ウェスカーと一夜を共にしてからというものの、リナは一段と研究に打ち込むようになっていた。常々付き纏っていた気の迷いも葛藤も弱さも綺麗になくなり、悪い憑き物が完全に取り払われたような気分だった。
告白から始まったウェスカーとの関係が主従関係を保ったままの男女関係≠ニいう特異なものであっても、これまで以上に心強い支えとなり、また意欲を燃やす活力にもなって、リナにより良い効果を齎す結果となった。それは同じ目的を持つパートナーと特別な関係を築いたからこそ得られる幸福感であって、特例と言われていたバーキン夫婦の関係をようやく理解出来た気がした。
ただ、その一方で問題もあった。肌を交わした事で膨らんだ恋情が度々心身の制御を奪うのである。電話で声を聞くだけで胸の奥が熱くなり、鼓動や体温が闇雲に上昇するのは当たり前。最も厄介だったのは、当時味わった恍惚感が鮮明に蘇って来る事だった。何せ男女関係を持ったのは10余年振りで、また久し振りにも関わらず濃厚な内容だった事もあって、身体や脳裏に染み付いた痕跡は一向に消えてくれなかった。しかし、そんな妖艶な記憶でも思い返す度に喜びを感じて、リナはウェスカーに一段と強く惹かれていた。
そのウェスカーはと言うと、そんなリナを尻目にすっかり冷徹な上司の顔に戻っていた。電話でも仕事の話がほとんどで、リナの呼び方も『君』に固定され、肉体関係があった事さえ感じさせない。この状態で、いつどこで再び男女関係に成り得るのか、本当に関係が続くのかと疑問に感じるほどだった。おかげで仕事以外では許された『アルバート』の名もまだ呼んだ事がない。だからといって、リナから誘い話を持ち出す勇気はなく、そんな雰囲気でもなかった。
そうしている間に、何も進展がないまま2ヶ月が経とうとしていた。
この日、リナは仕事を一段落させて夜遅くに宿舎に戻ると、日課であるパソコンのメールボックスを確認した。ほとんどは同僚や上層部からの連絡事項だったが、その中に送信元『情報部・A・ウェスカー』というメールを見つけた。
──今度こそ仕事以外の用件でありますように。
リナは期待してメールを開いたが、『必要な研究データを入手。本日中に連絡せよ』という実にあっさりした内容で、がくりと肩を落とした。しかし、『本日中に連絡せよ』という事は『電話しても良い』という意味で、わずかな可能性を期待しながらウェスカーの自宅に電話を入れた。
深夜にも関わらず3回目のコールで電話が繋がると、途端に「何だ」と抑揚のない低音が言った。いかにも不機嫌そうで、くぐもった声だったので、寝ていた姿を想像して頬を綻ばせた。
「夜分遅くにすみません。メールを見たものですから電話させて貰いました」
「…メールでは『本日中』と伝えたはずだが、もう日付が変わっているぞ」
「申し訳ありません、今の上司は人使いが荒いもので」
ウェスカーの厭味に対してリナが皮肉混じりに答えると、受話器から失笑が聞えた。
「相変わらずだな。まぁ、バーキンが簡単に改めるとは思っていないが、夜中に助手に叩き起こされる俺の立場も考えて貰いたいものだ」
「お邪魔したのなら、また後日掛け直しましょうか?」
「構わん、俺が連絡するように言ったのだ。どうせ次も夜中になるだろうしな」
そう言うと、物音がした後に沈黙したので、データを取りに電話を離れたのだと推測した。待ち時間が来ると、リナは一人静かに笑った。
──『俺』って言ったわね。
仕事の電話では『私』としか言わないウェスカーからそれを聞いたのは実に1ヶ月振りだった。彼自身がプライベートに入っているためなのか、それとも今は男女関係として見ているのか──どちらにしろ期待出来る展開だ。呼び方一つ変わっただけでも断然距離が縮まるし、『俺』の方が異性の魅力をより強く感じる。
しばらくして、受話器越しに衣擦れの音が聞えて静寂が解けた。
「今回入手したデータだが、各研究所で企画されているB.O.W.データだ。まだ試案の段階という事もあって詳細は上層部にしか届いていないが、内容はどれも興味深い。これをどう利用するかは、お前次第だ」
要するに今回入手した研究データも、例によって職権濫用で入手したものだという事だ。ウェスカーには罪悪感など皆無かもしれないが、上層部しか知り得ない極秘データを受け取る側は気が気ではない。ただ、これもリナが研究員の地位と才能を向上させるためのウェスカーの厚意なので、素直に喜んだ。
「今後、新たな企画を練るのに利用出来そうですね。ありがたく頂きます」
「お前もアンブレラ研究員として板に付いて来たな。今後も期待させて貰うぞ、リナ」
満足気な含み笑いに耳を擽られて、リナは人知れず顔面を紅潮させた。ウェスカーの低音は真夜中に聞くには少々刺激が強い。咄嗟に返した「はい」という返事も上擦って、ウェスカーに鼻で笑われた。
「じゃあ、私の端末にデータを転送して下さい。翌日には目を通しておきます」
「転送するのは簡単だが、それでは俺の苦労が報われん。直接取り引きした方が共謀者らしい方法だと思わないか?」
「取り引きですか? 共謀者らしく?」
「そうだ。あれから2ヶ月経っている事だ、お互いに積もる話もあるだろう? 久し振りに情報を交換し合うのも悪くないと思うが…どうだ?」
低音に混じった妖艶な気配に、ウェスカーの意味深な言葉の真意を悟ったリナは、忽ち急激な発熱に襲われた。『取り引き』とか『共謀者』とか『情報交換』とか、表向きは同志の会話を装っているが、その真意は夜の誘い≠セ。
──普通に誘えばいいのに。
酷く婉曲な言い回しで誘い話を持ち出して来るとは狡猾な手法だと思ったが、リナの動揺が性悪な男にスイッチを入れてしまったのだろう。しかし、どんな方法だろうと待ち望んだ展開には違いなかった。しかも求めて来たのはウェスカーの方から──鼓動が高鳴っていく中、嘲笑混じりの声が容赦なく問い詰める。
「返事がないのだが、俺の相手をするのは嫌か? 2ヶ月で気が変わったか」
「いいえ、そんな事はありません。誘って貰えるとは思わなかったから…その…嬉しいです」
「素直だな。では、休暇が決まり次第連絡しろ。次はメールでいい、また叩き起こされるのは御免だ」
ウェスカーは最後にお約束の厭味を残して電話を切った。ぶつりと音を立てる素っ気ない電話の切り方も、今回は妙に愛らしく思えた。
「やった…また会える…!」
リナはベッドに飛び込むと、しばらくの間喜びを噛み締めた。
*
帰省休暇を貰ったのは、それから2週間後の事だった。休暇が決まるなり、早速言われた通りメールで報告を入れると、ウェスカーから『当日、午後10時以降にマンションに来い』と返信が届いた。約2ヶ月半振りのウェスカーとの再会。それが正式に確定した事実を目の当たりにすると、益々落ち着きをなくした。
そして当日、自宅に帰省したリナは、約束の時間までにブティックでスカートを新調して、美容室で少しばかり髪と爪と化粧を整えた。完成した姿は少し小綺麗になった程度だったが、気合を入れ過ぎるのも下心が透けて見える。そもそもウェスカーの好みなど見当も付かないし、大した洋服も知識も持っていないため、必然的にそうならざるを得なかった。
しかしながら、約束の『午後10時』までの待ち時間は長過ぎた。期待で高揚していた身体も、時間が経つにつれて緊張で硬直していき、タクシーでウェスカーの自宅マンションに向かって、預かった鍵ナンバーを頼りに部屋の前に辿り着いた頃には、先日と全く同じ状態に陥っていた。2ヶ月半振りの再会が情交前提となると、不慣れな心情はどうしても羞恥に駆られる。
──いつも通りにしていれば大丈夫よ。
恐る恐るインターホンを押すと、少し間を置いてからドアが開いた。暗がりから覗いた険しくも端整な顔は、リナを捉えるなり妖しく微笑んで見せた。
「リナ、よく来たな。入るといい」
ウェスカーは自らドアを支えて中に入るよう顎で指示をしたので、「お邪魔します」と軽く会釈しながら、その脇を通って玄関に上がった。途端に大きな音を立ててドアが閉まり、すかさず鍵が掛けられる。ごく当たり前の防犯対策なのに、なぜか逃げ場を失った気分だった。
無言のウェスカーの背中を追って廊下を進むと、相変わらず殺風景なリビングが視界に広がった。整理整頓の行き届いた中、テーブルとソファだけは生活感が残っていて、ノートパソコンとファイルが散乱し、上着が脱ぎ捨てられている。
「散かっていて悪いが、適当に座れ」
一言断った割には、特に片付ける様子もなくソファに腰掛けた。仕事から帰って間もないのか、サングラスを掛けていないだけで服装は黒いワイシャツ姿のまま。素顔を隠しているのが当たり前だった男が、今や素顔を晒しているのが当たり前になってしまったから、妙な感覚だった。
遠慮がちにウェスカーの隣に座ると、早速CD-ROMを差し出された。
「B.O.W.データの他に各研究所の研究員リストも入っている。開発者の情報も把握しておけ」
「…いつも思うのですけど、ウェスカー主任はこういう極秘データをどうやって入手するのですか?」
「俺はこれでも幹部の人間だぞ。スペンサーからの信頼も厚い。それを利用すればどうにでもなる」
『利用出来るものは何でも利用する』──それがウェスカーの信条である事は昔から知っていたが、有言実行で平然とやって退けるから、下手をすればスペンサー卿よりも恐ろしい男かもしれない。それでも野心を剥き出しにほくそ笑む様に益々魅力を感じてしまうのは、リナが虜になっている故だろう。今もいつ訪れるかわからないその時≠警戒して身体が落ち着かない。
しかし、ウェスカーの様子は変わらず、テーブルの書類に目を通していた。自ら誘っておいて、気がないような顔をする。情交でも焦らす癖があるから、この態度もその内の一つに見えて来る。
「ところで、久し振りの休暇は楽しめたのか?」
「えぇ、それなりに楽しめました」
とは答えたが、休暇のほとんどを仕度に費やしているから、実際に楽しんでいるのは今現在になる。ウェスカーはその曖昧な回答を鼻で笑った。
「『それなりに』か、あまり良い返事ではないな。前々から気分転換は必要だと言っていたはずだが」
「気分転換にはなりましたよ。少なくとも地下に篭っているよりは気分が良いですもの」
「なるほど…確かに仕事中に比べれば調子は良さそうだな」
そう言って、ウェスカーは書類からリナに視線を移すと、顔から身体までを一望した。ウェスカーが何を感付いているのか、薄ら笑いと注がれる視線を辿れば凡そ察しが付く。この鋭い洞察眼が、女性の化粧や服装の変化を見抜かないはずがない。簡単に見抜かれた気恥ずかしさに赤面すると、その反応を見たウェスカーは鼻で笑った。
──絶対に遊んでいるわね。
男の悪癖に苛立ったものの、見つめて来る秀麗な顔立ちについ見惚れてしまう。外見に意見する様子もなく、どこか楽しげに見えたので、ウェスカーが満足しているものと判断して少し嬉しく思った。
「部署を離れた俺が何を言っても無意味だ。可哀相だが、後はお前が休暇を効率良く使うしか方法はないな」
「1日で効率良くと言われても…」
「今さら考える必要もあるまい。今の俺との関係を上手く利用すればいい。そのための男女関係だろう?」
すると、ウェスカーがおもむろに手を翳したので、リナは咄嗟に顔を逸らした。妖しい声色に怖気付いたのと、顎を掴まれる気配がしたからだ。
「り、利用だなんて、私はウェスカー主任みたいな真似は出来ません」
「では、お前の思うまま素直に求めて来てはどうだ? 俺は構わんぞ、そのつもりで許可したのだからな」
低音が囁いたと思うと、指が首筋を滑っていき、ぞくりとした感触に反射的に振り向いてしまった。ウェスカーは未だ薄笑いを浮かべたまま悠然と座っていたが、その腕はリナの首筋に伸びていた。妖しげな手付きで肌をなぞり、理性を乱すよう仕向けて来る。そんな質の悪い手法にも、リナの肌は正直に反応して鮮やかに色付いていった。
ウェスカーはその変調を見逃さず、一段と口角を吊り上げると一気に距離を縮めた。
「相変わらず素直だな、リナ…良い反応だ」
間近に迫った男は、眼前で妖艶な低音を囁き掛けて、閉口するリナの唇に己の唇を重ねた。優しく艶かしい動きで唇を弄ばれ、妖艶な感触に見る見る内に惹き込まれていく。
久しく触れた男の体温は、研究で疲労した身体に強い安堵感を齎して、リナはウェスカーの胸元に手を添えて愛撫に身を委ねた──が、その直後に唇が離れてしまった。
戸惑いの眼差しを送ると、意地の悪い笑みを問い掛けが返って来た。
「その気になって来たな。これからどうして欲しい?」
「…ベッドに連れて行って下さい」
「いいだろう。その代わり、もう一度言い直せ。俺を『アルバート』と呼びたいと言ったのはお前だろう」
この状況でも問い詰めて来るこの男は悪魔だと思った。明確で正しい答えを聞かない限り、満足もしなければ行動にも移さない。しかし、不満よりも欲情の方が遥かに上回っていたリナは、男の要望にあっさり応えた。
「私を…ベッドで抱いて…アルバート…」
「それでいい、思う存分抱いてやろう」
回答に満足したウェスカーは、リナの身体を軽々と抱き抱えて寝室に入った。入るなりリナをベッドに放り投げて、すかさず上に覆い被さると再び唇を塞いだ。
先ほどの優しい口付けとは異なり、強引に舌を捩じ込んで口内全てを攻め立てる濃厚なキス。その間にも、抱き寄せる手は乱れたブラウスの裾から滑り込んで、柔肌を愛でながら器用に着衣を剥いでいく。白い乳房が晒されると、ふくよかな膨らみの感触を味わうように愛撫され、さらに先端を指の腹で転がされると、交わす唇の合間から甘い吐息が漏れた。
欲を誘う愛撫は留まる事を知らず、リナの脚を撫で上げて内腿へと滑り込むと、下着越しに秘部に触れた。指先が布地の上から溝をなぞっていくと、痺れるような感覚が走った。
「ん…んっ…!」
震える肌に気を良くしたのか、愛撫の手は下着の上から全体を撫でながら蕾を擦り上げる。込み上げる性感にリナは瞬く間に理性を喪失させて、ウェスカーの下で身体を波打たせた。
「この程度で感じるとはな。そんなに待ち遠しかったのか?」
ウェスカーは妖しい低音を放つと、下着の中に手を押し込んで直に愛撫を施し始めた。
蜜を纏わせた指で蕾と全体を解していき、膣口に押し込むとゆっくり内部を捏ね回す。一度の情交でリナの性感帯を把握したらしく、武骨な指は的確に敏感な箇所を刺激して来る。性感帯を擦り付けられる度にリナは身を捩じらせた。
「やっ…んっ…だめっ…!」
「そそられる絵だな…もっと見せてみろ」
感銘にも似た吐息混じりの声が囁き、四肢の中で快感に善がるリナの身体に視線が注がれる。逃げ場のない体勢で容赦なく浴びせられる男の声と視線、そして愛撫に震え濡れていく己の淫らな様に、リナは堪え難い羞恥に駆られた。なのに、欲に塗れた身体はそれさえも愉悦と感じ取って敏感に反応する。一度味わうと抜け出せない快楽──ウェスカーの愛撫は魔性の媚薬のようで、経験の浅い女が抗えるものではなかった。
性感に悶える様を悠然と眺めながら、ウェスカーも自身の着衣に手を掛けて、ようやく肉体を曝け出した。改めて見ても彫刻のように美しく、非の打ち所のない完璧な形を成した筋肉は無性にリナの欲を掻き立てる。
こちらが求めるより先に、その屈強な肉体は自ら柔肌の上に覆い被ると、四肢を絡めて来た。逞しい肌が触れる感触は淫靡なもので、熱く滾った一物が太腿に触れると狂おしいほどの欲情が湧き上がった。自分だけでなく、相手も欲している──そう思うとリナは無意識に願望を口にしていた。
「あっ…アルバート…お願い…入れて…っ」
自らウェスカーの首に腕を回して、脚を妖艶な肉体に絡ませる。交合で得られる快感の誘惑に負けて、恥らいなど何もなかった。理性を崩壊させたリナの行動にウェスカーは失笑を漏らした。
「ほう、今夜は積極的だな。まぁ、そういうお前も良い」
すると、ウェスカーは絡ませた両脚を押し上げて、求めるように疼く朱色の口に躊躇いなく己自身を差し込んだ。苦痛を伴った挿入時の衝撃も快感に変わっていて、熱い肉塊が胎内を侵食していく淫靡な感覚は一瞬でリナを狂わせた。
「あぁっ…あぁっ…んっ!」
動きに合わせて淫らな嬌声が漏れ、背中が大きく反り返る。それでも欲情で硬化した肉塊は巧みな動きで胎内を犯し始めると、嬌声も深い吐息に変わって忽ち行為に没頭していった。
リナの身体は交合を待ち侘びていたとばかりに、乱暴に攻め立てる肉塊を引き込んで、より快感を得ようと自ら腰を動かして行為を煽る。この応酬にはウェスカーも悩ましい唸り声を漏らして表情を歪めた。
「はっ…いいぞ、リナ…その調子だ」
リナの淫猥な行為に触発されて、ウェスカーは一段と交合を激化させた。片脚を挟んで身体を交差させると、より深く身体を繋げて腰を突き上げて来た。角度が変わった事で肉壁を乱雑に掻き回されて、リナは痛みと性感から甲高い悲鳴を上げて仰け反った。
「いやっ…痛いっ…やめて!」
そう言った唇は、すぐさまウェスカーに塞がれた。さらにベッドに押し付けるように抱き寄せると、全身でリナの行動全てを封じた。より密着した肌は動く度に柔肌を愛撫し、卑猥な音を立てながら胎内が犯される。五感全てを攻められて、行動を制御されて逃げ場を失った性感は容赦なくリナに襲い掛かった。自分自身の喘ぎ声にもそそられて、追い詰められた身体は間もなく極限を迎えて激しく痙攣した。
悶絶するリナを見下ろす男は、昂ぶった欲情で憤りすら感じる鋭い眼光を向けていた。自分の淫らな行為が男の悪癖に火を付けたのだと直感したが、快感を与え続ける交合に魅了されて抵抗する気にもならなかった。
しかし、ウェスカーはこれでは飽き足らないとばかりに、リナの身体を横に倒して腰を抱え上げると、さらに後方から攻め立てた。胎内の奥底まで入り込んだ肉塊は執拗に性感帯を突き上げて、下腹部に滑らせた手で蕾を弄び、乳房を強く掴み上げる。外部と内部から攻められ、絶え間なく襲い来る性感に声を出す余裕も失った。
「どうした、リナ…俺を誘わないのか?」
耳に押し付けられた唇が挑発的な言葉を囁き掛ける。その声も悩ましい吐息を含んでいて、返ってリナを求めているように聞えた。その証拠に、問いを機に交合は一段と勢い付いて、荒い息遣いで肌を交わして来る。ウェスカーから冷静さを奪った事に満足すると、思考も意識も色欲に呑まれていった。
散々弄り回した身体が絶頂に達するのに時間は掛からなかった。男の剛直な一物は一頻りリナを犯すと、ずるりと引き抜いて白濁とした欲を吐き出した。ウェスカーはリナの上に凭れ掛かったまま、耳元で不敵な含み笑いを溢した。
「リナ…お前は必ず俺を満足させるな。お前も良い気晴らしになっただろう?」
誘うような手付きで柔肌を愛撫して来たが、幾度となく絶頂を迎えたリナの身体は麻痺して何の反応も出来なかった。
執拗に捏ね繰り回す過激な情交は、『気晴らし』と呼ぶには相応しくない。堅強な肉体の男には満足な結果でも、研究所に閉じ篭っている華奢な女には拷問だった。性交を終えた身体は肺も喉も乾上がって、錆び付いた機械のようで動く事も儘ならない。
──このサディスト。
未だ朦朧とする意識の中で、不意にそんな台詞が過ぎった。しかし、これも性根が冷徹な男である事を忘れて、下手に求めてしまった自分が招いた結果だから文句も言えない。
それに、濃密な情交に抵抗もせず溺れたのは事実だし、以前より増して恍惚感を得られた事に満足しているから『良い』という面では否定しなかった。だからと言って、嬲り付けても良いという訳ではないのだけれど。
「もう…少しは…加減して下さいよ…。私はそんなに丈夫じゃないんだから…」
「お前の求愛行為に応じたまでだ。『素直に求めろ』とは言ったが、素直過ぎるのも問題かもしれんな」
鼻で笑われて、リナは自分が取った一連の言動を悔いた。待ち侘びていたとはいえ、ウェスカーの指示に無意識の内に応じてしまうとは──身も心もこの男に屈従していると思うと恥ずかしい。だからウェスカーは、リナを女として『柔順』と言い、部下としても『従順』だと評価したのかもしれない。これでは念願の恋人関係が成就しても、主従関係は抜け切れない気がした。
「たまにはこうした大人の遊び≠煦ォくないだろう。何なら次の休暇も付き合ってやっても構わんぞ」
「…いいんですか?」
「元々そういう関係≠ナ承諾したはずだ、今さら遠慮してどうする。ただし、俺は加減するつもりはないがね。お前の反応を見るのは楽しいからな」
それを聞いたリナの脳裏に再び『サディスト』の一文字が浮かんだが、相変わらず婉曲な誘い文句が微笑ましくて迷わず頷いた。ウェスカー自身もリナを求めているのは情交で十分認識しているし、好きな相手から求められて、これ以上嬉しいものは他にない。
「じゃあ、次の休暇が決まったら連絡します」
「いいだろう、お前も物好きだな」
再び鼻で笑うと、ウェスカーは身体を起こしてベッドを離れてしまったが、「今夜は泊まっていけ」と一言残して寝室を出て行った。
──また少し、進展したみたい。
そう思うと倦怠感も忘れて、リナは喜々としてシーツに包まって、遠慮なく泊まる姿勢に入った。
が──その翌日。リナは全身筋肉痛と疲労感に見舞われた。3日間苦痛に耐えながら勤務に就く事になり、情交でウェスカーを本気にさせるのは危険だという事を身をもって知った。
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