マジックミラー 1

・マジックミラー 1(全4編)。
・四角関係
・乙女思考日々也。
・カバージャケッツをメイン(デリック、日々也)にシズイザを挟み込み。
※このカバージャケッツはパソコンのソフトウェア扱いです


うわっ!!
……一度に沢山のキーが押され大量の情報量が押し付けられたのでよろけてしまった。臨也さんが怒って、両手でキーボードを叩いたのだ。

「だからね、言ってるでしょ?ディスク入れただけじゃダメなんだよ。インストールし終わらなきゃ始まらないの!だから気長に待て!」

さっきからヘッドセッドに向かって怒鳴り散らしている。ケータイではなく、このパソコンで誰かと電話をしているようだった。円に似た水色のマークの中に、Sの字が書かれたソフトを起動させていた。こんなことがもう何度も続いているので、俺は心配になって主に尋ねた。

『臨也さん、どうしてそんなに怒ってんすか』
「どうもこうもないよ!ああ、これだから情弱は嫌だ」

情弱とは情報弱者という意味のネットスラングだ。

『その、ジョウジャクがどうかしたんですか』

臨也さんは気だるそうにボソボソと口を開く。

「ディスクを渡してきたんだ。俺が作ったプログラムが入ってるやつ。でもあいつときたら、ぜーんぜんパソコンのこと分かってないんだよ!もう一週間以上経ってるのに自己解決できないから毎日聞いてくるし最初の内は教えてあげても今日になったら教える気は失せてくるよね!?しかもおんなじこと訊いてくるんだよ!俺だって暇じゃないんだよ、ずっとあいつのために付きっ切りで教えてあげたりはできないの!」

最初はボソボソ、後はいつもの通りマシンガンだった。なかなかこの様に噛まずに早口で捲くし立てられる人もいない。でも噛んでしまった姿も見てみたい気がする。顔を真っ赤にして、ぶすっとするのだろう。

『それは大変っすね』
「もうやだ、早く終わってくれ……」

臨也さんは顔を覆って唸っている。黒いヘッドセットのスピーカーから、誰かが騒いでいるのが分かった。この位置でも聞き取れるのだから相当な大音量のようだ。臨也さんは、うるさい!耳元で騒ぐな!黙って待て!、と一蹴する。

『ちなみに何のソフトなんですか?それによっては時間かかるのはしょうがないかもしれねえっすよ』
「はあ?遅いわけないじゃん!君と同じだよ!」


『PsychedelicDreams02』――。
それが俺のプログラム名。マスターである折原臨也さんが作った雑務処理ソフト。
多すぎる仕事量を少しでも省くために俺は作られた。あとは愚痴吐き相手のために。どちらかというと後者のバランスが多いため、臨也さんの精神的な体調管理は俺に任されているようなものだ。だといいけど。
デスクトップに固定されたウィンドウの中に俺は住んでいる。その中に向かって臨也さんは言葉を投げかけるので、俺がそれに応答するのだ。そうして指示やら愚痴やらを聞いていく。それに合わせて仕事を手伝う。それが俺の毎日だ。
これを繰り返す存在が一人増えたと聞いた時、俺の中で電流が走った。先日の知人との通話は、俺の『弟』を導入するために言い争っていたのだった。
どんな姿をした人なのか。どんな声をしているのか。どんな心の人なのか。
パソコンの電源を落とされ眠りに落ちる度にわくわくした。『弟』に会える日は遠くない。
俺に『弟』の存在を教えてくれた臨也さんに言葉には表せないくらい感謝している。

「データ通信が上手くいけば見るだけじゃなくて実際に会うことができると思うよ」
『マジすか!いやー楽しみだなー』
「デリックは他の人格のあるソフトと会ったことないんだっけ。ごめんね、寂しかったでしょ」
『そんなことないっすよ!俺、臨也さんと話せてるだけで凄く幸せですし!』

臨也さんは俺の長たらしい名前を略してデリックと呼んでくれる。その名を呼ぶのは後にも先にも臨也さんだけで十分だった。だから新しい人が俺のことを覚えるのは嫌な気分だが、生みの親である臨也さんが『弟』とその主人を見たがるのは当然のことなので内心歯がゆいけれど我慢する。『弟』に会うのは楽しみだけど僅かな寂しさも感じる、そんな移動時間だった。

「一応、君にとっては二人とも初対面だからちゃんと礼儀正しくしてね。セクハラしないように」
『嫌だなあ、そんなことしませんよ。俺が下着の色訊くのは臨也さんだけですもん』
「もう、そんな痴漢発言、ドヤ顔して言わないでよね」
『へーい』

俺のことをすぐに痴漢扱いする臨也さん。このくらいの年頃(に設定された)の健全な男は皆このようなもの。俺が痴漢だなんてとんでもない。俺はただ臨也さんの極上の最奥を阻む厄介な砦のカラーリングと装飾について訊きたかっただけでだな……。

『あ、臨也さん、もう着くみたいっすよ』
「そうだね、じゃあスリープかけるよ」

池袋、という駅についたようだった。臨也さんはヘッドセットを外し、そしてノートパソコンを閉じる。俺の部屋の電気が落ちて、薄暗くなった。
ところで臨也さんは電車の中で、ノートパソコンに部屋を移動した俺とずっと喋っていてくれたわけだが、その間誰も臨也さんの周りに居なかったのは何故だろう?この時間帯といえど乗客が人っ子一人居ないのはちょっと異常な気がするのだが……。


視界が明るくなった。寝ていたわけではないので眠くはない。

「デリック、着いたよ」

臨也さんはニコニコしながら俺に向かって言った。臨也さんがこんなに機嫌を良くするなんて珍しい。
臨也さんの暮らすマンションより狭そうな、殺風景な部屋だった。ここが知人の家なのだろう。まだ視界には入っていないが、一応家主に声をかけておく。

『お邪魔してまーす』

すると視点が変わった。臨也さんがノートパソコンごと持ち上げて向きを変えたのだ。
簡素な木の机の上に、小さなネットブックがある。

「ほら、あれが君の『弟』だよ」

ネットブックの中に住んでいた『弟』は、高級そうな椅子に座って、ティーカップを啜っていた。白い肌に艶のある黒髪。純白の服を着て、頭に金冠を乗せた……例えるならば御伽噺に出てくる王子様だった。そして何より、臨也さんと瓜二つだった。
俺の視線に気付いたのか『弟』は此方を見て一瞬、肩を震わせた。そしてすぐに視線を逸らす。金色の瞳だった。

『い、臨也さん、あの……どうして臨也さんと同じ顔なんですか』

俺がしどろもどろになりながら弟を指差しながら尋ねると臨也さんは、かわいらしく首を傾げて、さらりと言ってのけた。

「あれ?俺、言ってなかったっけ。君らのグラフィックを作るのは凄く大変、ってことと、君のモデルは此処の家主だ、って話」
『は、い?』
「だから、デリックの元になったのはシズちゃんなんだってば」

すると床を踏む音が聞こえてきた。鈍い音のするあたり、このアパートは新しいわけではないのだろう。

「おー、こいつもきちんと喋んのか」
「ベースは同じだって言ってるじゃん。……デリック、挨拶して。シズちゃんだよ」

臨也さんから移して見たのは二人分の飲み物を運んできた、金髪と焦茶の瞳(そして何故かバーテン服)、俺と同じ顔の、やたら怖そうな男だった。

『こ、こここここ、こん、こん……』
「臨也……ちゃんとこいつ躾けてんのか」
「躾けてるつもりだけど、たぶんデリックは君が怖いんじゃないかな」
「手前ら失礼なヤツだな」
『ごめ、ごめごめごめごめ』

殴られそう。凄く怒ってる。殴られそう。蹴られそう。あの、その右手は何故握り締めてるんですか。俺を殴るためですか、そうですか、勘弁してください。あ、いえ、決して怖いとかそんなことは一切何も考えていませんし、いや、ほんとです。マジで。
俺が涙目でカタカタ震えていると綺麗な声が発せられた。

『恐れながら陛下、サングラスを取られては如何でしょう』

硝子のように透き通る声だった。何処となく臨也さんに似ている。けれども臨也さんの良い意味での濁り、もとい青空から降ってくるような美声とはまた別の声色だった。もっと高くて厳かで、硬くも美しい。

「日々也がそう言うなら……ん、どうだよ」

さっき外に出たまんまだったからな、と弁解しつつサングラスを外されると最初に思ったより怖くは無かった。威圧感が軽減される。悔しいことに俺に似てイケメンだった。いや、俺が似てるのか。

『あの、すいません、ビビって……。デリックです。お邪魔してます』
「手前、日々也の助け舟が有ってのことなんだからな。次言ったらぶっ壊す」
「そういうこと言わないの」

ブラックリストに入れたらしかった。臨也さんは優しい。


ノートパソコンとネットブック間のリンクは無事に保たれた。無線での通信だが、さほど俺に負担は無い。このあたりが臨也さんの素敵なところで、俺に対して不可がかからないようにパソコンを改良してくれたのだった。
臨也さんと、その知人――俺のモデルの人は、平和島静雄と言うらしい――が全く噛み合っていない談笑を始めたので俺は引っ込むことにする。仕事相手に話しかけては悪い。
こなしておいて、と言われたメモ帳のデータを書き換える作業を終えて暇になった俺はブラウザでも開いて大海を泳ごうと思ったのだが、ふと『弟』のことが気になった。リンクが完成したのだから、試しに『弟』の部屋に行ってみる。
ぱりっとした電流。静電気にも満たない力が俺全体を覆う。交信の合図である。

『お邪魔しまーす』
『!?』

椅子に座ってボーっとしていた『弟』は俺の登場に驚いて椅子から引っくり返った。頭をぶつける派手な音。

『おいおい、大丈夫か』
『……恥ずかしい』

彼は俺が差し出した手を取らずに慌てて椅子を起こして座りなおす。顔を赤らめた。

『ああ、俺がいきなり来たからびっくりしたのか。そりゃ悪かったなー』
『いえ……』

一、二度首を横に振る。そして白い手袋をした指先で空間を弄り、転倒した椅子と同じタイプのものをもう一脚出した。その後、磨き上げられた木のテーブルの上にケーキを置く。

『どうぞ』
『ああ、ごめん』

一言添えてから椅子に座る。座り心地が良い。また高そうな椅子だこと。
俺たちソフトウェアは飲食をしなくても平気なのだが『弟』は紅茶やデザートを食べるのが趣味なようだった。自分のデータとリンクした記憶フォルダから画像を呼び出しては勝手に加工して出現させている。少し指先で弄ればそれが可能なあたり、俺とは違って優秀なのかもしれない。

『あー、えーと……日々也だっけ。俺、デリック。よろしくな』

注がれた暖かい紅茶をティーカップから一口啜って、簡単に自分の説明をしておく。しかしすぐに会釈をする限り日々也はそんなことは既に知っていたようだった。なんだ、臨也さんが教えてくれていなかっただけなのか。
改めて部屋の中を見渡した。クリーム色の豪奢な壁紙が全面に貼られ、奥にはクローゼットを初めとする白と金を基調とした調度品、天蓋付きのベッドが置かれている。煌くシャンデリアがひとつ、俺たちの頭上を照らしていた。
なんというか、見た目に相応しい部屋だった。西洋風の、それこそ王子様が城で暮らしているような。適当に物を呼び出しておいただけの俺の部屋とは違う。何もかもが違った。

『あの、陛下のこと、お怒りにならないで下さい』

陛下とは、たぶん自分の主のことだろう。随分と変わった敬称で呼ぶものだ。
最初は怖そうな人で少し驚いただけで、よく見るとそれほど悪人面してはいなかったので安心した、と伝えると日々也は、ありがとうございます、と小さな声で呟いた。
見た目も中身も大人しい日々也は、その後俺と全く話すこともなく、ただ俯いていた。緊張しているにしては随分長いので人見知りをする性質なのだと受け取っておく。
そうこうしているうちに臨也さんがやってきて両方のパソコンのリンクを切り、俺は臨也さんのマンションのデスクトップパソコンに帰宅した。


2012.02.18

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