★マイリトルレストラン 〜トモダチとコイビトは魔法〜

・演者は薔薇園のレストランで踊る』より『マイリトルレストラン 〜トモダチとコイビトは魔法〜』サンプル。
・静雄×臨也。
・某アニメのクジのカフェ衣装が元ネタのほのぼのギャグ。


【1】

さあ、困った。キーボードの右端、テンキーを打つ手が止まる。表計算ソフトには沢山の数字が並んでいるが、その色は赤い。まさか自分の一生の内に経営難に陥るとは夢にも思っていなかった折原臨也は、血の気が引いていた。

「赤字だ……」

半年間連続で赤字。今はまだ、臨也の貯金によって倒産を免れているが、いつまでも頼らせるわけにはいかない。なぜなら、この店は臨也の店ではないからだ。
臨也はここで店員として働いているだけで、店主ではない。困るのは自分ではない。高校時代から勉強が苦手だった、数字と経営に滅法弱いあの店主が困るだけなのだ。
ではどうして関係のない臨也が頭を痛めているかというと、それはおよそ一年前の出来事が発端であった。
ある休日の昼下がり、臨也がテレビを見ながら過去の宿敵、現在の恋人である、平和島静雄の耳掃除をしていた頃だった。静雄は、正座した臨也の太腿から、唐突に頭を離すと、俺は独立することにした、と言い出した。はあ?、と疑問符を付けて返事をした臨也に静雄はきりりと顔を引き締める。

「男には、立ち上がらなければならない時がある」

コメディ映画でも見たの、と臨也は呆れて言葉を待ったが、彼はその続きにとんでもないことを言い出したのだ。

「店を開きたい」
「本当に君は俺の予想を大きく裏切るよね。自営業は思ってるより大変だよ」
「レストランカフェを作るんだ!」

どうしたらそんな無謀な考え方ができるのかわからない。しかも静雄はカレーライスしか料理ができないのである。

「明日、会社に辞表を出す」
「ヒモになるなら別れるから」

臨也は釘を刺したが、それより早く静雄は辞表の内容について考えを巡らせていた。
あまりにも唐突すぎて臨也は何がなんだかわからなかった。今までの素振りのどこに、そんなレストランを開きたいという考えが起きるのだろうか。
臨也は、ぽとりと耳かきを取り落とした。何を言っても自分の思い通りにならないのが静雄だ。それに臨也だって抵抗しようと静雄に本気で頼まれれば断れない。それくらいには彼に愛を注いでいた。
そうして静雄の希望の赴くままに、池袋の外れにある小さな空き店舗を借りるハメになったのだった。
意気揚々と開店した通称『シズちゃんレストラン』。だが、おいしい料理をリーズナブルに提供するアットホームなレストランを目指した開店当初こそ客の入りがあったが、後にこのレストランがあの平和島静雄が運営するレストランだと知るや否や、皆一目散で逃げ出してしまったのである。
そこで臨也がウェイターとして手を貸すようになったが逆効果だった。ナイフの破片でも入ってるんじゃないか、とか、何か毒物が入ってるんじゃないか、とかいろいろと噂された。料理の味にケチを付けるクレーマーの目の前で静雄がテーブルを叩き割ったことも影響しているだろう。俺のメシが食えないっていうのか、とまるでテレビドラマのような台詞を吐いて怒る静雄の評判はすぐに悪い方に広まり、そしてこの状態に至る。
静雄はカレーライスの他にも沢山の料理を覚えた。彼の手によって作られたそれは、舌の肥えた臨也にも美味だと感じられるくらいには味は確かだった。だから人気がないのは料理そのものの問題ではないだろう。
それではやはり静雄と臨也の過去の汚名が足を引っ張っているのだろうか。自業自得とも言えるのだが、静雄にはどうにも納得がいかないらしかった。

「やっぱり都会だから激戦区ってこともあるよねえ、ここ池袋だし。この値段なら他所のレストランもいっぱいあるもんね」

臨也は見飽きてしまった真っ赤な画面から目を逸らすと溜息をついた。静雄はというと店のキッチンの方で残り物の手作りプリンを食べているらしい。

「どうにかしてお客さん取り入れなきゃ」

臨也は、どうして自分が情報屋をやめてまでこんなことに付き合っているのだろう、と頭の片隅で思いながらも傾き始めた店をなんとか立て直せないか、その方法を考え始めた。


【2】

池袋は何の街か。臨也はすっかりそのことを忘れていた。趣味は人間観察という割には、その知識を商売に生かせていなかったことを思い知る。そう、若者の多く集まる街だ。駅前を歩いただけでも喫茶店やたこ焼き、たい焼き、アイスクリームの店がある。街を歩きながら食べられる手頃なファストフードが消費されているのだ。ならばそれをやるしかない。クレープやケバブなど低価格で食べやすい食べ物をテイクアウトできるようにすれば良いのだ。

「学生を取り込もうじゃないか!」
「いきなりなんだよ」
「新しい客層だよ。簡単なごはんやデザートを食べ歩いてもらえるようにすればコマーシャルにもなる。学生の口コミの力ってすごいんだから。鬼に金棒、学生にSNSって言うだろ」
「でもどうやって」
「わかってないね、シズちゃん。このテナントには何があると思う?」

丁度、この貸し店舗には外側に向けて小さな窓がある。そこをファストフード店のドライブスルーのようにテイクアウトのコーナーにするのだ。
臨也は早速、静雄にテイクアウト用のメニュー作りを任せると、パソコンに向き直ってインターネットから業者へ、店の外側に取り付けるカウンターの設置の手配をはじめた。

「手前、そんなところで金使うなよ」
「俺に力仕事させるっていうの?手にマメができちゃう」
「それくらい俺がやるから」
「日曜大工できたっけ」
「金の力で解決するのは、あんまり良くないだろ。明日やっておく」

臨也は、ちぇー、と面白くなさそうな顔をすると渋々業者のホームページを閉じた。パソコンをそのままに、臨也はキッチンのカウンターに座っている静雄の手元を覗き込む。

「テイクアウトのメニューはどうなった?」
「うるせえな」
「まだできてないの。俺が考えてあげようか」

静雄は黙ってメニューの紙を手で隠すようにすると、しっしっ、と右手で臨也を追い払った。自分の力で考えたいらしい。原案を考えたのは臨也なのにである。

「変なところで真面目なんだから」

臨也は、ぷん!、と怒るとそのまま静雄を放って、再びパソコンと睨み合いを始めた。



「シズちゃん、ばかなの?しぬの?」

臨也は店の冷蔵庫を開けるなり罵詈雑言を浴びせた。

「カスタードプリン、ミルクプリン、キャラメルプリン、ここらへんはまあ許そう。でもカレープリンとか、ハンバーグプリンとか、納豆ごはんプリンとか、なんでそういうゲテモノ系にしちゃうわけ?」
「庶民を舐めるなよ。納豆もメシもプリンも、全部美味いだろ」
「混ぜるな危険」

やはり、味覚はまだしも静雄のセンスに期待するのではなかった。いくら番人受けするメニューがプリンに合わされていたって流石にこれは売れないだろう。
テイクアウトにプリンという考えだって臨也の頭の中にはなかったことだ。薄いプラスチックのカップに入れられて冷やされているそれはスプーンを付ければ食べられないこともないが、そこは普通、手で食べられるアイスクリームやクレープだろうと思ったのだ。
しかも冷蔵庫には今日、店に出す分にしては多すぎるほどのプリンが所狭しと並べられている。勿体ないからと閉店間際に食べるのは静雄と臨也なのだ。
臨也は、おかず系プリンは絶対に食べたくないと心に誓ったが、見逃してくれるかどうか怪しい。今日が命日なのかな、と光のない瞳で乾いた笑みを浮かべると、テイクアウトのカウンターに見慣れた人影を見た。
静雄さーん、と窓越しに呼びかけたのは紀田正臣だった。カウンターの窓を開けて臨也は顔を出す。

「あれ、正臣くんじゃん……何そのあからさまに嫌そうな顔」

こんにちは、と不機嫌になる声で挨拶された臨也の隣で、静雄は正臣が何故ここに来たのか問う。

「レストランを開いたって聞いて、今度沙樹も連れてこようと思って下見に来たんですけど、臨也さんも一緒だったんだなあ……って」

つまり今日は場所の確認と視察だけらしい。静雄は少し眉間に皺を寄せると、奥に引っ込んで冷蔵庫からプリンを持ってきた。

「うわっ、臭い!」
「庶民の味方!納豆ごはんプリン、今なら半額!食えよ、なあ、食えよ」
「遠慮しておきます」

鼻を摘まんだ正臣はサッと十メートル程カウンターから離れてしまう。静雄は付いていない犬の耳を垂らしたようにがっかりそうな顔をして、食べないのか、と正臣に尋ねる。いい成人男性にそう言われても、と困ってしまう正臣だったが少しの間を置いて諦めたように財布を取り出した。

「納豆は苦手なので、普通の下さい。スタンダードなやつ」
「三百円。毎度あり」

瞬間、静雄は超特急でキッチンに引っ込むと、初めて売れるプリンを大切そうに抱えて戻ってきた。臨也にはそんな静雄の様子が、付いていないはずの犬の尻尾をぶんぶん振っているように見えた。
正臣は財布をしまうと早速プリンを食べ始める。柔らかなプリンにプラスチックのスプーンが沈んでいくのを見て、静雄はじっと見守っている。初めて売るプリンの味の感想を聞きたくて、けれど、もし芳しい結果でなかったとしたら嫌だ、という不安も混ざった曖昧な顔をして正臣の口元を見ていた。

「あ、うまい」

その一言に、ぱあっと顔を輝かせた静雄はニヤニヤと口角を上げる。その態度にちょっと引いてしまう正臣だったが、自分の作った料理を素直に美味しいと言ってもらえることはとても嬉しいことなんだろうと思った。
臨也は正臣がプリンを掻き込んでいるのを見て、カウンターに頬杖を付く。

「味は美味しいと思うんだけど、何でだかお客さん全然来ないんだよねぇ」
「納豆ごはんプリンは?」
「しつこい」
「はい」

あまり頭の上がってなさそうな静雄と、いつもの憎たらしい笑みを浮かべていない臨也を見比べた正臣は、プリンの容器を返しながら頭を働かせる。静雄と臨也の悪評が立ちすぎているからというのも考えられるが、客の来ない理由は別にありそうだ。

「このテイクアウトは最近始めたんですか?」
「今日からだよ」
「俺たちみたいな学生がターゲット?」
「そのつもりだった」
「じゃあ失敗っすね」

正臣は容赦なく告げると得意げに語って見せる。

「学生はこんな陰気で目立たないところには寄りませんよ。もっと賑やかじゃないと。女の子たちは、もっと明るくて楽しそうな雰囲気が好きなもんです」

確かに、ただでさえ人通りが少ないのに注意を引くものが何もないのでは、そもそも店の存在に気付くことがないのかもしれない。臨也は若い学生が集まりそうな賑やかさにするにはどうしたらいいか、正臣に意見を請う。

「うーん、近所迷惑にならない程度に明るい音楽を流してみたり、おもしろいコマーシャルを流してみたりするのはどうっすかね」


サンプルはここまでとなります。続きは『演者は薔薇園のレストランで踊る』でご覧いただけます。
『この因縁、立ち入り禁止×7』にて頒布します。詳細は此方


2014.02.19

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