マゾヒストでも恋がしたい!

・(来神門田←来神臨也前提、)来神静雄→来神臨也。
※因禁7で無料配布したものと全く同じものです。


ホームルームが終わってすぐに、目の敵はやってきた。
平和島静雄の周りをくるくると回って暫くして止まり、楽しそうに嫌味ったらしい顔を見せつける。

「お返ししなくていいの?バレンタインの」

折原臨也に言われるまで明日がホワイトデーであることを知らなかった静雄は、今年は五個だったね、と言う臨也に、何故知っているのかを尋ねる。

「敵の身辺調査だって大切だと思わない?」
「監視カメラのようで俺は好きじゃねえ」
「一日中、君のことを調べていられるほど俺も暇じゃないよ」

口に出ているので自覚はしているらしい。しかし臨也は静雄に関してはお節介を焼く。挑発の意を多く含んだ、余計なことばかり言ってのけるのは臨也の得意技だ。

「お返し用意しないの」
「適当に何か買うから良い」
「手作りしてくれた女の子が可哀想とか、真っ当な人間としての気持ちは沸かないんだ?」

静雄はありがたいことに毎年女子生徒からチョコレートを貰っているが、いつもスーパーで売っている少し値段の張るクッキーを渡すだけだった。また世事に疎いので、バレンタインのお返しを手作りする男性もいることを知らなかった。そもそも友達にチョコレートをあげることも知らなかったのである。昨年、臨也と新羅が手作りのチョコレートを交換していたのを見て、他人の前でよくも男同士で堂々と告白できるものだと驚いたくらいだ。
故に、静雄はチョコレートや菓子を手作りすることを考えたことは一度もなかった。作り方も知らない。
臨也はそれすらも調査済みだったのだろう、臨也に怒りを覚えつつもどうしたらいいか分からず顔を顰めている静雄に誘いをかけた。

「作り方を教えてあげようか?」



臨也の申し出が静雄にとって良い影響を及ぼすことは限りなく少ない。甘い言葉を囁きながら、良し悪しに関らず相手の背中を押す彼だ、利益の生まぬ行為などするはずがない。
夕暮れの中、静雄は荷物持ちをさせられていた。前方では臨也が楽しそうにぴょこぴょこと弾みながら歩いている。
菓子の作り方を教えると言った臨也に連れ出されて材料を買い込んだ後、二人は静雄の家に向かっていた。ウチには菓子作りの器具なんてない、と遠回しに自宅に入られるのを嫌がった静雄に臨也は、たいした物いらないからいいよ、と全く気にしていなさそうだった。少しは遠慮の一つでもしろよ、と静雄は溜息をつくが、此方は教わる側だ、どこでやろうと文句は言えない。
やがて平和島家に辿り着き、静雄は渋々と鍵を開けた。家族が帰っていないことを確認してから、臨也を玄関に上げる。
きちんと靴を揃えているのを見て、静雄も揃えようとしたが、それより早く臨也の手により二人分の靴が揃えられてしまった。静雄が戸惑っていると、臨也は勝手に居間を通り抜け、台所に入ってしまう。

「シズちゃーん、ボウルどこー?」
「勝手に人ん家で物漁ってんじゃねえよ、泥棒か」
「あっ、砂糖足りてない。買っておいてよかった!」

早速材料をテーブルに広げている臨也に注意しようと口を開こうとするが、手を洗ってきて、と遮られる。何を言っても勝手にするつもりなのだろうと静雄は諦める。
その間にも臨也は勝手に買ってきた生クリームや砂糖を開けていく。まな板の上に板チョコを乗せて、やっと臨也は手を止めた。

「どうぞ」
「なにが」
「チョコを包丁で細かく砕くんだよ。まさか先生に力仕事させようってことはないよね」
「こんな時だけ先生面しやがって」

数枚の板チョコを砕いていると、臨也は生クリームを火にかけている間、ニヤニヤしながら言い聞かせてくる。

「無駄に貰っている量が多いんだから、普通より多めに作らなきゃね。手作りしたら女の子も喜ぶと思うよ」
「これ俺と手前の二人分なんだろ。これしか作らないのか」
「妹達は俺が手作りするより、どこかのパティシエの高級品を食べるほうが好きだから」

静雄は毎年臨也が大量のチョコレートを抱えて帰っているのを知っている。顔だけは良いので、本性を知らない女子生徒からは好かれやすいのだ。下駄箱から溢れたチョコレートが足元にまで転がっていることもあった。

「ああ、ご心配なく。俺はバレンタインの翌日には女の子に配って回ったよ」
「手作り?」
「既製品。よく知らない間柄で食べ物を渡し合うなんて、お互いに気持ち悪いじゃないか。誰が何をしているかわからないわけだし」
「ちょっとは人を信用しねえのかよ。折角作ってくれたのに」
「だって食べたら、その子の気持ちを受け入れるってことだろ。俺にはそんなことできない。俺は人間を愛しているのであって、彼女達の行動が好きなだけ。特定の個人を愛したりなんてしない」

人間愛を語る臨也は、程良く温められた小鍋の上にボウルを乗せた。そこに静雄が刻み終えたチョコレートを入れる。湯の熱に溶かされていくチョコレートのてらてらとした輝きが、静雄に、どこか歪んでいる臨也を思い出させた。

「まあ、でも、自分の血をチョコに混ぜたくなる女の子の気持ちは、分かるかもしれないけどね」

血を混ぜるなんて気持ち悪い、と静雄は言いかけたが、チョコレートを湯煎にかけている臨也が少しだけ頬を染めているのを見て黙ってしまう。
そして有ろうことか、臨也はナイフを取り出すと自らの左手首に刃を当てた。ぷつり、と薄皮が切れて少量の血が流れる。
どろどろに溶けたチョコレートの中に、その血を滴らせようとして、やめた。

「嘘だよ」

静雄はごくりと唾液を飲み込んだ。臨也の奇行に何も言えずに、ただ黙ってそれを見ていた。
臨也は面白そうにくすくすと笑うと、静雄にナイフを渡す。ご丁寧に、刃を向けて。

「シズちゃんも血を入れたい?」

できないことを見透かして臨也は言う。静雄が意図的に血を流すことは、どの刃物でも不可能だと知っている上でだ。
静雄は、自分の分のチョコレートが入ったボウルを見ながら、愛のないチョコレートを見ていることしかできない。自分が作るチョコレートは、ただのお返しであって誰かに想いを告げるためではないのだ。
臨也は温められた生クリームをチョコレートに混ぜ合わせていく。泡立て器が白と茶色の二つを丁寧に掻き混ぜていく。その手首の動きが健気だった。
完全に混ざりきってしまうと、臨也は使い終わった泡立て器を静雄に渡した。静雄はゆっくりと生クリームとチョコレートを撹拌させていく。
力を入れすぎて泡立て器をボウルごと壊さないように気を遣いながら混ぜていく様は、とても臨也とは比べ物にならなかった。繊細な仕事は自分には向いていない、と自分に言い聞かせながら、先程の臨也の手つきを思い出していた。
臨也は、自分のボウルに指を入れて、ぺろりと舐めた。真珠色の指先が甘ったるい液体に触れて、それを赤い舌で舐め取る姿は、単純なのに何故だか艶かしく見えた。まるで魔法にかけられたようだ。
味を確認した臨也は、よし、と呟くと、次に静雄のボウルに指を入れる。舌先で指をつつくと、すぐに舌を引っ込めた。

「愛がないねえ」

暗に苦いと告げられて静雄はボウルを覗いた。臨也のチョコレートよりずっと黒いチョコレートが鈍い光を湛えていた。



冷蔵庫で、静雄の分と臨也の分の生チョコが冷やされている。溶かして生クリームで併せただけだった。静雄は臨也の手を借りずともレシピさえあれば自分でもできてしまうだろうと思った。明朝にバットから取り出して切り分け、ココアを篩ってしまえば済むという、簡単なチョコレートである。
明日登校時に取りに来る、と言い残して臨也はチョコレートをバットに流し込むなりさっさと帰っていった。
臨也の作ったチョコレートは一人前だけだった。
静雄は愛の込められたそれを食べてしまいたくなったが、あんな風に顔を赤くされては、とてもそんなことはできなかった。普段の表情には似つかわしくない初々しい乙女のような頬だった。あれほど分かりやすい態度を取られれば誰だって分かってしまう。
自分には臨也を説かすことはできない。その役目はきっと門田の仕事なのだろうから。自分以外に宛てられた愛を横取りするほど静雄は卑怯者ではない。
静雄は臨也が好きだった。様々な角度から、自分をただ一人の絶対の存在として視界に入れてくれている臨也が好きだった。憎しみではない、自らが抱く特別な感情を恋心だと認識した時には既に終わっていた、寂しい恋だった。
自分の目の前で臨也が門田と親しげに話すのを恨めしいと思ったこともあった。だが静雄にはどうすることもできなかった。憎むべきは門田ではなく、はじめから嫌いあってしまった自分達の境遇そのものだからだ。
静雄は、たった三人の友人に囲まれながら、そしてその中で繰り返される臨也と門田の暖かな触れ合いを遠くから眺めながら、三年間生殺しにされ続けていた。
けれども静雄はそれで満足だった。今日のチョコレート作りで、門田の知らない臨也を知ることができたのだ。告白をする前の、どろどろとした、形状の定まらない溶かしたチョコレートのような感情を見ることができたのだ。自分の想い人が、一番美しく恋をしている姿を見たのだ。彼が自分以外へ愛を向けている姿を、これほど愛おしいと思ったことはなかった。
臨也が、自分が臨也を好きであることを知っていることに、静雄は気付いている。そしてそれを知りながら、わざと煽っていることも知っていた。
臨也からすれば、自分の唯一の化け物が憐れな人間と同じように堕ちていくのを面白がっているだけなのだろう。
静雄もそのことを理解していながら、臨也に見惚れていく。わかっていても、わざとらしい仕草に釘付けになる。臨也の動作のひとつひとつに囚われ、何度も何度も失恋していく。周りの人間がそれを知れば、マゾヒストと笑うだろう。心を引き裂かれながら、臨也に殺されながら、静雄はそれでも臨也を愛していく。明日、臨也がチョコレートを持って門田に告白する時、自分は泣くだろうか。笑うだろうか。
静雄は台所を片付けようと、使った調理器具を洗っていく。
ボウルの中にこびり付いたチョコレートを見た。愛の込められたそれが余っている。
お零れで良いから、彼の人間愛の末端でも良いから愛されたいと願うのは罪だろうか。
そう思うのもきっと臨也には全てお見通しなのだろう。自分の中の臨也が、わざわざ自分からネズミ捕りに掛かるなんて滑稽だね、と楽しそうに嘲笑っている。
静雄は自らを馬鹿だと、そして卑怯者だと責めた。
そしてボウルから、チョコレートをひとすくい指に取って、舐める。静雄には全く甘く感じられなかった。血の味すらしなかった。当たり前だ。最初から臨也は自らの血液を入れていないのだから。それでも静雄は臨也の血を飲みたい。


2014.03.15

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