『愛夫家の食事』

 時は夕刻。屋敷内に料理の良い香りが漂っていた。
 夕食の刻限はまだ先だというのに、厨には数種類の料理が用意され、綺麗に盛り付けされた皿が所狭しと並ぶ。その厨に立つのは侍女ではなく、紫恋ただ一人。早い内から厨に立ち、豪華な料理を並べているが、特別な客人が来る訳ではない。これを食するのは賈充一人である。
 食事の仕度は必ず紫恋がする。準備から片付けまで全て一人でこなし、侍女の手を借りる事はまずない。誰に言われる訳でもなく、自らそこまでする理由は、愛する人のため──ただそれだけだ。
 最後の料理を盛り付けた皿を置き、紫恋はふう、と小さく息をついた。調理台に並んだ料理を満足気に眺める。いつもより良い出来だと頷いたが、改めて見ると一人分とは思えない量だと気付き、頭を掻いた。

 「ちょっと多かったかな」

 賈充を想うあまり毎日手の込んだ料理を作るが、作りすぎてしまう事も多々ある。最近は特に多忙で疲れているだろうから、滋養を取るには丁度いいだろう──と、勝手な判断を下し、そのまま膳に料理を飾った。
 そうこうしている間に、玄関から主を出迎える声が聞こえた。紫恋は弾かれたように顔を上げ、どかどかと足音を立てて玄関に駆け付けた。

 「公閭様、お帰りなさい!」

 屋敷に響いた甲高い声に賈充は振り返り、眉を顰めた。

 「何だ、騒々しい」
 「丁度、夕食の仕度ができたところなんですよ」
 「俺は先に風呂に」

 言い掛けた賈充の腕を強引に引いて食卓に案内すると、紫恋は用意した膳を次々と運んだ。一人分の膳が卓上に三つ並んだ。

 「さぁ、どうぞ召し上がって下さい。今日の料理はすごく自信があるんです」

 満面の笑みで食事を勧めたが、賈充は並んだ料理に一度視線を落とし、じろりと横目で紫恋を見た。

 「これを俺一人で食えというのか?」

 当然の台詞が返って来た。

 「公閭様、ここ最近お疲れのようだし、元気になって欲しいと思って沢山作ったんですよ」

 笑顔で答えると、賈充は小さく溜め息を吐き、素っ気なく返した。

 「阿呆かお前は、作りすぎだ。俺を寝込ませるつもりか。残りの二つは使用人にでも差し入れておけ」

 二つの膳を手で除けたので、紫恋は思わず「えっ」と声を溢し、眉を下げた。その反応に賈充は再度溜め息をついた。

 「…一つはお前が食え。残りは夜食として置いておけ。風呂に入れば少しは腹も減るだろうからな」
 「はい! 頂きます」

 紫恋は途端に表情を変えて席に着き、膳を手に取った。無邪気な姿に賈充は三度目になる溜め息をつき、呆れ顔のまま料理を口に運んだ。

 「どうですか?」

 すかさず尋ねると、賈充はまだ口にしたばかりだろうが、とでも言いたげな顔で紫恋を見て、少し間を置いて一言答えた。

 「お前の料理はいつも美味い」

 褒め言葉に似合わない平淡な口振りだったが、わずかに微笑んで見せたので紫恋は頬を染めた。
 本音を言うと、この一言が聞きたいがために毎日料理をしていると言ってもいい。他の事では紫恋相手でも容赦なく叱責する彼も、料理だけは必ず褒めてくれる。たった一言でも、他のどんな褒め言葉よりも嬉しい。
 食事を済ませ、「風呂に入る」と言って賈充は席を立った。用意した料理が綺麗になくなっているのを見て、紫恋は笑みを溢した。

 *

 夜も更けた頃、紫恋が厨で食器の後片付けをしていると、背後で声がした。

 「まだこんな所にいたのか」

 振り返ると、勝手口に賈充が立っていた。風呂上がりのため、簡素な着物姿で髪もまだ濡れている。厨には顔を出さない男が風呂上がりに一人立っていたので、紫恋は驚いて手を止めた。

 「公閭様、どうかしましたか? お水ですか?」
 「いや、部屋にお前の姿がなかったのでな。何をしているかと思えば、片付けぐらい侍女にやらせればいいだろう」
 「後片付けも料理の内ですから」
 「…なるほど」

 と、賈充は呟き頷いた。そのまま立ち去るかと思えば、無言で紫恋を見つめた。黙り込まれると、料理が気に入らなかったのかと不安になる。

 「あ、あの…私に何か?」
 「あぁ…小腹が空いてな」

 賈充は厨に足を踏み入れ、紫恋の前に立った。ふわりと香油の良い香りが漂う。

 「それじゃあ、夜食にしますか? すぐ用意できますよ」
 「いや…俺が食いたいのは紫恋、お前だ」

 賈充は紫恋を抱き寄せるとにやりと笑い、紫恋の唇を舌で舐めた。舌を深く押し込んで絡ませ、歯をなぞり、わざと音を立てるように唇を動かす。
 突然交わされた濃厚な接吻に紫恋は困惑し、身体を押し退けた。乱れた呼吸を整えて、自分に欲情する男に尋ねる。

 「公閭様…急にどうしたんですか?」
 「無性に紫恋を抱きたくなってな。お前の料理のせいかもしれぬな」
 「私、変な物を入れた覚えはありませんけど」
 「くく、わかっている。ただ、美味いのも考えものだな。お前が俺を誘っているように見える…『自分も食べて欲しい』とな」

 不敵な笑みを浮かべ、ねっとりとした声で耳元で囁いた。その間に抱き寄せていた手が下半身に向かい、膨らみを愛でる。

 「ちょっと公閭様…部屋まで待って下さい」
 「待てぬ。部屋にいないお前が悪い」

 溝に沿って指が下へと滑り込み、着物の上から秘部を押された。身体がびくりと反応すると、忍び笑いが漏れた。さらに何度も指で押し付け、指先で擦る。紫恋は身体を震わせ、堪らず賈充の着物にしがみ付いた。

 「この程度で感じるとはな。本番はまだこれからだというのに」

 賈充は紫恋を調理台の上にうつ伏せにさせ、着物を捲り上げて露になった秘部に指を入れた。次々と指を押し込んで内部を掻き混ぜられ、快楽に身体が波打った。抑え切れず、喉の奥から声が漏れる。

 「あぁっ…!いやっ…やめて…」
 「今さら何を言う。ここまで来てやめるのか?」
 「ん…だって私、まだお風呂入ってないし…汚い…から…」
 「ここから見える光景は綺麗だが」

 手の動きが次第に激しくなり、もう理性を保ち切れない。いやらしい水音が響き、溢れ出した蜜が脚を伝って流れていく。濡れる身体を眺めて賈充はほくそ笑んだ。

 「身体は正直だな。やはり俺を誘っていたのだろう?」

 流れる蜜を一物でなぞり、胎内に押し込んだ。貫かれた衝撃に紫恋は身体を大きく仰け反らせ、短い悲鳴を上げた。
 胎内で熱い塊が激しく動き回る度に、気が狂いそうになる。それなのに、身体はそれを離すまいと必死に掴み、さらに奥へと引き込もうとする。締め付ける力に、冷静だった賈充の口からも低い喘ぎ声が漏れる。
 その声が紫恋をさらに狂わせた。呼吸が荒くなり、声もろくに出ない。視界が滲む。賈充の姿が見えない事が怖くて堪らない。辛うじて視界に入った男の手を紫恋は必死に握り締めた。
 頭の芯が熱くなり、意識が遠退いた。何かが決壊した。声を発し、二人は同時に達した。
 紫恋の背中に大きな影が圧し掛かり、耳元で荒い息遣いが聞こえた。

 「紫恋、大丈夫か」

 身体を抱き起こされて、ようやく賈充の顔が見えた。その途端、安堵から紫恋は涙を流した。

 「酷いです…公閭様。私、こんなつもりじゃ…」

 涙に声を震わせると、賈充は後ろから優しく抱き締め、頭を撫でた。

 「すまぬ、俺とした事が取り乱した。お前を泣かせるつもりはなかったのだが…」

 沈んだ声に顔を上げると、賈充が憂い顔で俯いていた。その表情に紫恋は戸惑い、慌てて首を振った。

 「も、もういいですよ、少し怖かっただけだから。それに公閭様が満足できたなら、私はそれでいいんです」

 紫恋は涙を拭って微笑み、賈充の方に向き直った。

 「公閭様、明日は何が食べたいですか?また沢山作りますから」
 「…全く、罪な女だ」

 紫恋も聞き取れないほど小さい声で呟くと、賈充はくつくつと笑いながら答えた。

 「紫恋…お前がいい」



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