冬になると、敷地は白一色に染まる。だだっ広い庭は雪原と化し、朝は目が眩むほどの白さを放ち、夜には月明かりで青白く輝く。いつもの見慣れた景色とは別世界のようで、紫恋は冬に見る白い光景が好きだった。寒さも忘れ、景色に魅入る事もよくある。
見た目にも柔らかな雪面は、風が吹くと木目細やかな粉雪となって、さらさらと流れていく。こうして見ている分には美しいが、塊になると途端に酷い仕打ちをする厄介な物体に変わる。
白く、冷たく、美しい──。雪を見ると、決まって一人の男が脳裏を過ぎる。
肌は雪のように白く、言動や眼差しは氷のように冷たい。美しい外見にも関わらず、時折酷い仕打ちをするところもよく似ている。紫恋が雪景色を好くもう一つの理由は、愛しい者──賈充を連想するからだ。
景色に見惚れる紫恋の背後で、男の声が言った。
「寒いぞ、閉めろ」
現実に引き戻すような低く冷徹な声。振り向いた先にいたのは、真っ白な雪とは正反対の黒衣を纏った男、賈充だった。噂をすれば何とやらで、引戸の合間から険しい表情で紫恋を見つめている。
「すっかり積もりましたね」
「いいから閉めろ、俺は寒いのだ」
笑顔を見せる紫恋に賈充は再び素っ気ない言葉を浴びせ、鋭く睨み付けた。手早く雨戸を閉めると、男はさらに言葉を続けた。
「雪など珍しくもないだろう。今さら見惚れるものでもない」
「それはそうですけど、月夜の雪景色は綺麗ですよ」
「この雪の中を出掛ける俺の身にもなれ。そして使用人は雪掻きに追われる身だ。浮かれているのはお前だけだぞ」
賈充はそう言い捨てて、勢いよく戸を閉めた。思った通り、愛想も何もない男の態度は雪以上に冷たい。いつもなら共に景色を眺め共感するのだが、機嫌を損ねるのも無理はなかった。仕事を終えて、ようやく床に就いたところを真冬の冷気に起こされたのだから。
紫恋も小さく身震いをし、続いて寝室に入った。室内は火鉢の残り火で程よい温かさが残り、外気で少しばかり冷えた身体に心地良く染み入る。正面の寝台には賈充が横になり、背を向けていた。
背後に忍び寄り、横たわる男の顔を覗き込む。すでに目を瞑り、眠っているようだった。
暗闇でも映える白い肌は、先ほどの雪面以上に美しく、瞳に余韻を残す。雪肌とはこの事を言うのだと、この男を見る度に思う。美しいものには棘がある、という言葉も彼には相応しい。男だと言うのに、なぜこれほど白く美しいのかと嫉妬してしまうほどである。
目にも美しい肌を見ていると、ふと触れてみたい衝動に駆られる。後ろからそっと腕を伸ばし、静かに男の頬に手を添えた。雪に似た肌は温かく、消える事無く指先に心地良い感触を与え続ける。
この肌も雪景色のように、昼と夜では印象はがらりと変わる。昼は人目を惹き付け、夜は魔性とも呼べる艶容な姿となる。
肌を撫でつつ横顔から視線をずらしていくと、着崩れした襟から胸板が覗いていた。呼吸に合わせて大きく波打ち、妖艶な姿に自然と頬が熱くなる。一度触れてしまうと、この肌の魅力から逃れる術はない。
不意に男の目が開いた。怪訝な顔をしながら、色素の薄い瞳を紫恋に向ける。
「どうかしたのか?」
「公閭様は狡いお方ですね」
肌に手を添えたまま返すと、賈充は片眉を吊り上げた。
「何が狡い」
「肌が白くて綺麗だから」
すると賈充は「下らぬ」と鼻で笑った。
「何を言い出すのかと思えば…寒さで気でも違ったのか?」
「私は本心から言っているんです。時々、公閭様が羨ましくなります」
「ただ色が白いというだけだろう。男と女では肌の質が違う」
「いいえ、公閭様は特別です」
紫恋は男の胸元に頬を寄せた。黒い着物から覗く白い肌が目に眩しい。裾に手を滑らせ肌を撫でると、絹にも劣らぬ滑らかな感触が指に伝わって来た。温もりと心音が、雪や絹以上に心地良い。
「随分と積極的だな。お前らしくもない」
胸を伝って低い声が笑った。
「煽ったのは公閭様です。見せ付けられると触れたくなります。この肌で感じたい」
「くく、大胆な事を言う。煽った覚えはないが、お前をその気にさせたのなら付き合ってもいいぞ」
許可を得たと同時に、紫恋は白い胸元に口付けた。肌に残る香油が人肌で温められ、芳醇な香りとなって鼻腔を突いた。脳髄が痺れ、自我を奪うほどに妖しい香りだ。舐めるように胸から首筋までを唇でなぞり、着物の奥へと手を滑り込ませ、木目細かな肌の感触に浸った。
白い肌、流れる黒髪、静寂に響く低音。刺々しくも美しい形容をした男は、紫恋を官能へと引き摺り込む。
ふと賈充と目が合い、その薄く微笑んだ口元に自ら口付けた。紫恋の動きに合わせて相手も唇を巧みに動かし、ぎこちない口付けを濃厚な接吻へと導いていく。紫恋の腰元に男の手が這い、柔肌を強く掴んだ。前屈みになり、裾から覗いた膨らみにも手が及ぶ。
「このような柔肌でも、俺が羨ましいのか?」
着物を掻い潜って腿から尻を撫で回し、柔肌を弄ぶ。艶かしい動きに這わせていた手も思わず止まり、唇から吐息が零れた。また、紫恋が跨る男の身体にも異変が生じ、着物越しに突起物が腿に触れ、身体がそれを欲して熱くなる。紫恋の変調に気付いた賈充は含み笑いをした。
「もういいのか? 俺に触れたいのではなかったのか?」
挑発的な問い掛けに紫恋は必死に首を振った。
「いいえ、もっと…貴方を全身で感じたい」
眼前に横たわる形の良い身体に抱き付き、己の肌を押し付けた。固い筋肉質の肉体にふくよかな肌が重なり、汗でより密接に絡まる。全身を使った愛撫に男の呼吸も次第に荒くなっていく。
「お前の肌も良いぞ…この瞬間は特にな。俺を感じたいのなら、もっとやってみせろ」
含み笑いと共に、紫恋の肌に唇と舌が這った。肌を滑る熱い舌先に身を震わせ、応じるように紫恋はさらに身体を摺り寄せた。下腹部へと手を滑らせ、いきり立つ一物を内腿に挟んで愛撫する。熱い塊に舌を這わせ、唾液を絡ませると、冷静だった男も悩ましい声を漏らした。
唾液に濡れた塊を次第に秘部に向かわせ、自ら蕾に肉押し付けてそれを弄ぶ。漏れ出す蜜と唾液に濡れた肉塊が欲をそそった。
恥じらいはなかった。目の前に映る妖艶な姿に魅了されない方がどうかしているのだ――。
濃密な愛撫に身体は紅潮し、鼓動も胸が張り裂けんばかりに激しく高鳴る。欲望は限界に達し、愛撫に身を捩じらせながら男に懇願した。
「あぁっ…公閭様っ…もう駄目…! 早く…繋がりたい…」
「お前が望んだのだろう。自分で入れろ」
己自身も滾っているというのに、この状況においても男は冷徹な言葉を浴びせる。自分で入れた事など一度もない。しかし、限界を超えた身体は抵抗できず、腰を浮かせて秘部に一物の先端を宛がい、ゆっくりと中に押し込んだ。
自ら剛直な塊を導き、胎内を侵食させる──、さすがに淫らだと思いつつも、押し寄せる性感には勝てず、紫恋は夢中で身体を動かした。視線を落すと、美しく造形された肉体と、微笑を浮かべた男の顔が映った。その魅力に紫恋の意識は一瞬で奪われた。
*
「紫恋、今宵は随分淫らだったな。そんなに俺の肌は良いか?」
「はい、とても。雪のように美しくて、見ているだけで惹かれてしまいます」
視界に映る端整な顔立ちに向かって迷わず答えると、呆れたように鼻で笑った。
「俺には理解できぬな。お前の肌の方が断然良いだろう。その柔肌は癖になる…」
賈充は紫恋を抱き寄せ、唇で肌をなぞった。大きな手が愛しげに身体を撫でる。
人目を惹き、理性を奪う肌。抱き寄せられ、触れただけで身体が火照り出す。独占したいという黒い欲が湧き上がる。彼の場合、これも計算の内なのかと思えてしまう。無意識だとしても、あまりに狡猾だ。二度と抗えないのだから。
──本当に狡い肌。
了
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