスタメンになれましたし、私は試合だって常にでられました。疎まれもしましたが、そんなことをするくらいなら自分を磨いた方が十分よかったんです。
試合にでたい。ならば強くなればいい。中学ではそれが普通で、みんな向上心をもっていました。全員がライバルだったんです。

そんなだったからでしょうか。
今の先輩は、先輩だからと私たちにはレギュラーを渡しません。それがひどく、おかしく思えて。
今まで努力して強くなって掴んだレギュラーが、努力しても掴めなくなってしまった。なら、どうしたらいい?
先輩の引退まで待つのか?でも私は先輩たちともプレーをしたい。でも、何をしたらいいのかわからない。
このまま先輩に従えば、一番スムーズにいくのに、それはおかしいと否定してしまう。

思い切って、おかしいと先輩に打ち明けました。そうしたら、お2人の見ていたように、あのざまです。そうまでしてレギュラーになりたがる私がおかしいのか。それが心配で心配でたまらなくて。


「でもお2人の言葉を聞いて安心しました。私、レギュラーになりたいって思っていてよかったんだ、って」


ありがとう、ございますね。

再びお弁当をつつきだした薙那に、2人はふ、と笑って先ほどベックマンがしていたように、頭に手を乗せる。

パコっとお弁当のふたを閉める。それが食べ終わった合図。持参のペットボトルのお茶を流し込み、体育座りをして足をぎゅっと抱きしめる。先ほどから何も話さず隣に座っている2人に、申し訳がない気分だ。でも…それがなんだか安心する。
まだ、お互いを認識しだして日が浅いにも関わらず、ルフィ達のように落ち着ける空間が作られている。
ひどく、落ち着いて。
先ほど止まったはずの涙がまた、奥でじわりとあふれ出した。


「…あの先輩は、私の憧れだったんです。中学の新人戦で、ウチが敗れた学校と戦って、すごい差で勝って…」

勝因は先輩だった。
急激な成長と勢い。それが試合の鍵を握り、その結果そのまま準決にまで押し上げたのである。
それからと言うもの、同じポジションだったために先輩を見本に、目標にしていた。けれどいつの間にか、先輩を越していて。

「逆恨みというか…嫌われ、ちゃって」

止めることができずに視界を歪めていく。ぼたりと落ちる涙に、悔しくて。

「……っごめ、なさ…、…!」

震えて力の入らない手を握り、涙が溢れないように耐える。けれどそんなことは無意味で意識とは正反対にどんどんと零れていく。

「こ、れで…最後にします、から…っ…だから、あと一回…っ、泣かせてくだ、さ、い…」


ひくっと息が苦しくなって、ずび、と鼻をすする。こんな恥ずかしい姿、見られたくないはずなのに。だけど2人が何も言わずに私に安堵を与えてくれるから…。
止まらなく、涙が溢れていく。


「泣きたいだけ泣けよ」
「!」
「そうだ、別に遠慮すんな」
「…ありがとう」


そこからは、私の嗚咽と、鼻をすする音しか耳に入らなかった。声を出さないようにするのに意識を持って行かれていた。

落ち着いた頃に顔を上げれば、2人はさっきと同じ場所に座っていて、何をすることもなく空を仰いでいた。


「…ごめんなさい。もう大丈夫です」

よし、と意気込んで立ち上がる。スカートを叩いて汚れを落とした。

「教室に戻りましょう」

ふっと2人に笑いかける。濡れていないかな、と目元をゴシゴシ拭いてみると、左側から声がかかった。

「あまり擦るな。明日腫れるぞ」

帰りに保健室よって氷もらえ。そういって私の隣に立ち上がるローさん。

「今日の部活は控えろよ」

そういって同じように立つキッドさん。

「今日行かなかったら負けを認めるようなものですよ」
「…無理すんなよ」
「はい」


3人ともお尻についたゴミを払い、屋上の扉へと向かう。

私は、もっと強くならねばいけない。
この世界は、強いものが生き残るのだから。




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