きんのたからばこ

・デリック×日々也。
・日々也がモンスターなRPGパラレル。


昔々或る所にイケブクロという小さな村がありました。その村外れには貧しい青年がひとりで暮らしておりました。

「昨日の女の子はいい子だったなあ、今日呼んでもまたヤらせてくれないかなあ」

訂正します、女遊びが趣味のせいで貧しくなったクズ野郎がぼっちに暮らしておりました。
青年は狩人として生計を立てていましたが、スライムすら倒せない良く言えば心の優しい、悪く言えば腑抜けだったため、現在は村の人々の手伝いをしていました。名を、デリックといいます。
そんな彼が朝、市場を歩いていると、村娘と男が二人話しているのを聞きました。

「ねえ知ってる?隣町のシンジュクにはダンジョンがあるんだって!」
「ええ?あんな平和なところにっすか?」
「そうなのよー!で、そのダンジョンの最深部にはすごーい財宝が隠されてるんだって!」
「ああ、宝石だろ?」
「ドタチン知ってるの?」
「最深部にある宝箱には、大粒の宝石が入っていて、冒険者が来る度に必ず置いてあるんだ」
「誰が置いてるのかわからないんっすよね?いやーミステリアスっす!」
「あれ?私が聞いた噂とちょっと違う気がするんだけど…。私は、宝石よりもっと価値のある宝だって聞いたよ」
「宝石より価値のある宝?それって今やレアになった数量限定生産の雪ミクフィギュア2012だったりするんすかね!?」
「きゃー!素敵!!もしかしたら今やオークションにかかるプライズ限定のパーカーイザイザ抱き枕かも!!」
「少なくともお前らの欲しいものじゃないと思うぞ……」

これは良いことを聞いた、とデリックは思いました。そして早速今晩のデリヘルの仕事を断り、旅の支度をし始めました。平和なシンジュクの近くにあるダンジョンならば、大したモンスターも出ないだろうと踏んだのです。もしその宝石より凄い宝が見つけられなかったとしても、宝石がひとつ手に入るだけで高級娼婦を五人は買えそうだ……この馬のように盛った残念な青年の頭の中には、性的なこと以外何も浮かばないのでした。


翌朝早く、デリックはイケブクロを出ました。何もない平原ををただ歩き続けて三時間(途中のタカダノババで女性をナンパしましたが……)経った頃、シンジュクに辿り着くことができました。
まずは腹拵えをしようとシンジュクの入り口にある食堂に向かいました。しかし食堂の前で談笑していた二人の少年たちの言葉にデリックは震え上がりました。

「おっ、ミカド!特製カレーが安くなってるみたいだ!」
「ホントだ、一万五千円なんて、ラッキーだね」
「俺、十皿食べちゃおっかなー」
「あとでおなか痛いとか言わないでね……」

なんということでしょう。数年前にデリックが訪れた時には八百円だったのに、少年たちが読み上げたメニューに書かれていたのは法外な値段でした。思わずデリックは二人に話しかけました。

「特製カレーが一万五千円って、マジかよ?」
「誰だ?おっさん、字も読めないのかよ」
「ちょ、ちょっとマサオミ……すみません、お兄さん。この値段を疑うってことはお兄さんは余所から来られたんですよね?」
「数年ぶりにイケブクロから来たんだけど、ここ昔はもっと安かったよな?」
「イケブクロ?あんなド田舎から?おっさんホント何も知らないんだなあ、北にあるダンジョンから見つかる宝石のせいでシンジュクは軒並みインフルだ」
「インフレね」

やはりダンジョン最奥に眠る宝石は実在するようです。それも街全体の経済が動かされるくらいとんでもない量の宝石が眠っている。しかもシンジュクの一般の人々が手に入れることができるということは貧弱軟弱低レベルのデリックでも望みはあることを示すようなものでした。
デリックは少年たちに礼を言うとすぐに街の北側を目指しました。市場で有り得ない値段のリンゴを買い、その果物屋の娘にナンパをするのも忘れずに。


シンジュクを北に抜けた先は岩肌の群れが広がる荒野でした。砂混じりの風に金髪を揺らされながらデリックは岩肌に沿って歩きました。暫く進むと岩壁に裂け目があるのが見えました。どうやらここがダンジョンの入り口のようです。
誰も斬り殺すつもりはありませんが、古びた剣が腰にあるのを確認して、松明を点けました。
外はからりと乾いていたのに内部は肌寒く、酷く湿っていました。デリックは飛び交う蝙蝠から逃げ回りつつも先を目指しました。生き物を殺すのは性に合わないんだ、と呟きながらも内心は怖がっていました。やはり彼はイケブクロで女と遊び、宵越しの金は持たずに細々と生きる方が好きでした。
軈て、大きな岩部屋に辿り着きました。行き止まりのようです。最深部ということでデリックは松明で足元を隈無く照らしました。すると宝箱があるではありませんか。

「これか」

宝箱を開けると、中には大粒のサファイアが入っていました。これで女に困らないぞ、とデリックは大喜びでダンジョンを去ろうとしました。
しかし、デリックは何か忘れていることに気が付きました。昨日の朝、村娘が何か言っていたような気がしたのです。

「本当の財宝って、何だ?」

この洞窟には、本当の財宝がある筈なのでした。デリックはもう一度隅々まで調べました。サファイアの宝箱から、少し離れた部屋の角に、小さな何かがあるのを見つけました。古い宝箱です。

「まさか、これが?」

デリックはゴクリと喉を鳴らしました。意を決して、砂と埃にまみれた汚らしい箱を開けました。

ぱかり。

「うわぁああああ!?」

いきなり現れた白いそれに、デリックは驚いて尻餅を付きました。白い物体は言いました。

「ヒトを見て、わあ、とはなんだ、わあとは。無礼だぞ」
「た、た、宝箱が喋った!」
「当たり前だ!僕をなめるな、僕はミミックだぞ!」
「み……ミミック?」

ミミックとは、宝箱に扮したモンスターの一種で、俗に言う人食い箱です。普段は洞窟の隅などでじっとしていますが、自分で作り出した宝で誘き寄せ、中の宝を取ろうと近づいた人間を、牙の生えた箱でガプリ!と噛み付いて食べてしまうのです。
しかしデリックはおかしな気持ちになりました。モンスターが口を聞くなんて聞いたことがなかったからです。デリックの知るモンスターとは、ギャア、とか、ぷきぃ、とか、バリバリダー、などと鳴くものでした。

「なんだ、人間、そんなに僕が珍しいのか?」

ミミックは、すらりとした腕を頭の後ろで組みながら言いました。宝箱に入っていた白い物体とは、この喋る人の形をした……というより、どこからどうみてもただの人間だったのです。

「じろじろ見るな、気持ち悪い」

ミミックは酷く細く白い体をしていました。声は人間で言う十五、十六歳程の男とも女とも分からない中性的な、しかしトゲのある物言いでした。

「で、要件は何だ。そのサファイアでは足りないのだろう?何がほしい」
「あ、いや……」
「何も要らないならさっさと立ち去れ。僕は眠いんだ」

デリックはもう宝石は欲しくありませんでした。何が欲しいかというと、ふああ、と欠伸をするこのミミックでした。人の言葉を介すミミックを見世物にすれば宝石以上の金が稼げるからです。

「ああ眠い、もう寝るぞ」
「待った!」
「なんだ……何が欲しい」
「お前が欲しい」
「はあ?」

ミミックは頓狂なデリックの言葉に驚いて、眠そうな瞳を更に細めて訝しげに尋ねました。

「貴様は僕をどうするつもりだ?宝石だってそう簡単にいくつも出せるわけではないぞ」
「ペットにしようかなって……」

ここで見世物にする、なんて言ったら眠り始めて二度と口を聞かないに決まっていますから、デリックは下手な嘘を付きました。

「ペット!」

ミミックは馬鹿にしたように罵り始めました。

「貴様のような下賤な人間に、僕が従うと思っているのか?生意気にも程があるぞ」
「さいですか」
「分かったらさっさと立ち去れ、愚民。人間の顔など見たくもないわ……って、うわあ!何をする!離せ、離せ!!」

デリックはこれ以上聞いても無駄だと判断し、ミミックに足がないことを良いことにミミックの宝箱ごと担ぎました。

「離せ!離さぬか!この大馬鹿者!!」
「うえっ、結構重い」
「誰が重いだ!失礼な!!」

ミミックはガタガタと暴れますがデリックはしっかりと背負ったまま離しませんでした。そうして、ダンジョンから出てしまうと、一息吐こうとミミックをドサりと下ろしました。

「いっ、痛いではないか!もっと丁寧に置け!!ここに割れ物注意のシールがあるだろうが!貴様の目は節穴か!!」
「あ、ホントだ。ごめんな」
「そう言いながらシールを剥がすな、この暴漢ー!!」

ミミックはポカポカデリックを殴ってきましたが、骨が浮きそうな腕だったので大して痛くはありません。それより担ぐ方が疲れるので、ミミックの下にコロの付いた板を敷き、その板をロープで引っ張って歩くことにしました。足の無いミミックは自分の目線から安全に外の世界を見れることに感動したようでした。

「おお……外の世界とはこのような物なのか」
「お前ダンジョンから出たこと無かったのか?」
「気付いた時にはあの場所に居たからな。外の世界がどういう物かは訪れた人間共の話から想像しては居たが、成程、面白いな」

ミミックはきょろきょろと辺りを見回しながら、あれはなんだ、これはなんだ、とデリックを質問責めにしました。毎度答えてやらないと機嫌を悪くするのでデリックは適当にミミックに物を教えてやりました。
日が傾いて、イケブクロまであと一時間くらいかというところでデリックは飽き飽きして言いました。

「お前そろそろ黙んねえの……俺疲れたんだけど」
「何だと!?僕が親切にも脳のない貴様に尋ねてやっていると言うのに!」
「ミミックのくせに」
「僕はミミックだがミミックじゃない!」
「じゃあなんだよ」
「ヒビヤだ」
「ひびや?」
「様を付けろ、様を」
「ヒビヤ様?」
「分かったらさっさと歩け、愚民」

ヒビヤは酷く生意気な態度で、様を付けろと言いました。そのくせデリックのことは愚民と呼ぶのでした。デリックはそれが気に食わなくなって名乗りましたが、

「俺は愚民じゃなくて、デリック」
「どうでも良いわ」

足蹴にされました。ミミックに足は無いのに、です。
ヒビヤはその後も、一番星を見つけては欲しがり、蛍を見かけては喜び、とデリックに話しかけ続けました。対してデリックは生返事を返してやるだけでした。面倒臭い物を拾ってきてしまったと後悔しました。

「あんま喋るとその辺に捨てるぞ」

そう脅す頃にはヒビヤは宝箱の蓋を閉じて、大人しくしていました。眠っているようでした。デリックは溜息を付いて、だだっ広い平原をヒビヤを連れて歩きました。帰宅した頃には、朝焼けが粗末なデリックの小屋を満たしていました。


デリックが目を覚ましたのはヒビヤの怒鳴る声でした。

「起きろ、愚民!朝食の支度をするのだ!」

狭い部屋の中に置かれた宝箱の蓋は開いていました。商売道具に勝手に逃げ出されては困るので、コロ付きの板は取り外しています。そのためヒビヤは自分で動くことができず、お腹を空かせていた様です。

「メシってお前何食うんだよ」
「何でも良いから早くしろ!」
「じゃあとりあえずパンで……」

と、カチコチに固まった古いパンを与えました。ヒビヤは暫く触ったり耳に当てたり匂いを嗅いだりして観察すると、恐る恐る口に入れました。

「ふむ……まずまずだな」

デリックは、古いパンの何処が美味しいのかさっぱり分かりませんでしたが、食費を安くすませるために黙っていました。

「ネズミと雨水よりは美味いな」
「お前それ食いモンじゃねえよ……」
「僕は人食を好まぬ。その代わりになるのは、それしか無かったのだから仕方無かろう」

もぐもぐ食べ続けるヒビヤを尻目に、デリックはヒビヤの全体をまじまじと見つめました。暗がりでは見えなかった細部がよく見えました。
黒い髪に琥珀色の瞳、頭には金の王冠を乗せたヒビヤの姿は、口調と共に威風堂々としていました。しかし細く白い身体は――といっても肩から下は小石に埋まっているため分かりません――食べ物と言えないような食べ物で構成されてきたせいか、とても弱々しく今にも倒れてしまいそうな血色の悪さでした(ミミックに血液があるのかはわかりませんが)。

「そういえば、宝石はどうしたんだよ」

昨日のヒビヤの言い分では、自ら作り出した宝石を冒険者に与えているようでしたが、ヒビヤの身体を覆う石ころの中にそんなものは見あたりません。

「すぐに精製出来るものではないと言っておろう」
「どれくらいでひとつ出来るんだ?」
「一年にひとつくらいだな」
「じゃあどうしてシンジュクの奴らがいっぱい持てるほどあったんだよ?」
「貴様は僕が何年生きていると思っているのだ?覚えているだけでも数百年は生きたぞ」

だからこんなに偉そうなのか。デリックはやっと理解できました。
しかしヒビヤは途方もない長い間あの地に居続けたのです。つい最近まで見つけられなかった洞窟に一人で暮らしていたのです。なんて孤独な毎日だったのでしょう。デリックは気の毒になりました。しかしそんな思いはすぐに飛びました。

「で?デザートはないのか?」
「ねえよ」
「人間たちはデザートを食べるのではないのか?そうだ、僕は噂に聞くミルフィーユという物が食べたいぞ。愚民よ、すぐに持って来い」
「俺が金持ちに見えるのか?」
「ただの貧乏人だな」
「だから諦めろ」

デリックはいよいよ後悔しました。明日は粗大ゴミの日だからきっとヒビヤを引き取ってくれるだろう、それまでの辛抱だ、と服を着替え、ふらふらと女性を引っ掛けに家を出ました。

「あ、こら!待て!愚民!待たぬか!」

後ろでヒビヤが喚いていますがデリックは気にしませんでした。それより昨日のサファイアでどんな女の子を買おうか考えるので精一杯でした。


五人の高級娼婦を散々喘がせて事が済んだデリックは、彼女たちを見送った後、ヒビヤの様子を見ました。深夜ですから、何の反応も無いのは寝ている証拠だと思い、彼は眠りに付きました。
次に彼が目を覚ました時には既に昼でした。ぼうっとした頭で昨日のことを振り返りました。ヒビヤが起こして来ないことに気付き、デリックはヒビヤに話しかけました。

「おい、ヒビヤ、メシは?」

しかしヒビヤは宝箱の蓋を閉じたままでした。

「食わないならいいけど、食わないと死ぬぞ」
「…………」
「いらないのか?いらないならもうやらないからな」
「……いる」

宝箱の中から小さく反応がありました。

「じゃあ開けろよ」
「嫌だ」
「何でだよ、開けないとメシ食えないぞ」
「嫌だ」
「ヤダヤダ言ってないで、ほら、開けろ」
「嫌だ!」
「ああもう、勝手にしろよ」

デリックは自分の朝食を取ろうとヒビヤの前から離れようとしました。しかしヒビヤの小さな声は彼を捕らえました。

「それが女と遊んだ者の言うことか……」

掠れた声でした。疲れきったように、ぼそぼそと呟くように言葉を零していました。

「どうせ貴様のことだ、金がないのは女遊びのせいだろう」
「はい」
「女のための金を得るために僕を連れて帰ったのだな」
「……はい」
「ああ、最悪だ。僕はなんて最悪な者に拾われてしまったのだ。数百年の孤独から解放されると思って期待したのが間違いだった。人間なんて所詮はそのような者だったのに、信じた僕が馬鹿だった。宝石を出せないミミックなど、人間にはただのゴミ箱なのだろうな」

宝箱の隙間から漏れる涙声は啜り泣きを伴って悲しく部屋に響きました。

「帰りたい。あの寂しい洞窟に帰りたい。もう期待させないでくれ、苦しいのだ」

元居た洞窟に帰してくれ、という悲痛な叫びがデリックの心を穿ちました。勝手に連れてきたのは、利用しようとしたのは紛れもなく彼自身でした。特別なミミックであるヒビヤは、人間と同じ心を持っているのに。
デリックは謝りたい気持ちでいっぱいでした。しかしデリックがどんなに声を掛けてもヒビヤは黙ったままでした。


デリックが家を出たのを気配で感じ取ったヒビヤは暗い宝箱の中で更に泣き続けました。利用するために自分を探しに来たこと、欲しいのは自分ではなく半永久的に宝石を精製し続けるミミックの能力のこと。そして、宝石が精製できなくなったら彼は自分を捨てるのだということ。ヒビヤは自分の存在価値がミミックの特殊な能力であることに気付き、それを認めたくなくて泣きました。
ヒビヤの涙が涸れる頃に家の扉が開く音がしました。

「ヒビヤ!」

彼は帰って来るなりヒビヤの元に走ってきて開けてくれと言いました。嫌だ、とヒビヤは言ったのに、彼は無理矢理宝箱を開けたのです。

「ごめんな、本当にごめん。確かに金儲けの件は否定出来ないけど、でも、でも」
「……でも、なんだ」
「あ、ええと、その……」
「結局答えられないんじゃないか。もうやめてくれ。悲しくなる」

ヒビヤは蓋を閉じようとしましたが、デリックに蓋を持ち上げて阻止されました。宝箱の蓋には牙がズラリと生え揃っているのに、その牙が手の平に食い込むのも厭わずに彼は閉じさせまいとしました。

「もう悲しくさせない」
「悲しくなるのは僕の勝手だろう、貴様がどうこうできるものではない」
「じゃあ悲しいより嬉しいを増やしてやる」
「そんな感情論には騙されないぞ」
「ああ、もう、良いから!食べろ!」

デリックは血塗れの手で白い紙箱に入った何かを掴み、ヒビヤに手渡しました。ヒビヤは甘い匂いと血生臭い匂いにくらくらしました。

「なんだこれは。さては毒でも入れて殺すつもりだな?」
「お前本当に面倒臭いな……」

彼は箱の中身の茶色いそれに乱暴にかぶりつきました。

「毒味はしたぞ」

そして、ん、と残った半分を差し出しました。

「不味かったら本当に怒るからな」

ヒビヤは茶色いそれをかじりました。さくり、と甘い香りが広がりました。とても美味しくて、すぐにまた噛みつきました。
デリックに優しくされたのが嬉しくて、悔しくて、ヒビヤはぼろぼろ食べかすを落としながらぼろぼろ涙を流しました。

「ああ泣くなよ、でもミルフィーユって美味しいだろ」

デリックは、ヒビヤの既に濡らしすぎて赤くなってしまった頬と、ミルフィーユの生地でベタベタになった口元を拭ってやりました。それでもヒビヤは、ずっと泣いていました。しかし今度は嬉し泣きでした。


ヒビヤが泣き止んだのはその日の晩でした。ほぼ一日中泣き続けたヒビヤは疲れ切って眠ってしまっていました。翌朝、怒鳴ることもせず昏々と眠っていました。
その間、デリックはきちんとヒビヤの世話をしてやろうと思いました。牙のお陰で傷だらけになった手を庇いつつ、ヒビヤの箱を雑巾で拭いてやりました。古びた宝箱だったそれは実は金の装飾が沢山施された豪華な宝箱だったのでした。自分の家とは不釣り合いな宝箱のために、デリックは毛布を用意したり、水の代わりに茶を淹れてやったり、柔らかなパンとデザートを欠かさず与えるようになりました。そのせいでデリックは女遊びが出来なくなりましたが、それでも良かったのです。宝石を生み出せなくてもヒビヤが笑ってくれればそれで良いと思っていました。ヒビヤは素直ではありませんので、未だにデリックを手荒く扱ったりしましたが、それでも徐々に心を開いていきました。彼らが出会ってから一年が経っていました。

「そういや、もう一年になるんだなあ」
「そんなものなのか?人間の感覚というのは難しいな」
「まあミミックにとっての一年なんて宝石を精製する以外にないからなあ」

デリックは何気なく言ったつもりでしたが、ヒビヤはやっぱり傷ついた顔をしつつ俯きました。

「……すまぬ」
「え?何が?……ああ、宝石の話?いやもういいよ」
「利用価値などないゴミ箱に、何をするというのだ」
「ああもう、ヒビヤは本当に面倒臭いなあ」
「様を付けろ様を」

ヒビヤは腕組みをしてぷんぷん怒っていました。そんなヒビヤに向かってデリックは言います。

「ヒビヤ様が寂しくないって笑ってくれるなら、俺はそれだけで十分だ」
「それは本当か?」
「まあ、愛してるからな」

デリックはヒビヤの小さな身体に腕を回して、唇を重ねてやりました。
すると、ぱあっと白い光がヒビヤを包みました。眩しくなって目を閉じたデリックが再び目を開けた時には見えたものは、床一面の財宝と、小石の代わりに色とりどりの宝石が詰まった金色の宝箱でした。

「……僕はどうやら長い間、宝石を精製する方法を忘れていたらしい」

ヒビヤは溜め息をつきながら言いました。

「簡単なこと。幸せだ」
「つまり?」
「幸せは自分が幸せになれないと分け与えられないということだ」

ヒビヤは、ふん、といつものように鼻を鳴らした後、照れ臭そうに笑いました。デリックは、それは良かった、とヒビヤを抱きしめました。


それからデリックは、ヒビヤの生み出した財宝を費やして、ヒビヤのために毎日の食事にミルフィーユ、午後にはアフタヌーンティーを与えるようになりましたし、退屈しないように書物や絵画を用意しましたし、それに似合うだけの豪邸を建ててやりました。また歩けなくとも移動が出来るようにと、箱に立派な最新式のコロを付けました。ヒビヤはますます喜んで毎日毎日宝石を零し続け、溢れるほどになった宝石はイケブクロの住民に分け与えてやりました。一人と金の宝箱は末永く幸せに、幸せを撒き散らして暮らしました。
昔々のお話です。
めでたし、めでたし。


2012.10.21

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