『混浴効果』

 混浴すると、相手との関係がより親密になると噂に聞いた。裸の付き合いというものは、どんな交流より勝るのだそうだ。友人でも師弟でも、無論、恋人同士でも同様らしい。
 徐庶と恋仲になり同棲を始めて半年になるが、混浴をした事は一度もない。今まで混浴したいと思った事もないし、同じ裸の付き合いならば情交の方が遥かに上を行く。特に必要ないと、話を聞いた当初はそう思った。
 しかし、よく考えてみれば、半年も同棲して情交も人並みにあるのに、混浴だけした事がないというのも妙な話かもしれない。それに、混浴という方法でも親密になれると聞くと、試してみたくなる。
 ただ、閨以外では何かと控えめな男。突然『混浴したい』と言い出して、快く頷くかどうか怪しい。提案して、どんな反応が返って来るのかは容易に想像できるが、同意するかはまた別である。

 紫恋は夕食の仕度をしながら、どう話を切り出すべきかと思考を巡らせた。だが、いくら考えても、動揺して赤面する男の姿しか浮かばない。
 考えている内に、廊下から戸を開ける音と「ただいま」という声がした。玄関に向かうと、お人好しな男の微笑みが待っていた。

 ──やっぱり単刀直入に言おう。

 そう結論出したが、とりあえずいつものように男に尋ねる。

 「おかえりなさい。先に食事にしますか? それともお風呂?」
 「風呂にするよ。久々に鍛錬をしたから汗を掻いたんだ」
 「じゃあ、私が背中を流してあげましょうか?」
 「いいよ、そんな事しなくても」

 冗談と受け取ったのか、徐庶は笑いながら返した。今まで言った事もない台詞だから、当然の反応である。
 徐庶は早々と脱衣所に向かったので、紫恋は慌てて後ろに付いた。前を歩く男の両肩に手を掛け、背中にぴたりと寄り添ってさらに言い寄る。

 「遠慮しなくてもいいんですよ。私も一度、元直様にしてあげたいと思っていたから」
 「え、遠慮なんかしていないよ。急にどうしたんだい?」

 さすがに本気だと察したらしく、口調が戸惑い始めた。肩から覗いた徐庶の横顔は、仄かに赤らんでいる。思った通りの反応に、紫恋はくすりと笑った。

 「もう長い付き合いだし、そろそろ一緒にお風呂に入るのもいいかなぁと思って。駄目ですか?」
 「だ、駄目だよ、俺は一人の方がいいんだ」

 そう言って、徐庶は急に歩調を速めて紫恋を引き離し、脱衣所に逃げ込んでしまった。動揺するのはいいが、はっきりと拒絶されると腹が立つ。頬を膨らませ、すぐに後を追って部屋に入ると、徐庶は一人そそくさと軍袍を脱ぎ始めていた。

 「そんなに私とお風呂に入るの嫌なんですか?」
 「嫌とか、そういう訳じゃないんだけど、その…紫恋と一緒だと落ち着いて入れないよ…」

 徐庶は目を泳がせて頬を染めた。恋仲になって半年も経つというのに、混浴程度で羞恥する姿が何とも大人気ない。

 「お風呂くらい何て事ないでしょう、閨ではいつもお構いなしに攻めて来るくせに」
 「…そんな言い方しないでくれ。それとこれとは話が別だよ」

 情交を思い出したのか、徐庶は急激に顔を紅潮させた。閨と普段では心境が違うとでも言いたいのだろう。あからさまに不快な顔をして見せると、男は赤面したまま眉を下げた。

 「どうして急にそんな事言い出すんだ。今まで何も言わなかったのに…」
 「私達、付き合ってもう半年になる訳だし、今後の事も考えて、普段からもっと深い交流をしていこうと思ったんです。混浴もそのうちの一つですよ」
 「気持ちはわかるけど…また今度にしようよ。次は断らないから」
 「もう、わかりましたよ」

 紫恋はぶっきらぼうに着替えの着物を差し出し、脱衣所の戸を閉めた。
 『また今度』と言ったが、おそらく紫恋が言い出すまで今度≠ヘない。それに、こうも頑なに拒まれると、なおさら一緒に入ってみたくなるのが真情である。

 ──こうなった強行手段しかない。

 風呂に入ったのを見計らい、紫恋は自室から自分の着替えを持ってこっそりと脱衣所に入った。身体に綿布を纏い、音を立てずに浴室の戸を開けると、徐庶は湯船に浸かったまま浴槽の縁に顔を伏せていた。まるで居眠りをしているように見え、これが断った理由なのかと静かに笑った。

 「元直様」

 と呼び掛けると、途端に伏せていた顔が飛び起きた。知らぬ間に浴室に入り込んだ恋人の姿に、男は目を丸くして素っ頓狂な声を上げた。

 「な、何で入って来るんだよ。駄目だって言ったじゃないか」
 「居眠りしたいからですか?」

 笑いながら聞き返すと、徐庶は恥ずかしそうに身体を萎縮させた。

 「寝ていた訳じゃないよ…黙想していたんだ。こういう時にしかできないから」
 「何だかお邪魔したみたいですね。上がりましょうか?」
 「いや…せっかくだから、入っていいよ…そのままだと風邪を引くよ」

 案外あっさりと混浴を許可したものの、その声は小さく視線も泳ぎ、どこか落ち着きがない。顔が赤らんでいるのは、湯船に浸かっているためなのか。どちらにしろ滑稽な光景には違いなく、紫恋は笑みを溢して浴槽に近付いた。

 「黙想しなくていいんですか?」
 「もういいよ。それに断っても入るつもりなんだろう?」
 「わかりましたか?」

 と、桶を片手に笑顔で聞き返すと、徐庶は「わかるよ」と溜め息混じりに答えた。掛け湯をして浴槽に脚を入れると、男の身体は滑るように横に除けていった。
 羞恥が理由で混浴を拒んだのは明確だった。その証拠に、一度は紫恋を見たものの、一切こちらを見ようとしない。真横に座ると、湯船の中で身体を隠すように膝を抱え込み、前屈みになっている姿が見えた。
 情交で裸など見慣れているはず。その前に、まだ綿布を纏ったままだというのに──。恥らう男に意地悪く微笑んだ。

 「もう身体は洗ったんですか?」
 「あいにくだけど、俺はもう済ませたよ」

 からかわれていると察したのか、徐庶は少し不機嫌そうに答えた。これ以上は返って相手の機嫌を損ねて、親交を深めるどころか喧嘩になってしまう。

 ──一緒に入れただけいいか。

 「じゃあ、私も早く済ませちゃいますね」

 紫恋は浴槽から上がり、身体を洗うために纏っていた綿布を外した。髪留めを外して髪を降ろし、湯を掛ける。向き直った際に、徐庶の顔が視界に映った。今まで逸らしていたはずの男の視線が、紫恋に注がれている。裸を見られるのは慣れていても、凝視されるとさすがに恥ずかしい。

 「あの…あまり見られると恥ずかしいんですけど…」
 「す、すまない。その…洗っているところなんて、初めて見たから…つい…」

 指摘され、徐庶は慌てて顔を背けた。男性から見れば、女性が髪を洗う姿は珍しいのかもしれないと、紫恋は気にせず髪を洗い、湯で流して顔を上げた。すると、徐庶は再び熱い眼差しを向けていた。視線の先を辿ると、顔よりも身体の方に向けられている。今度は紫恋が赤面し、声を上げた。

 「もう、そんなに見ないで下さいよ!」
 「すまない…でも…紫恋が凄く…綺麗に見えるんだ…」

 徐庶はまっすぐ見つめたまま、ぽつりと呟いた。その顔は髪が濡れているためか、逞しくも艶っぽい男性的な色気を見せている。
 紫恋は咄嗟に綿布で前を隠すと、湯船に浸かって背を向けたが、直後、背後から男の腕が腰に回った。水中で肌が触れ合い、鼓動が急激に波打つ。

 「ちょっ…元直様、少し落ち着いて下さい。気が早いですよ」
 「…そんな姿を見せられたら、とても落ち着いてなんかいられないよ…」

 腕が強く紫恋を抱き寄せると、項に唇が押し付けられた。同時に、密着した身体に固く滾った一物が触れ、すでに男の身体が限界に達している事を知った。唇は項から首を伝い、顔に接近した。間近に迫った欲に満ちた男の顔が唇を塞ぐ前に、紫恋は静かに尋ねる。

 「…閨まで待てませんか?」
 「無理だよ」

 徐庶は最後の訴えも即座に一蹴し、唇を塞いだ。唇を貪りながら体勢を変え、正面から紫恋を抱き締めて身体を絡める。荒々しい接吻を交え、内腿をなぞって艶かしい手付きで蕾を愛撫し始めた。快楽に身悶え、唇から甘い嬌声が上がる度に男の呼吸も荒く乱れた。
 欲情が極限に達した男は、口元から一層低い呻き声を上げると、紫恋の身体を水中から抱き上げた。そのまま浴槽の縁に座らせ、脚を押し広げて露になった秘部に指を押し込む。指を激しく出し入れされ、蜜と水で濡れた秘部から卑猥な音と共に強烈な性感に襲われた。紫恋は苦悶の表情を浮かべて快楽に身を捩じらせた。
 悶えるほどに愛撫は激しさを増していき、嬌声が止まない。汗か水かわからない水滴が肌の上を流れ落ち、激しい愛撫に紅潮する身体に男の熱い視線が注がれる。

 「…紫恋…凄く綺麗だよ…ずっと見ていたいよ…」

 吐息混じりの声が囁いた。熱い眼差しを避けるように視線をずらすと、秘部を掻き乱す男の手が見え、すぐ隣には柔肌に押し付けられた反り返った一物が見えた。
 互いの身体は交合を望んでいるのは歴然だというのに──。苛立ちと交合を欲するあまり、紫恋はそれを手で掴み上げた。途端に男の口から低い吐息が漏れ、一瞬、秘部への愛撫が緩む。構わず肉塊を扱き上げ、先端を執拗に擦り付けると、それは手の中で波打ち、質量を増していった。
 思わぬ愛撫を受けた徐庶は行為に悶絶しつつ、再び秘部への愛撫を続行した。互いに性器を刺激し合っていたが、最初に根を上げたのは徐庶だった。

 「紫恋っ…これ以上は…やめてくれ…持たないよ…!」
 「だったら…早く入れて…」

 紫恋が愛撫を止めると、徐庶はすかさず熱く滾った己自身を口に宛がい、一気に奥へと挿入した。
 愛撫でいきり立った塊は肉壁を押し広げて突き進み、すぐに下から大きく突き上げた。動きに合わせて痛みと言いようのない性感が込み上げ、紫恋は一際淫らな声を上げて仰け反った。性欲に捉われた男の動きは次第に激しく小刻みになり、互いの口から喘ぎ声が漏れる。
 肌のぶつかる音と互いの声が反響してより妖艶なものとなり、水に濡れた肌の質感が酷く官能的で、普段の情交より濃密に感じられた。とうに限界に達していた熱い肉塊は、交合から間もなく胎内の奥深くへと熱い欲を注ぎ込んだ。
 一物がずるりと引き抜かれると、堰を切ったように体液が流れ出した。すると徐庶は紫恋を抱き寄せ、静かに浴槽に身体を沈めた。

 「すまない…せっかく洗ったのに、汚してしまったね…」

 そう言った徐庶の姿は、いつもの自信のない男の姿だった。首を振って否定したが、憂い顔はさらに言葉を続ける。

 「こんなつもりじゃなかったんだけど…閨以外で紫恋の裸を見ると…駄目なんだ。だから…あまり気が進まなかったんだよ。やっぱり混浴はやめた方が」
 「嫌です、私は一緒に入れて嬉しかったもの」

 相手の言葉を遮って紫恋は言い放った。徐庶の首に腕を回して身体にしがみ付き、甘えるように頬を寄せる。

 「また一緒に入りましょうよ。今度は元直様の背中を流させて下さいね。閨は閨で、またお相手しますから」
 「君も物好きだな。でも…俺も悪くなかったよ」

 徐庶は嬉しそうに微笑み、紫恋を優しく抱き締めた。その抱擁はいつも以上に温かく、恍惚感に満ちていた。
 これが本来の混浴のあり方ではないのかもしれない。ただ、『親密になる』という言葉に嘘はないと思った。少なくとも二人は、身も心もより深く繋がったのだから。



[*prev] [next#]
[back]