『李典の場合』

 李典と付き合い始めた記念に内緒で贈物を用意したのだが、会う直前まで紫恋は悩んでいた。何といっても李典は勘の鋭い人だから、きっと贈物の事も予感してしまうに違いない。さらに中身まで「予感的中」されてはさすがに傷付く。もちろん、そんな無神経な事を言う人ではないが。

 ──李典様も予感できない事って、何かないかな。

 そんな事を考えている間に、軽快な声が紫恋の名を呼んだ。

 「おーい、紫恋。こっちこっち」

 振り返ると、李典が少し離れた所で笑顔で手を振っていた。紫恋が駆け寄ると、李典はさらに溢れんばかりの笑みを見せた。

 「李典様、何か嬉しい事でもあったんですか?」
 「そりゃあ、今日は紫恋と会う日だからな。それに今朝からいい予感がしてるんだよなー、俺」

 すでに感付いている李典の素振りに、紫恋はやむなく袖に隠し持っていた包みを差し出した。

 「はい、これ。初めてのお付き合い記念です」
 「紫恋が俺に? やったぜ、早速予感的中だ」

 ──言うと思った。

 どこまで予感していたかわからないが、結局当てられてしまう。本気で李典を驚喜させる事ができないのが少し悔しい。紫恋は小さく溜め息をついたが、嬉しそうに包みを開ける李典を見ていると、これでもいいかと思えて来る。

 「これ、今度戦場で付けて行こうかなー、俺。紫恋が守ってくれそうだしな」

 貰った襟巻を首に巻いてはしゃぐ李典に、紫恋は微笑み返した。

 「李典様、今日贈物があるって予感してたでしょう」
 「え?いやまぁ…でも何となくだぜ。今日は紫恋の前で少し舞い上がってるから、いつもよりちょっと鈍ってるかなー」

 どうやら図星だったらしく、李典は目を泳がせて弁解した。

 「へぇ、李典様にもそんな事があるんですね。それじゃあ、これから何があるか予感できます?」

 紫恋が意地悪く言うと、李典は少し困ったような顔をして癖のある髪を掻いた。

 「そうだな、凄くいい予感はするんだけど…何かとんでもない事が起こりそうな気が」
 「時間切れです」

 そう言って相手の言葉を遮ると、紫恋は李典の肩に頭を凭れ掛けた。驚く李典をよそに、紫恋はさらに襟巻の端を首に巻いて顔を近付けた。

 「具体的に答えられなかったから予感は外れです」

 すぐ真横で李典が驚愕としている様子を見て、紫恋は満足気に笑った。すると李典は頬を染めてはにかんだ。

 「そりゃないぜー、紫恋。でも…俺の予感は的中したぜ。とんでもなく嬉しい事が起こったからな。最高に幸せだぜ、今の俺」

 襟巻に顔を埋めたまま、李典は紫恋の額に頬を寄せた。肌に癖のある髪が触れ、心地良い温もりが触れ、紫恋は嬉々として微笑んだ。

李典の場合──了

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