君の世界は微塵も変わっていない。

・即.興.小.説.ト.レ.ー.ニ.ン.グ ログ06。
・社会人静雄→←大学生臨也。


埃臭い図書館の中で、ノートを捲っていた。こんなに真面目に勉強したことなど一度もなかった。それほど授業に参加しなくても理解できたし、定期テストの点数も決して悪くなかった。むしろ上位層だったので一目置かれるくらいだった。でもそれは、高校時代までの話で、社会は広いのだと気付いた時、俺の体は自然に机に向かうようになっていた。
ピンクのヘッドホンから大して興味の無い音楽が溢れて、耳の中をかき回す。あの頃の僕を、君は覚えているでしょうか……そんな使い古されたフレーズを受け取った時であった。
ばりん、と図書館の大窓が割れる。窓際に居た生徒は悲鳴を上げながら蜘蛛の子の様に散って逃げていく。
何事かと思って階下を見ていた。俺の居る場所は二階だったのでその光景がよく見えた。そして、随分久しくなった物体がガラスの破片の上に置かれていた。自動販売機。池袋はそこそこ大きい町だから、進学と就職で離れた今、此方から接触しなければ会う事もないだろうと思っていたのに、世界は狭いな、と思った。
その自動販売機はおそらく、俺に向けられたものではない。誰かを押しつぶすために投げ飛ばされたのが、偶然ここまで辿りついただけだろう。だって高校を卒業してから全く彼と出会わなかったのだ。新宿に引っ越して、そこから池袋の大学に通っていた俺とは接点がなかった。ノミ蟲臭い、と、ほざいていたのは何処に行ったのか。彼の周りに増え始めた人間が、俺の匂いを掻き消したのだろうか。
それもそれで、此方としても好都合だった。大学を卒業したら本格的に情報屋をはじめてみようかと思っていたところだし、邪魔は少ない方が良いに限る。有名な英語の検定の証明など、それなりに資格があった方が良いから、大学に入ったつもりだったが思いもよらぬ幸運を引き寄せたものだ。
俺は再び、それこそ英語の資格の問題集を解こうとし始めて、顔を伏せたが、吹き抜けの下から卵の殻を砕くような、ぱりぱりじゃりじゃり、とした音が耳障りで仕方が無かった。眉間にシワを寄せて、集中できないから場所を移動しようかと思った。
その雑音は、ごしゃん、と大きく悲鳴を上げたようにも聞こえた。何時の間にか、自動販売機が立っていた。粉々になったディスプレイが、弁償金額の多さを物語っている。そして、不意に宙に浮いた。その支えは確かに、良く見た金髪の長身の青年であった。
目が合った。電流のような視線だった。向こうは驚きもせずに、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。俺も浮かべた。ああ、俺の人生に束の間の平和なんて何処にもなかったのだ。


2013.02.17

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