煌びやかな装飾がされただだっ広い室内には、豪華な料理と多くの酒器が並んでいた。膳が並ぶ席に座るのは政治家や官僚など、国の重臣ばかりだ。
この宴席で紫恋は膳立てを任されていたが、その表情は不機嫌そのものだった。官僚が集まる宴は苦手だった。会話といえば政治的な気難しい話。相手のご機嫌取りばかりで、笑顔の裏には彼等の黒々とした野心が渦巻いている。
これを宴という言葉で表すのは凡そ相応しくない。本心から賑やかに飲み交わすのが宴であり、見ているだけで息が詰まる宴など宴とは呼べない。紫恋は重臣達が酒を飲み交わす姿を終始冷ややかな目で眺めていた。
休憩に入ると逃げるように宮中から外へ出た。冷たい夜風が吹き付けたが、長らく酒の匂いに撒かれた身体には心地良い。背後から絶えず聞こる賑やかな宴の声。談笑していても、紫恋にとっては退屈な宴だ。
「あぁ…帰りたい。早く終わってくれないかな」
開放感から、つい本音が声になって出た。できる事なら今すぐにでも宴を抜け出したいが、一介の女官がそんな事をすれば処罰ものだ。重臣の集まる宴となれば尚の事だ。
石段に腰掛けて両脚を投げ出し、長い溜め息をついた。その直後、背後から男の声が聞こえた。
「退屈そうだな」
どこか聞き覚えのある、低く通る声。まさかと思い振り返ると、杯を片手に賈充が立っていた。一体いつからこの場にいたのか──一瞬で血の気が引いた。
「賈充様…みっともない姿をお見せして申し訳ありません」
姿勢を正して一礼すると、賈充はにやりと笑った。
「構わぬ、堅苦しい文官共が相手では無理もない。つまらぬ宴だろう」
「いえ、決してそんな事は…」
「ほう、では楽しいのか? 妙だな、俺には『帰りたいから早く終われ』と言ったように聞こえたが、気のせいか」
皮肉たっぷりな指摘に紫恋は青ざめた。その場で硬直していると、賈充は独特な含み笑いを溢した。
「気を使わずともいい、つまらぬものはつまらぬ。だから俺もここにいるのだ。あんな連中と飲み交わすぐらいなら、一人で飲んだ方がいい」
意外な言葉に紫恋は思わず賈充の顔を見た。
彼も魏の重臣であり、有能な政治家の一人のはず。なのに同じ重臣達との宴をつまらないと溢すとは。酔っているのか、それとも彼の本心なのか、この男の表情から読み取る事はできない。
すると、賈充は杯を弄びながら紫恋の前に立った。
「ここで会ったのも何かの縁だろう。退屈している者同士、飲み交わさぬか。丁度一人で飲むのにも飽きて来た頃だ」
「え…でも大切な席なのでは?」
「互いに煽て合うだけの下らぬ席だ、何の価値もない。退席しても構わぬ」
突然の誘いに紫恋は困惑した。賈充に真正面から見据えられ、端整な顔立ちについ視線を伏せた。
「しかし…まだ仕事が残っていますし」
「帰りたいのではなかったのか?処分が気になるようなら、俺の名を出しておけばいい。それとも俺の相手をするのは不満か?」
「い、いえ、とんでもありません。とても光栄です」
「では、決まりだな」
そう言って賈充は口角を吊り上げ、笑った。
退屈な宴から抜け出せたのはいいが、複雑な気分だった。何しろ相手は若くして家督を継ぎ、その優れた才略で司馬氏の腹心にまでなった男である。そして手段を選ばない冷血漢。先の宴席にいた重臣達より接し方がわからない。
偶然あの場に顔を合わせたとはいえ、自分が相手で良いのか、という疑問が浮かぶ。賈充とはろくに会話を交わした事もないのだ。
向かった先は使われていない会議室だった。奥から椅子を二つ取り出し、宴席から持ち出した酒器を卓上に並べる。簡素だが、二人が晩酌するには十分な席が出来上がった。
── 何を話そう。
この男がどのような酒を好むのか想像も付かない。ただ、先の宴をつまらないと溢すのだから、窮屈な席は好まないはず。かといって、さすがに初対面で二人きりの席で無礼講でいく訳にはいかない。
あれこれと考えながら酒を注ぎ、様子を伺うように賈充に視線を向けた。杯が唇に触れると、なみなみと注がれた透明な液体が音も立てずに消えていく。かなりの勢いで酒を煽る姿に紫恋は目を丸くした。
呆然としていると、賈充が横目で睨んで来た。注げという意味だと察し、慌ててお酌をする。
「そういえば、まだお前の名を聞いていなかったな」
「申し遅れました、紫恋と言います」
「紫恋、堅苦しい言葉遣いはやめろ。それでは何のためにつまらぬ宴を抜け出したのかわからぬ」
飲めと言わんばかりに杯を押し付けられ、紫恋は戸惑いながらも杯を手に取った。口を付けずにいると、賈充の鋭い視線が突き刺さった。気圧されて酒を一気に飲み干すと、ようやく男は微笑んだ。
やはり酔っている──紫恋は確信した。しかし、普段は冷淡な男でもこうして愚痴を溢したり、酔って絡んだりするのだと思うと少し緊張が解れた。
「お前はいつもどうやって酒を飲んでいる。こうして粛々と飲むのが好みなのか?」
「いえ、賑やかに飲む方が好きです。窮屈な席は苦手ですから」
「ほう、ならば俺と気が合いそうだな。宴は無礼講でなければ楽しめぬ、そうだろう?」
賈充は頬杖を付き、熱っぽい視線で紫恋を眺めた。微笑を浮かべた顔に目を向ける事ができず、小さく頷いた。
「あの、賈充様は普段どのような宴をするのですか?」
「子上にはやりすぎだと言われる。が、生温いものは好かぬ」
「では、私がお付き合いしましょうか。私は女官ですから、賈充様のやり方に従います」
「俺のやり方か…構わぬが、後悔するなよ」
そう言って賈充は不敵な笑みを浮かべ、手元の酒を飲み干した。杯が置かれると、その手が紫恋の手首を掴んだ。黒い影が視界を覆い、唇に柔らかいものが触れる。一瞬の出来事に、何が起こったのか理解するのに時間が掛かった。
熱く滑った塊が唇を押し開けると、途端に液体が口内に流れ込んだ。酒精に噎せ返り、重なった唇の間から液体が零れ落ちる。唇が離れ、咳き込みながら見上げると、笑みの消えた賈充の顔があった。
「溢さずに飲め」
目が合うなり冷淡な声が降り掛かった。いきなり口移しをされて、飲めるはずがない──。だが、動揺してすぐに言葉が返せない。
狼狽する紫恋を尻目に、賈充は別の杯にあった酒を口に含むと、再び唇を近付けた。顔を背けたが、頬を掴まれて無理矢理口付けられた。酒を流し込まれる最中、賈充に冷たい眼差しで睨まれ、紫恋はそれを飲み干すしかなかった。唇を離すと賈充は満足気に笑った。
これがこの男の酒の飲み方なのか──。さすが手段を選ばない冷血漢と言われるだけあって、宴の趣向も普通ではない。
立て続けに酒を飲まされたせいか、意識が朦朧として来た。酒には強いはずなのに、酔いが回るのが早い。賈充が酒に何か入れる素振りは見ていない。口移しで飲むと酒精が増すのだろうか。
よろめいて机に手を付くと、酒器が倒れてしまった。膝上に酒が零れ、着物に染み込んでいく。
「何をやっている。酒がなくては宴にならぬ、もう少し丁重に扱え」
「ごめんなさ──」
言い掛けた直後、身体が宙に浮いた。卓上に押し倒されたと思うと着物を捲り上げられ、露になった脚に唇が這った。
「な、何をするんですか!」
「こんなところに酒を溢すお前が悪い。だが良い余興だ、お前も気が利くな」
「ちが…わざとやった訳じゃ…」
熱い舌が酒で濡れた太腿を舐め上げる。酒に代わり唾液が肌を濡らしていく感覚に、意識とは別に身体が濡れていく。その様を見て賈充は忍び笑いをした。
「くく…まだ俺を誘うつもりか?全く淫猥な奴だな」
声に我に返った紫恋は脚を閉じたが、強引に押し広げられ、秘部に指が押し込まれた。内部がじりじりと熱くなる。
「いやっ…私そんなつもりは…」
「俺のやり方に従うと言っただろう」
賈充は紫恋の着物を剥ぎ取り、酒器に残っていた酒を胸元に掛けた。柔肌に滴る液体を見せ付けるように舌先で舐め取る。その間も指で胎内を掻き回され、増していく性感に理性が崩れていく。賈充は嬌声が漏れる唇を塞ぎ、舌を絡めた。口元から秘部から体液が流れ出し、卑猥な水音が立った。
愛撫に悶える紫恋の姿に賈充も滾り出し、上着を脱ぎ捨てて上に圧し掛かり、さらに深く口付けると同時に胎内に一物を挿入した。剛直な塊は蕾を刺激しながら胎内を激しく動き回り、両手は乳房を強く掴み、手荒く愛撫する。激痛と性感が入り混じる愛撫に身体が波打ち、何度も意識が飛んだ。
まるでこの男自体が酒精の強い酒のようだ。触れる肌の質感、絡まる唾液、わずかに漏れる低い吐息、端整な容姿──。全てが紫恋を酔わせていく。
紫恋は次第に賈充という男に溺れていった。
*
「…賈充様は、いつも宴でこんな事をされているんですか? ご友人の前でも?」
卓上に横たわったまま尋ねると、賈充は鼻で笑った。
「阿呆、いくら何でも人前でこれほど淫らな行為をするはずがないだろう。余興で口移しをしたつもりが、つい理性を失った」
「でも、どうして私なんですか? 他にも女官はいたのに」
「誰でもいいという訳ではない、本心で付き合える相手でなければな。あの宴を退屈そうに眺めるお前となら、美味い酒が飲めると思ったのだ。案の定、良い宴になった。理性を失うほど酔ったのは久し振りだ」
艶美な微笑みに身体が熱くなった。酒よりも何十倍も中毒性のある男だ。未だに紫恋を酔わせようとする。
賈充は杯に酒を注ぎ、紫恋に勧めた。
「お前とは良い酒が飲める。また俺と付き合え」
「はい、私で良ければ喜んで」
貴方に酔えるのなら、何度でも──。
紫恋の瞳に映るのは手元の杯などではなく、一人の妖艶な男の姿だけだった。
了
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