雪降る収穫祭ー前編

旅をするようになってから、「季節の変わり目」という言葉をよく耳にする。俺の育った国ではあまり耳にしない。それもそのはず。年がら年中、凍てつく寒さが続き、雪が降っている。特に寒い日なんて吹雪だ。積もっていない地面はよく滑る。まあ、寒さなんて関係無く、噴水公園で遊んでいたような…。

そんな国でも、一年に一度だけ暖かい季節がやってくる。
その時期の終盤、もうすぐ肌寒くなるだろーな、暖かいポンチョでも着ようかなーっていう日に祭りがある。毎年その祭りには参加していた。

そこで毎年侍女が俺に「今日は、収穫祭ですね。アッシュ様は、行かれるんですよね?季節の変わり目ですので、あたたかい格好をして下さいね。あっ、そうだ。収穫祭用の衣装が御座いました。どうですか?これをお召しになられた方が、かわ…格好いいですわ。いいですか?くれぐれも変な男には着いて行かないで下さいね。かわ…格好いいんですから危ないです!以下略」なんて言って毎年見送ってくれた。
敢えて、訂正した箇所には突っ込まない。言葉の誤なんて誰にだってある。だが、「季節の変わり目」という言葉を使うのは、果たして季節がない北大陸に使うのはどうだろうか。その侍女は、四季がある大陸が出身だったため、普段使えない言葉だから言ってみたかっただけなのだろうか。
…なんて、子どもの頃の俺はそんな捻くれた考えもなく、様子もなく、ただ無邪気にそれを着て外に飛び出し、あいつといつもの噴水公園へと行って親友を待っていた。…否、待っていたのはいつも親友の方だが。
親友は、呆れた顔で「遅いよ。君達と違って僕には時間がないんだからね。さっ、行くよ」
と俺達を促し先頭を歩いていた。あいつと俺は、その親友の行動を見てからダッシュして親友を挟むように隣りに行くと親友は苦笑し歩調をあわせてくれる。当たり前なことだけど、それが嬉しくて。三人で祭りに行ける日を心待ちにしていた感情が一気に溢れ出し、ついつい、はしゃいでしまうのは、俺の悪い癖だと今更になって思う。なんていうか、思い出しただけで恥ずかしくなる。23歳になった今でもそうだ。感情を表に出しているので、いい加減変わらないと女性にはモテないな。…うん。

今回、君に話すのは初めて三人で行った収穫祭の時。俺がまだ子どもの頃で御世話になっていた侍女の話でもしようかな。

収穫祭の開催場所は、噴水公園より南の住宅街。賑わう人々。陽気な音楽。楽士達の演奏や踊り子達の舞。パレード。紙吹雪。氷で作った美しい装飾。子どものために作った氷のアトラクション。可愛い雪だるまに「収穫祭へーようこそ」というプレートがかけてあった。
普段通る道が、一気に夢のワンダーランドとなり子どもの俺は、はしゃがずにはいられなかった。そんな中、親友は初めて来たらしくぼーと突っ立て、

「民衆も面白いことを考えるね。」
と、呟いた。
その呟きに答えたのはあいつだった。

「貴族はどちらかというと祭りより、ダンスパーティや社交的なものを催しますからね。貴方もこういう類は初めてでしょう?」

「まぁね。君達に会わなかったら公園で遊ぶっていう経験もなかったね。で?運営費は何処の貴族が助けてるの?手がこんでるから貴族が手をかさないと一般人が無理でしょ?」

「…フィリファル家ですね。全負担です。上にかけあって、許可を得たのもフィリファル家」

「ふーん。この大陸で唯一一般市民の味方のフィリファル家なら納得だね。成程。ラドリエ家より資産家なのは本当だったのか」

ーそれより、祭りを。と話を遮ろうとしたが難しい会話についていけなかった。そんな会話を無視して、俺は色々な屋台を見る。俺がいつも食いつくように見るのは、食べ物屋。美味しそうな匂いがして、ついつい屋台を覗く。蜂蜜飴屋、パンドック、駄菓子屋など。北大陸には無い珍しい食べ物屋が夢のようにあった。

「お、アッシュ様じゃないか。毎年来てくれてありがとな。ほら。特別サービスだ。」

中でも毎年屋台を覗いてしまうのは、温かいラーメン屋。なんでも、侍女の出身の食べ物で北大陸には無い食べ物。祭りの時にしか味わえない代物で俺はこのラーメンが大好きだ。あいつには、「コレステロール値が高くなりますのであまり食べ過ぎないように」と言われたことがあるが、子どもなのであんまり気にしなくていいだろう。ラーメンに入ってる具材は、チャーシュー、ネギ、モヤシ、ショーユー、塩、コショウらしい。どれも俺の大陸にはない具材ばかり。メンは、細くてこうばしくスープも濃いくも薄くもなくて丁度いい。凄く美味しい。スープはどうやって作るのか聞いてみたが、おじさんは「秘密」と言って答えてくれなかった。体もあったまったところで、この美味しい食べ物を親友にもお勧めしよう。そう思った俺は、おじさんに御礼を言った。
「アッシュ様もしかしたらー。否、なんでもない」
?どうした?と聞く前に沢山の客が押し寄せてきた。
仕方ないので、俺はあいつらの所へ戻ろうとした。また、戻ってきたら話を聞こう。

ところが。ーところがだが。人が多くて、あいつらの元へ戻れない。焦った俺は、人混みをかき分け人の波に逆らうが全然前へ進めない。俺は人の波に流された。

なんとか、人混みから抜けたのはいいが全く分からない路地裏についた。昼間なのに暗い路地裏。空を見上げると厚い雲に覆われていた。ーくしゅん。とくしゃみをするほど肌寒い。ラーメンの効き目がなくなったからではなく、また衣装のせいでもない。ただ雪が降るほど気温がぐっと急激に下がったのだ。収穫祭で雪が降ることはなかった。
ー今年は、寒いのか?
俺は、白い雪を手にとり空を見上げた。粉雪から、牡丹雪に変わるのはそう時間がかからなかった。
「まずい。吹雪くぞ。これは。」
「嘘。予報では、雪は降らないはずでしょ。」
大人達の会話が聞こえてきた。俺は急いで路地裏から出て一刻も早くあいつらの元へ戻りたかった。しかし、いきなり真っ暗になった。俺は背後から近づいてくる気配に気がつかなかったんだ。



アッシュがいなくなってから30分が過ぎていました。雪は風に舞い、雪は静かに降っています。あれだけ賑わっていた祭りが閑散し、人々は建物へ入って雪が止むのを待っている。そんな中警備隊員が止めるのも聞かず私達は、アッシュを捜すことにしました。
「アッシュ居た!?」
「いえ。居ません」
「んもう。何処行ったんだろ!いつもだったら僕達にべったりでウザいくらいなのにっ!!」
「アッシュは、資産家の話はあまり好きではないですから…。失態でした。それより早く捜さないと」
いい加減早く見つけないと。大雪になったら捜すのが困難。それにもしもー。
「…人攫いにあってたらどうしよう…アッシュ。顔だけはいいから…」
「まず、高値で売れること間違いないでしょうね。それにーアッシュは…可愛いですから」
口が滑りそうになりました。気にならないと思ったのですが、さすが軍人一家のミシュルト家の御子息。見事私が言葉を変更したことに気付きました。溜息をついて、私を見て彼は言いました。
「可愛いって言いたかったわけじゃないでしょ?もっとなんかアッシュにはあるよね?」
はぐらかすべきか、はぐらかさないべきか。
「君達に会って半年だったかな?結構時間経ったと思うけど…。僕に話してないことあるでしょ?さっきのラーメン屋さんとアッシュの会話ちらっと聞こえていたけど。アッシュを敬称していたね。アッシュって何者なのさ」
非常にまずい展開になってきました。アッシュが黙っていろと仰っていましたし…。
「私の口からは、アッシュについて何もお応え出来ません。ただ、言えるべきことは、この北大陸にでは欠かせない人物だということ。私にとって大切な御方であることです」
「…僕もだよ。アッシュがいない世界なんて考えられない。だから、アッシュが何者であろうかはどうでもいいことだよ。本来ならね。だけど、アッシュがいない今そうも言ってられないでしょ?今この時だから言うんだよ」
「…全く貴方にはかないませんね」

本当にあの時は、まいったよ。
アッシュがいなくなってから、雪のため祭りは中断。吹雪になっていく。そんな中でアッシュの家庭教師であるあいつの胸ポケットから鳴り響く携帯の音。嫌な予感はしてたんだ。あいつは、僕の会話を中断させ電話をとった。あいつの表情も今の天気のように変わっていく。あいつの凄いところは取り乱すことは絶対にしない。ただあいつの悪い所は、アッシュが危険に晒されたら取り乱すことはしないけど顔つきが怖くなる。僕は、今回の件で初めて知った。電話を切った時僕に言った。
「嫌な予感的中です。誘拐されました。先ほど、犯人から身代金を要求されましたよ」
「…受け渡しはいつさ?」
冷静で冷酷な声を僕はしたと思う。
「一時間後、噴水公園ですね」
「…出せるの?」
「出せない金額ではありません。まあ、誘拐犯で良かった。人攫いの方が勝手に人間を売って金にするので性質が悪い。まあ、犯人も『一時間後、噴水公園に58万ギルを持ってこい。そしたら、子どもを開放してやる』と要求して勝手に切りやがりました。」
「…中途半端な額だね。変声機は?」
「使っていましたね。ただ、少し様子が変でしたね」
「…ふーん」

ー噴水公園に58万ギルを持ってこい。そしたら、子どもを開放してやるー

その声と吹雪く音に、俺は目を覚ました。目の前には暖炉と机とソファ。暖かい格好がしてあった。両手両足身動きがとれない。ただ、口は塞がれていない。大丈夫だ、頭は動かせる。あたりを見回した。
「お気づきになられたようで、御機嫌は如何ですか?アッシュ様」
「…最悪。頭ガンガンする。ここは…」
「私の住んでいた家です。今は、父が使っていますが。大変申し訳ありません。貴方様を危険にあわせて…しかし、貴方様を危険にあわせないとお金が頂けないのですよ。ジャシュ様が来てくださるまでもう少し我慢して下さい。大丈夫、大人しくして頂ければ痛い目にあうことはありませんので」
「ああ、48万…否、58万ギルだったけ?」
「あら、冷静ですのね。取り乱すかと思いました」
「…当たり前だ。あんたが俺に言ったんだ。知らない男には着いて行くなと。知らない男ならともかく、よく知っている人物に取り乱すことなんてしないよ。どうして、48万ギルが必要なんだ?」
そいつの顔は少し強張った目を背けて言った。
「アッシュ様。58万です。」
「そうだった。間違えた。普通ならさ、100万ギルとか、1000万ギルとか桁のいい数字を要求するだろ?なんで58万ギル?」
「貴方様には、関係ないことです。もうしばらく、寝ていて下さいませ」

バタンー。戸がしまった。出て行ったのだ。外は、吹雪いているが寒くはなかった。服を何枚も重ね着されてある。
ーったく。御優しい犯人様なことで。
俺は苦笑した。
俺を誘拐した犯人の名前は、ネイネイ。5年前かあさんが、俺に世話をしてくれる人だと連れてきてくれた。彼女は優しくて陽気な侍女だ。また、裁縫や料理は上手く俺に教えてくれたことが沢山あった。毎年収穫祭の衣装だって縫ってくれた。随分世話になっている。そんな女性が俺を誘拐したということは、先にショックよりもどんな理由でお金が欲しいのか凄く気になった。何か理由があるはずだ。俺は、ロープを外そうとしたが切れない。さて、どうやって切ろうか。辺りを見渡した。机、ソファ、暖炉。机の上には何かないのか。机に見えたのは、ビン。多分ウィスキーかワインだろう。あのビンを壊して、破片を口に加えてロープを切る。しかし、アルコールが入っていて炎上する。どうしたものか。その時、隣りから聞こえてくる話声。俺は、体をぐるぐると回転させ耳を当てた。
ーお金なら大丈夫よ、お父さん。大丈夫。お金は。今はまだ、北で温かい食べ物を作ってなよ。この収穫祭が終わったら一緒に国へ帰ろうー
ああ、そういうことか。国へ帰るための資金か。どうして彼女がお金が欲しかったのか分かった。言ってくれればいいものをー。かあさんに言ったらお金くらい貸すだろうに…いや…言えなかったのかもしれない。さっきだって、貴方様には関係ないということにした。どうしてだろう…。そういえば、彼女のお父さんは何を作って…。ー。分かった。ああ、そういうことか。成程。俺は、ふっと笑った。
「それは、言えないよな」
俺は、机に向かって転がった。






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