書物を眺める視界が暗んで来たと思えば、外は夕闇となっていた。執務に没頭していたため、灯りを灯す事も忘れていた。仕事も終わり際だったため、丁度いい頃合だと賈充は手元の本を畳んだ。
仕事を切り上げて部屋を出た賈充を待っていたのは、小さな娘だった。その娘は賈充を見るなり、弾けんばかりの笑顔を見せた。
「賈充様、お仕事お疲れ様でした」
「紫恋…またお前か」
すでに日も暮れているというのに、目を爛々と輝かせて挨拶をする紫恋に、賈充は鬱陶しいとばかりに眉を顰めた。
「お荷物をお持ちします」
そう言って紫恋は両手を差し出したが、賈充の手にあるのは執務中に脱いでいた戦袍のみ。手渡すほどでもないと、目の前で羽織って見せた。
「見てわからぬのか、ここにお前の仕事はない。暇を持て余しているようなら他を手伝え」
「他の仕事は終わらせて来ましたので、問題ありません」
「ならば部屋に戻れ。俺はこれから屋敷に戻るのだ」
「では、厩舎まで灯りをお持ちします」
何を言っても引き下がらない紫恋に、賈充は呆れて物も言わずに一人歩き出した。紫恋はすぐさま手燭を手にその後を追い掛けた。
紫恋はつい最近、女官として魏に仕える事になったのだが、どういう訳か賈充の傍を離れようとしない。なぜかと理由を尋ねてみても「仕事ですから」の一点張りで、そう言われてしまえば邪険に扱う訳にもいかない。例え帰れと言っても、何かと理由を付けて最後まで付き従おうとする始末である。周囲がどのような目で見ようが知った事ではないが、手段を選ばぬ冷淡な男と、その後ろをあどけない少女が付いて回る光景はさぞ滑稽に映っているだろう。
仕事に懸命に励むのは構わない。女官になったばかりと、ある程度は大目に見ているつもりだった。しかし、朝から晩まで頼みもしないのに付き纏われるのはさすがに鬱陶しい。
──そろそろ手を打たねばなるまい。
未だに賈充の前に追い付けず、まるで栗鼠のように付いて来る紫恋を横目で見ながら、賈充は思考を巡らせた。口で言ってもわからないのであれば、多少手荒な真似をしてでも引き離すまでだ。
前を歩く賈充の足が急に止まり、すぐ背後まで迫っていた紫恋は慌てて立ち止まった。
「屋敷に戻る前にお前に頼みたい事があるのだが、構わぬな」
「はい!もちろんです」
仕事を与えられ、紫恋は無邪気に返事を返した。
賈充の白い横顔は、手燭の灯りで作られた陰影により一層妖艶さを増していたが、そこに別の黒い影が潜んでいた事を無垢な娘が気付くはずもなかった。
*
二人が向かった先は、厩舎の片隅にある物置小屋だった。
外界から取り残されたように草藪の中にぽつりと佇み、人が立ち入る事はほとんどない。夕刻となれば小屋の存在は闇に紛れ、その存在すら消し去られる。
「入れ」
首を傾げる紫恋に冷たく言い放ち、その足が屋内に踏み込んだと同時に勢いよく扉を閉めた。紫恋は小屋に響いた音に驚き振り返った。
「あ、あの…お仕事とは何ですか?」
戸惑いながらも紫恋は尋ねた。この状況においても尚、仕事を気に掛けるとは、見た目通り無垢な娘だと賈充は鼻で笑った。
「お前に一つ聞きたい事があってな。お前はなぜ俺に付き纏う。“仕事だから”という言い訳は通用せぬぞ。明確な理由を言え」
薄闇の中で低い声が娘を問い質した。黒服を纏う賈充の姿は闇と同化し、凍て付くような瞳と白い顔だけが紫恋を見据えている。ようやく状況を把握したのか、紫恋の表情が強張った。
突き刺さる冷徹な視線を避けるように紫恋は目を伏せ、ぽつりと答えた。
「それは…賈充様のお傍にいたいからです…」
「それは恋慕と受け取ってよいのか」
「は、はい…」
ようやく胸に秘めた想いを告げた紫恋は力なく俯いた。
無論、この返答も予想の範囲内である。異性に付き纏う理由など大抵知れている。賈充はくつくつと笑いながら歩み寄り、手燭を持つ紫恋の手を取った。想い人の手が触れ、紫恋の表情は困惑と喜色に満ちた。
「なるほど…お前の気持ちはわかった。だが、これでもお前は俺を慕う気になるか…だ」
その刹那、賈充は紫恋の両腕を掴み上げた。矮躯な娘の身体は軽々と持ち上がり、そのまま壁に押し付けられ、紫恋は賈充の身体と壁の間に挟まれる形となった。
「か、賈充様…一体何を──」
言い掛けた紫恋の口を賈充は自らの口で塞いだ。閉じようとする唇を強引に舌で抉じ開け、口腔内を逃げ回る舌を追う。紫恋は苦しそうに呻きながら戦袍の裾を握ったが、激しい接吻は止まない。ついに耐え切れず紫恋は抵抗をやめ、されるがままに舌先を絡ませた。
ようやく唇が離れ、賈充は熱っぽい視線で紫恋を見つめた。長い睫毛が涙に濡れている。白くきめ細やかな肌に形の良い艶やかな唇は、まだ幼いながらも妖艶さを備えている。あどけない無邪気な姿しか見ていなかったが、間近で見ると実に美しい娘だった。当然、まだ男もろくに知らないだろう。
無垢な身体をこの手で穢してやりたい──。どす黒い欲望が湧き上がり、気付けば自然と行動に移っていた。
首筋に唇を這わせて耳朶を唇で軽く食む。胸の膨らみに手を伸ばし、おもむろに着物の裾に手を掛けると勢いよく剥ぎ取った。露になった白い乳房を愛撫し、先端を軽く爪で引っ掻くと紫恋は小さな悲鳴を上げた。もう一方の手を下部に滑らせると、生温かい粘液が指に纏わり付いた。
「淫らな身体だ…もう濡れているのか」
意地悪く囁くと、秘部を指先で弄んだ。途端に紫恋の身体がびくりと波打った。淫らと言ったが、今の自分が言えた台詞ではない。互いの身体を密着させている紫恋には、この身体の変化に気付いているだろう。着物越しではあるが、それは接触しているのだから。
そのまま指を内部に挿入して愛撫すると、紫恋は甲高い声を上げて身体を仰け反らせた。
「あぁっ…!いや…です!」
「それは指では足りぬという事か?」
紫恋は必死に首を横に振ったが、求めているのは濡れそぼつ身体が証明している。この期に及んでも尚、抵抗を見せる紫恋に賈充は冷笑した。
「お前は俺を恋い慕っているのだろう。つまりそれは俺を“欲している”という事だ。違うか?」
賈充は羽織っていた戦袍を脱ぎ捨て、いきり立った一物を紫恋の柔らかな太腿に押し当てた。
「早く俺が欲しいと言え。それともここで終わってもいいのか?後悔しても知らぬぞ」
紫恋の顔を両手で掴み、目を見据えて問い詰めた。恋い慕っていた男に激しく攻められ、さらに淫らな姿を晒した羞恥から紫恋は咽び泣いていた。声をしゃくり上げながら紫恋は答えた。
「…です。私は…賈充様が欲しいです…」
その言葉に賈充は不気味にほくそ笑んだ。
片脚を持ち上げると、己自身を躊躇いなく一気に紫恋に押し込んだ。剛直なそれが口を無理矢理押し広げたため激痛が走り、紫恋は悲鳴にも似た声を上げた。
「いやぁっ…痛い…!」
「最初だけだ。すぐに良くなる」
激しく胎内を掻き混ぜてやると、次第に苦しみ悶えていた声が快楽に溺れる喘ぎへと変わっていった。攻め立てる度に己を締め付ける力が強まり、賈充の顔からも余裕の笑みは消えていた。息遣いは荒く、紫恋を抱く腕にも自然と力が篭る。
紫恋も賈充の衣服を引き千切らんばかりに掴んだ。賈充はその細腕を引き離し、首元に回した。
暗闇の中で、肉壁がぶつかり合う音と、男の荒い息遣いと女の甘美な声だけが響いた。紫恋は賈充に縋り付き、鼻の掛かった声でその名を呼んだ。必死に喘ぎ声を抑えようと口を閉ざしているが、下から突き上げると唇から声が漏れ、堪える姿がさらに欲を掻き立てる。紫恋の声が耳に入る度に気が狂いそうになる。
──何と愛くるしい娘だろうか。
「あぁ…賈充…様…!」
耳元で紫恋が甲高い声を上げた。それをきっかけに二人は程なく絶頂に達した。
だらりと腕を垂らし気を失った紫恋を床に降ろし、賈充も力尽きるように床に膝を付き蹲った。荒い呼吸を整えようとするが、絶頂を迎えたばかりの身体はまだ言う事を利かない。
その横で紫恋の声がした。見るとすでに娘は目を覚まし、虚ろな目でこちらを見ている。見掛けによらず胆力のある娘だと、賈充は呆れて鼻で笑った。
「まだ足りぬか?」
皮肉っぽく尋ねると、紫恋は力なく首を横に振った。
「俺はこういう男だ。どこに惹かれたかは知らぬが、お前には荷が重いぞ」
すると、紫恋は再び首を横に振った。
「…それでも私は、貴方のお傍にいたい…」
酷く掠れた声だった。もう、あの無邪気な紫恋の姿はない。
穢行を受けたにも関わらず未だに揺るがないとは、呆れるほど無垢な娘だ。だが、その心構えは称賛に価する。自分に相応しい娘なのかもしれない。少なくとも情事の最中に紫恋の虜になったのは事実である。冷たく突き放すつもりが逆に虜になるとは、本当に愚かなのは自分の方ではないのか。
──俺も物好きな男だ。
賈充は己を嘲笑った。
ふと、床に寝転がる紫恋の姿に目を見張った。灯りに照らされた白く艶やかな身体は何とも妖艶で、特に下部は太腿に掛けて蜜で濡れており、眺めているだけで再び欲が滾り出した。
だが、これ以上時間を割く訳にもいかない。無理をすると明日の公務に影響が出る。それに、機会はまだいくらでもある。理性で湧き立つ欲望を押し殺すと、はだけ落ちた紫恋の着物を拾い、名残惜しく感じながらも艶容な紫恋の身体に投げ付けた。
「さっさと着ろ。風邪を引くぞ」
着物を手に紫恋はのろのろと身体を起こした。なるべくその姿を見ないように賈充は着衣の乱れを正し、戦袍を羽織った。その背後で、か細い声が尋ねた。
「あの…私はお傍にいてもよろしいんでしょうか?」
「これで終わったつもりはない。続きはお預けだ…そう言えば、鈍いお前でもわかるだろう」
振り返った賈充の横顔は、不吉な黒い笑みを称えていた。
まだ“穢し足りない”とでも言うように──。
了
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