朝、紫恋は目覚めた瞬間から強い倦怠感に襲われた。身体が鉛のように重く、下腹部から鈍い痛みが伝わって来る。しかし、紫恋は身体の異変に動じるどころか深い溜め息を吐いた。
原因は何かわかっている。昨夜の賈充との情交のせいだ。彼と交わした翌朝は、必ずと言っていいほどこの状態になる。
賈充との情交は甘美である一方で過激だった。行為自体も優しいとは言い難く、一夜に何度も行為に及ぶ事も珍しくない。いくら嫌だと言っても引かず、結局誘惑に負けて誘いを受けてしまう自分も自分なのだが、こうも毎日だとさすがに心身共に疲れ果ててしまう。
だが、仕事を休む訳にもいかない。賈充は紫恋の上官でもあるからだ。体調が悪いと言えば情交が原因だと悟られるし、簡単に休ませるほど優しい男でもない。紫恋は寝返りを打って寝台から転がり落ちると、重々しい手付きで寝衣から着物に着替えた。
行為の後というのは、着物を纏っているのに身体がすうすうとして落ち着かない。未だに裸でいるような気分である。同僚や文官とすれ違う度に恥ずかしい思いをしながら、執務室に入った。
賈充は自席で書簡に目を通していたが、紫恋が入ると途端に視線がこちらを向いた。
「紫恋、遅かったな。もう刻限は過ぎているぞ」
上目遣いに睨んだと思うと、口元がにやりと笑った。昨夜の情交など気にも留めない涼しげな顔。激しい情交の後だろうと、賈充の表情が変わる事はない。
──わかってるくせに。
白々しい態度に腹が立ったが、顔を見ると昨夜の行為が脳裏を過ぎり、紫恋は賈充から目を背けて席に座った。しかし、目を向けた先の机上には大量の書類が山積みにされており、大きな溜め息が零れた。
仕事で厳しいのは構わないが、せめて夜だけは優しくできないものなのか──。心中、不満を溢しながら書類を片付けていると、不意に強烈な眠気が襲った。慌てて姿勢を正して仕事に集中するが、自然と目蓋が閉じていく。
仕事中に眠れば、たちまち賈充の叱責が飛ぶ。必死で眠気に堪えていたが、ついに意識が飛んだ。
*
目を開けた時には床の上で横になっていた。そこは執務室にある仮眠用の個室で、窓からは夕日が差し込んでいた。
もはや居眠りどころでは済まない──、一気に血の気が引いた。慌てて起き上がり、執務室の扉を開けると、本棚の前に立つ賈充の後ろ姿が見えた。書物を片手に静かに佇む姿が、今の紫恋には恐ろしく映る。
扉の合間から様子を伺っていると、視線を感じ取った賈充が振り返った。途端に目が合い、鋭い視線が突き刺さる。男はゆっくりと近付き、紫恋は逃げ出したい衝動に駆られたが、恐怖で身動きが取れなかった。
「ようやく目を覚ましたか。よく眠れたか?」
無表情で淡々とした低音で厭味を吐かれ、恐怖で返す言葉が見つからない。目を伏せて黙り込むと、頭上から溜め息が聞えた。
「疲れているのなら休めばいいだろう。誰も倒れるほど働けとは言っていない」
次に出たのは、意外にも穏やかな声色だった。顔を上げると、賈充は呆れ顔から意地悪く微笑んだ。
「それとも、昨夜はそんなに激しかったか?」
思わぬ事を聞かれて紫恋は赤面したが、喉を鳴らして笑う賈充の姿に次第に怒りが込み上げて来た。
「…昨夜だけじゃないですよ。私は公閭様みたいに丈夫じゃないんですから、もう少し優しく下さい。このままでは身が持ちません」
「都合が悪いのならば断ればいいだろう」
「嫌だって言っても強行するじゃないですか!」
「ほう、そうなのか。俺には喜んでいるように見えるのだが」
悪びれる様子もなく笑うので、紫恋はじろりと睨み付けた──つもりだったが、賈充からすれば滑稽だったようで、鼻で笑い返された。
「まぁ、今回の事もある。俺もお前を傷付けるつもりはないのでな、そこまで言うのなら改めるか」
「本当ですか? それでは次は二十日ほど日を空けて欲しいのですが」
意気揚々と言った直後、賈充は眉間に深い皺を寄せたが、すぐに溜め息混じりに頷いた。
「…仕方あるまい、また倒れても困るからな。十分静養するといい」
賈充はいつになく悄然とした表情を見せ、再び自席に戻って行った。
咄嗟に二十日と言ったが、意外とすんなり受け入れた事に驚いた。しかし、本当に信じても大丈夫なのだろうか──。紫恋の心には不安が残った。
だが、そんな心配をよそに一週間が過ぎた。今まで日を置いても三日程度。途中で苛立って強行するのではないかと案じていたので、驚きが隠せなかった。少し寂しくもあったが、紫恋はしばらく静かな夜を堪能した。
そしてさらに日が経ち、約束の日。
当日は定期的に執務室の書類を整理する日で、仕事を終えたのは真夜中過ぎだった。
手伝ってくれた同僚を見送った後、一人自席の掃除をしていると、ふと隣に黒い人影が立った。見上げた先にいたのは、やはり賈充だった。
「ようやく終わったようだな」
男は淡々と言った。相変わらず機嫌が良いのか悪いのか、全く読めない。ただ、真上から冷やかな目で静かに見下ろす姿は幽鬼のようで、笑い返した紫恋の顔も引き攣った。
「遅くなってすみません。すぐに仕度しますから、少し待って下さい」
「その必要はない」
冷淡に言い放った直後、着物の襟口から白い手が滑り込み、乳房を掴んだ。紫恋が驚き顔を上げると、途端に唇が塞がれた。口内に舌が捻じ込まれ、着物の中で男の手が柔肌を愛撫する。
目の前には無表情で接吻に耽る賈充の顔があり、その眼差しは紫恋を見つめている。あまりにも唐突過ぎて、動揺する事さえ忘れていた。
肌を弄っていた手を掴み、顔を背けて絡まる舌から逃れると、男の鋭い視線が突き刺さった。抵抗された事が気に入らなかったのだろうか、上目遣いに睨み付け、どす黒い嫌悪感を露にした表情に背筋がぞっとした。
「…お前がこの日に決めたのだろう。拒むとはどういう了見だ」
「いえ…拒むつもりはありませんが、あまりに急だったから…」
「当然だ、二十日も待たされたのだ。これ以上、待つつもりはない」
紫恋の腕を引いて身体を抱き寄せると、賈充は不敵な笑みを浮かべた。再び唇を塞ぐかと思えば、手が背中を伝って下半身の膨らみに向かい、指先で溝をなぞった。妖しい気配を察したが、逃れようにも腕の力に阻まれ身動きが取れない。
「ちょっと…まさか、ここでするつもりですか?」
「案ずるな、こんな夜更けに執務室に来る者はいない…お前も丁度良い場を設けたものだ」
その間にも手は徐々に下へ滑り込み、溝の先にある開けた空間に到達すると、指先で強く押し上げた。着物越しに秘部を刺激され、身体がびくりと波打つ。執拗に溝を押され、紫恋は堪らず戦袍を掴んで漏れそうになる声を押し殺した。顔を上げると、賈充は意地の悪い笑みを浮かべて紫恋を見つめ、反応を楽しんでいるようだった。
「んっ…やめて…下さい! 抵抗しませんから…もう少し普通に…」
「優しくして欲しいと言ったのはお前だろう。約束通り、じっくりと楽しませてやる」
賈充は黒い笑みを溢し、紫恋の唇を舌先で舐め上げた。溝を押しながら、指の腹で周辺を探る。指が隠れた蕾に触れ、身体が敏感に反応した。男はそれを見逃さず、指先で一点を擦り付けると、紫恋の口元から甘い声が上がった。瞬く間に蜜が滲み出し、性感に下腹部がびくびくと痙攣する。
指で押していた着物が濡れ出すと、賈充は着物を捲り上げて手を入れ、直に秘部に触れた。濡れた秘部を指先で撫でて蜜を絡め、泉の中へと滑り込ませた。上下左右に動かして肉壁を馴染ませ、さらに性感帯を刺激する。快楽に身体が波打ち、喘ぎ声が止まない。
脚の力が抜け、紫恋は男の身体に凭れ掛かったが、すぐに机上に前のめりにされ、露になった秘部に執拗な愛撫を繰り返された。肌蹴た着物から零れた乳房を弄び、秘部から水音が立ち、腿を伝って止めどなく蜜が流れ出す。
「くく…呑気な顔をしていた割には、随分と溜め込んでいたようだな…そそられる光景だ」
笑みを含んだ男の言葉に、肌が紅潮していく。すると、急に片脚を持ち上げられ、身体が反転して仰向けにされた。開かれた両脚の間に黒い影が沈むと、生温かい吐息と舌が秘部を舐め上げた。濡れた舌の感触に一瞬、官能に溺れるも、すぐに理性を取り戻した。
「いやっ…それは…!」
──洗っていないのに。
羞恥から脚を閉じようとしたが、弾力ある湿った肉質が蕾を摘み、舌先で押されると再び理性は喪失した。一層大きな嬌声が上がり、身体が激しくのた打ち回る。胎内では指が肉壁を刺激し、蕾は唇と舌で弄ばれる。絶えず襲い掛かる性感に気が狂いそうだった。
決して優しい行為などではない。焦らされ、弄ばれ、絶頂寸前の性感にただ身悶えるだけ──。まるで拷問をされているような気分だった。こんな思いをするくらいなら、激しくても一体になれる交合の方が良い。
「んっ…いやっ…公閭様…早く…っ!」
「いいのか? 優しくできる保証はないぞ?」
下腹部から忍び笑いが聞えた。見ると、賈充が上目遣いに紫恋を見つめている。未だに焦らそうとする男の言動に苛立ちを込めて必死に首を振った。
「いいから早く…繋がりたい…!」
「…いいだろう、俺も限界だ」
男は不敵な笑みを止めると、紫恋の上に圧し掛かった。
「後悔するなよ。俺にとって、お前と交わせぬのは苦痛以外の何物でもないのだ…加減はできぬ」
真顔で言い放つと、その直後、秘部に衝撃が走り、紫恋は嬌声と共に大きく身体を仰け反らせた。前戯と二十日分の禁欲で溜まった男の一物は、いつも以上に剛直な塊となっていたが、十分に慣らされた胎内は難なくそれを受け入れた。
いつになく激しい動きで胎内を掻き混ぜて溢れた蜜を絡め、わざとらしく水音を立てる。肉塊は一頻り肉壁をなぞって動き回った後、一点を狙って突き上げた。全体を刺激しながら性感帯を執拗に突かれ、紫恋は襲い来る性感に身体を激しく痙攣させ、絶叫した。
目の前には、冷ややかな眼差しで悶える紫恋を見つめ、行為に没頭する妖艶な男の姿があった。動きに合わせて口元から悩ましい吐息を漏らしてはいるが、嘲笑するような笑みはない。賈充が情交で余裕のない表情を見せるのは初めてだった。そして紫恋も、二十日振りの交合で増幅された快楽に身を捩らせた。
白い手がおもむろに紫恋の身体を上からなぞり、腰を掴み上げると、さらに深くまで挿入した。柔肌を愛撫しながら、喘ぎ声の漏れる紫恋の唇を塞ぐ。激しく腰を打ち付ける度に、強い性感が二人を襲う。待ち望んでいた交合に紫恋の身体はすぐに絶頂を迎え、肉壁がそれを掴み上げると、男も中に欲を放った。
賈充はしばらく荒々しい息遣いで紫恋を見つめていたが、不意に微笑みを浮かべた。
「…やはり互いの肌が重ならぬと、交わした気になれぬな」
男は笑い、ぐったりと横たわる紫恋の身体を抱え、膝に乗せて胸元に唇を寄せた。
ただ繋がっただけでは満足できないと聞き、内心呆れた。だが、今では彼の言い分もわかる。紫恋もまた、賈充を感じ足りないと思っていたから。
「紫恋、お前はどうする。辛いというのならやめても良いぞ」
優しい声色で問い掛けたが、紫恋は首を振った。すると、賈充は呆れたように鼻で笑い、深く口付けた。
一度、賈充と交わすと理性を保てない。性生活を改善したいと提案した自分が、愚かしく思えてしまう。そもそも、この男との情交を絶つなど不可能なのだ。
──もう、改善なんてしなくてもいい。
紫恋はそう結論を出し、自ら唇を絡めた。
了
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