海賊 | ナノ

救急医療チームH




「呼び出しをいたします。救急チームH、救急チームHは直ちに救急窓口にお集まりください。くりかえします、救急チームHは直ちに救急窓口にお集まりください」

病室で今日の受け持ちの患者さんの体拭きをしていた私はその放送に内心ため息を吐いた。すみません、と患者に一言断り、ナースコールを押す。

「…どうかされましたか?」
「すみません、ヘルプお願いします!」

私の声で要件は分かったらしく、ナースコールを受けた同僚は了解の意を示した。すぐに病室を訪れた同僚にバトンタッチをしてナースステーションへと戻る。必要な自分の荷物を持ち、同僚に声をかけてから病棟を飛び出した。向かうは救急窓口だ。

到着した救急窓口には既に人がおり、私が最後らしい。私に機嫌の悪い顔を向けるのは…


「すみません、トラファルガー先生」
「遅ェ」

白衣を身に纏い、目の下に隈をつくったこの病院の外科医の一人、トラファルガー・ロー先生。この救急チームHの外科医でもある。

「急いできましたけど!ていうか一番病棟が遠いんですからこれが最速です!」
「一番遠い病棟を希望したお前が悪い」
「なっ」
「あーはいはい、ストップ!もう救急患者くるからティナーはこっちきて情報聞こうな?」
「いい、準備しながら俺が話す。ティナー、お前も準備しろ」
「…はい」


この医療チームは様々な病棟から配属されている。
まずは私。看護師としてちゃんと病棟で働いている。しかし今回みたいにチームで呼び出しをされれば手術室での機械出し…つまり執刀医のそばで必要な道具を渡したりする役目をする。
そして先ほど私を止めてくれたのはキャスケット。栄養科にいる栄養士だが看護免許も持っており、手術の際には外回りの看護師をやっている。
ペンギンは作業療法士であるが、医師免許を持っている一応外科の先生でもある。しかし経験年数も少ないので助手として出刀することがメイン。
グノーはマッサージ専門だけど麻酔医として免許も持ってるから手術には欠かせない人になっている。
バンは機械系がメインで手術時ではなく、手術室を使っていないときの機器点検を行ってくれている。救急なので手術室を使うときの道具準備も彼に任せてある。

そして最後に、トラファルガー先生。基本的に何でも手術はできるが救急をメインにやっている。腕はいいのだが気まぐれで、大体他の先生の手が空かないときに手術をする。しかし腕はよいので患者さんに指名されたときは率先して最善の手を尽くす先生だ。

でもこのチームは本当に異例で、ロー先生の我が儘で存在しているものだ。この先生は本当に自分が認めて信頼する人間としか手術をしない。本来なら機械出しの看護師も外回りの看護師も、助手も麻酔医もその外科病棟に配属されている者が行うはず。それなのに私たちをわざわざ集まらせ、手術を行うのだ。
ちなみにロー先生はバンが整えた手術室でしか手術をしない。彼も信頼する同業者の一人…信頼する人間としか手を組まない珍しい人。私たちは他の病棟からわざわざ集まり手術をし、終わればまた配属の病棟へ戻る。
いろいろな職種が集まっているチーム医療とはいうものの、これはなんだか少し意味合いが違う気がする…。



「……で、わかったか」
「はい、なんとか」
「じゃあ早く支度しろ」
「はい!」

兎にも角にも、準備を全て済ませてしまわねばなるまい。助手であるペンギンにも話を聞かなければならないので手早く、慣れた手つきで自分の準備を整えた。




――――――
――――
――


「はふ…」

患者が手術室を出、後処理を終えて自分も手術室を出る。時計を見れば日勤の勤務時間帯を優に越えていた。大体ロー先生に午後から呼び出されるときは定時で帰れやしない。それはまあ分かりきっていたことなのだが。

「お疲れ、ティナー」
「キャスケット…」

ぽん、と肩を叩いたのはキャスケット。その後ろにはペンギンがいた。

「ペンギン…二人ともお疲れさま」
「ああ、お疲れ」

キャスケットは確か情報を引き継ぎに出ていたはず、もう終わったのか。仕事が早いなあと思っていたが、どうやら私の動作が遅いらしい。

「お前、なんか動作鈍くね?」
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫……たぶん」

私が気付いたのに続いてキャスケット、ペンギンも気付いたらしい。何というか、自分では普通に動いてるつもりなんだけれどそんなに遅いモンなのだろうか。きっと今日帰ってすぐ寝れば明日は何とかなると思うが。

「たぶんて!明日は日勤?」
「明日は日勤だよー。ここ最近連勤してるから明後日休み」
「それは疲れがたまっているだろう…今日オペが入ったから余計」

ぽん、とペンギンが頭を撫でる。子供じゃないのに、と振り切りたい気もするが、頭を撫でられていることが嬉しくてそのまま撫でてもらっている。

「熱はないな」
「明日俺かわってやろうか?」
「キャスケットがいきなり病棟行っても、色々わかんないことあってスタッフに余計迷惑かけるでしょ」
「あーまあ、ごもっともなんだけどさ」
「なに、二人とも心配して…大丈夫だってば。明後日になったらちゃんといっぱい寝ますから!」


心配してくれるのは有り難いことだが、私も私でそう簡単に休めるものではない。キャスケットを代役にたてることはできるかもしれないが私の分身というわけでもないから能力は別となる。
今のご時世、看護師というものは大変重役で、重労働。誰か一人休めばその埋め合わせにどれだけの迷惑がかかるだろうか。


「あ、ロー先生」

明後日までの長い一日を過ごすことに小さくため息を吐くと、ペンギンが遠くに見えたロー先生の名を呼ぶ。
先生はこちらに歩いてきており、先生に並ぶ二人分の影もキャッチできた。あれはグノーとバンだろう。


「今日もご苦労だったな」

当然というように言い放つロー先生。そりゃ確かに先生の方が立場が上で先生に指名されたら嫌でも行かねば、後々なにをされるかわかったもんじゃない。ロー先生だから特に。

「どうも」
「なんだ、機嫌悪ィな」
「ちょっとティナー疲れてるんですって」
「先生が毎回呼び出すから」


ぽん、と隣にきたバンに頭を撫でられる。年上のはずなのに、明るく無邪気に笑うその姿に元気をもらう。後ろに回ったグノーにも頭を撫でられ励まされた。
そんな姿をロー先生に見られたまま、私は先生から目をそらせなかった。


「俺は信用した人間としかオペはしない。そういう意味だ」


ごつん。額に貰った先生のゲンコツ。勢いはなかったが、代わりに痛みがあとからジンジンくる。

「ぐ、うう〜」


お前の代わりなんかいねぇんだからな。
そう言われているようで、私は痛みと嬉しさからゲンコツをくらった額に手を当てる。

ここで様々な経験が出来るのも先生のお陰だし、こうして信頼の出来る他職種の仲間に巡り会えたのもチームHに所属しているおかげだ。確かに忙しくて振り回されて疲れてしまうことも多いけれど、ここで私は精一杯仕事ができる。

「そのくらいでへばってんじゃねーよ」
「うっ…先生が今度ごはんおごってくれるならいいですよ」
「奢るだけでいいのか?へえ」
「じゃあ今ほしい服買ってください!」

ぷう、と膨らませた頬。そこにさっきまで巧みに手術物品を操っていた先生の指が伸びる。

「ああ、お安いご用だ」

膨らませた頬を潰されそのままむにっとつつかれる。
こう、厳しくされてるのか甘やかされてるのかわからなくなる。きっとこれは先生にうまく扱われているのだけれど、私は構わない。この先生が、このチームが好きだから。


「あ、じゃあ俺たちも先生の奢りで」
「ヤローには奢らねえ」
「ヒデェ!」
「テメー等食いもんに限っては容赦ねえだろ!世話してられるか!」

先生を慕い、先生も私たちを信用し共に命を助ける仕事をする。大変なこともあるけれど、成長をさせてくれるこのチームが好きだから。

「先生!お酒も飲みにつれてって!」
「はあ?ティナーもいい加減にしとけよ」


明日もこれからも先生や仲間がいる限り、私はチームHに貢献するの。






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HはハートのH。衝動的に医療パロしたくなりました。
13.11.23.
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