『ギャング』と聞くと、黒スーツに身を固めた強面の中年男とか、面の割れた大男とか、キレたチンピラとかを想像するけれど、オリガが出会ったギャングの男達はそれ≠ニは全く違っていた。
言動こそ粗暴だったものの、外見はいかにも『イタリア男』といった具合の、モデル顔負けの洒落た若い男ばかりだった。事前に目立つ事を嫌う組織≠ニ聞いていたので、ギャングらしさが出ないようにしているのかもしれないけれど、個性が強過ぎて却って目立つ気がする。
しかし、世間一般のギャングとは異なる顔触れは、良い意味でオリガの期待を裏切ってくれた。酷く素っ気ない態度だったけれど、血も涙もない極悪非道な連中という訳ではなかったし、リゾットの他にプロシュートという男もオリガに理解を示してくれたので、それだけでも大分気が楽になった。
ただ問題があるとすれば、少女という立場でいかに彼等の信頼を得るか。そして、彼等を前にした時の緊張感にどう対処するかだった。あいにく男性に免疫がある方ではなく、相手が年上となると尚更接し方がわからない。
──とにかく勉強しなくちゃ。
オリガは早朝からパソコンと睨み合って、組織の資料を頭に叩き込んだ。
それは『無知では仲間に受け入れられるどころか自分の身も守れない』という理由で、後日リゾットから貰ったデータだ。そこには『目立つ事を嫌う』の他に、『ボスの素性を探ってはならない』という絶対的な掟があるだけで、組織に奉仕すれば性別年齢問わず昇進出来るし、副業まで許されていた。
「ギャングの世界って思っていたほど厳しくないのね」
重要な掟以外はさらりと読み流して、次にオリガはリゾットから聞いた話を元に、自分なりに『スタンド』についての資料を作った。
纏めてみると、スタンドには『スタンドが傷付くと本体も傷付く』とか『スタンドに攻撃出来るのはスタンドだけ』という一定の法則があり、また、人それぞれ能力と形容が異なり、能力によってタイプが分類されている事もわかった。オリガのスタンドを『近距離タイプ』と言い、ポルポのスタンドを『遠距離自動操作タイプ』と言っていたのは、おそらく『スタンドの行動範囲』の事だろう。
だが、つい最近スタンドの存在を知ったオリガには、この程度の分析で精一杯だった。ポルポとの実戦も、ほとんど意味がわからない内に終わっていたのだから、戦闘経験の内に入らない。
「チームの誰かに教えて貰うしかないか…」
誰か≠ニ言って真っ先に思い浮かんだのはリゾットだったけれど、オリガの世話役を引き受けたのはプロシュートなので、彼に聞くのが無難だろう。しかし、正直なところ暗殺チームの中で一番苦手なタイプだった。
世話役を引き受けてくれた事や、『堂々としろ』と指摘してくれた事には感謝している。根っからの悪人ではない事も理解している。だが、プロシュートを前にした時の緊張感は、他のメンバーの比ではなかった。
整った容姿も理由にあるけれど、緊張の一番の原因は、彼が暗殺チームの中で最もギャングらしい男≠セったからだ。きっちりと整えられた黒スーツ姿という外見も然る事ながら、冷淡で重圧感のある声色と煽るような視線、そして『覚悟のない弱者は認めない』という絶対的思想──全てにおいてギャング特有の厳酷さが滲み出ている。
リゾットは『面倒見が良い』と言っていたけれど、気安く声を掛けられるほど親しみ易い雰囲気の男ではなかった。試験に受かった後も、いまいちギャングになった実感がなかったけれど、この男の登場で自分がギャングである事をまざまざと思い知らされた。リゾットが『親しみ易いか』と言われるとそうでもないけれど、これまでの恩義もあるし、寡黙な分、最後まで話を聞いてくれるので良かった。
「何でリーダーが教えてくれないのかしら…」
不満を溢した矢先、卓上にあった携帯電話が鳴った。その携帯電話は組織に入団した際に貰ったもので、暗殺チーム全員のアドレスが登録されていたが、今のところリゾットとの連絡でしか使った事はない。
まだ朝の8時過ぎだったが、緊急の呼び出しかもしれないと携帯電話を手に取った。
──リーダーかしら?
少し期待してディスプレイを覗いたが、そこには『プロシュート』と表示されていた。
「えッ! 何で!?」
噂をした矢先に本人から電話が来れば、誰だって度肝を抜かれると思う。
忽ち緊張感が襲って来て、相手に見えるはずもないのに、オリガは前髪とシャツの襟を正してから通話ボタンを押した。途端に「おい」というドスの利いた物騒な声が鼓膜を突いた。
「電話に出るのが遅せーぞ。まさか今まで寝てたんじゃあねーだろうなァ?」
「い、いえ、起きてました。ちょっと調べ物をしていて…」
「あぁ? 言い訳はいらねーんだよ。次から3コール以内に出ろ、いいな」
「は、はいッ!」
受話器越しの恫喝に、オリガは声を張り上げて反射的に起立礼してしまった。おかげで気持ちは引き締まったが、こうも威圧的な言い方をされると心臓に悪い。
すると、プロシュートは大声の挨拶に「うるせーぞ」と呆れ気味にぼやいて、本題に入った。
「それより、今からすぐアジトに来な。重要な話がある」
「仕事の打ち合わせですか?」
「昨日入ったばっかりの新入りに仕事させる訳ねーだろ。おめーが自分のスタンドの事もろくすっぽ知らねーから、教えてやるっつってんだ」
まるでオリガの心中を読んでいたかのように、絶妙なタイミングで話を切り出されたので、耳を疑ってしまった。
「え? ほ、本当にスタンドの事を教えてくれるんですか?」
「面倒を見るって決めたからには、ほったらかしには出来ねーからな。それに、おめーのスタンドは放っておくと危ねーんだよ。わかったらとっとと来い」
と、プロシュートはぶっきら棒に言って、一方的に電話を切った。
無愛想な物言いだったが、彼なりに新入りのオリガを気遣ってくれているらしい。厳しい態度も『ギャングの世界』を自覚させる教育の一環なのかもしれない。
不安要素は大いにあったけれど、先輩に受け入れられた事が嬉しくて、オリガは早々と仕度をしてマンションを出た。
*
暗殺チームのアジトは、美しいネアポリスの街並みからは想像も付かない、薄暗いゴミ捨て場のような治安の悪い地区にある。
落書きだらけの建物が並び、アジトの中も劣悪な外観と同じくネズミのような穴倉で、いかにも『暗殺者の隠れ家』と言った陰気な部屋だった。仕事柄、仕方がないのだろうけれど、大の男が7人集うにはあまりに狭く、彼等の洒落た容姿には不似合いな場所だと思う。
オリガは自宅マンションから真っ直ぐタクシーで建物に向かい、階段を降りてドアを開けると、ソファに座るプロシュートとペッシの姿があった。リゾットや他の仲間もいるのかと思いきや、部屋にはその2人しかなかった。
オリガの顔を見るなり、早速プロシュートは煙草を吹かしながら仏頂面で説教した。
「おい、顔出して挨拶もねぇのか?」
「お、おはようございます。あの…お2人だけですか?」
「当たり前だろ、今日はおめーにスタンドの使い方を教えるだけだからな。ここに仲間が集まるのは仕事の話をする時だけだ。コイツは…まぁ気にするな、ただの連れだ」
と、プロシュートがちらりと横目で見ただけで紹介を済ませたので、ペッシは少しムッとした顔をして言葉を返した。
「兄貴ィ、そいつはちょいと失礼じゃあねーですかい? 俺だってチームの1人なんですぜ?」
「だったら自分で自己紹介でもすりゃあいいじゃあねーか。俺はおめーらの仲を取り持つ世話までしねーぞ」
「えっ…じ、自己紹介? えーと…」
すると、ペッシは急にたじろいで、ちらちらとオリガを見ながら考え込んだ。
ペッシがまともに会話している姿を見たのは初めてだったが、初対面の時からメンバーの中で『一番ギャングらしくない男』だと思った。人の事を言えた義理ではないけれど、派手な恰好の割には冴えない男で、態度からも自信のなさが滲み出ている。
それに、オリガのスタンドを見た時も、ペッシは仲間の一番後ろに立って青ざめていた。不気味な外見と能力なのでドン引きされても仕方がないけれど、ペッシの場合は怯えている≠ニ言った方が正しい。
プロシュートの鋭い眼光もあって、ペッシは急に奮い立ったように胸を張って、
「お、俺の方がコイツより先輩なんですぜ! 自己紹介なんかしねーよ! 今日だって兄貴が『一緒に来い』って言ったから来たんだ。もし俺の兄貴に何かしやがったら、ただじゃあおかねーからなッ!」
と返したが、まるで意地悪なガキ大将のような台詞で、オリガも「はぁ」としか返せなかった。
「…情けねー、だからおめーは『マンモーニ』だって言うんだ。大体よォ〜、俺が『自己紹介』なんて真面目に言うと思ってんのか? ここは仲良しクラブじゃあねーんだぞ」
弟分の失態にプロシュートは呆れ顔で叱責したが、そんな2人のやり取りはオリガの緊張をほんの少し解してくれた。
すると、プロシュートはおもむろに立ち上がり、落胆するペッシを押し退けてオリガの前に立った。
「こんな下らねー話をするために朝っぱらから呼んだ訳じゃあねー。おいオリガ、今ここでおめーのスタンドを出してみろ。ただ出す≠セけだ、それくらいは出来るんだろ?」
「えぇ、それくらいなら…」
頭上から降り注ぐ視線にビクつきながらも、オリガは両腕に意識を集中させた。正しいやり方があるのかもしれないけれど、初めてスタンドが現れたのが腕だったので、この方法しか知らない。
5秒ほどでオリガの両腕から黒い影が分離し、忽ち全身から黒いスタンドが浮き上がった。
仮面を被ったミイラのようなスタンドは、何度見てもおぞましく、自分でも直視するのを躊躇う。同じ能力を持つ者がいた事は嬉しいけれど、この醜いスタンドまで見られるのは、自分の心の穢れを見られているようで恥ずかしくもあった。
「うぅ…すげー不気味…」
改めてオリガのスタンドを見たペッシも恐怖の声を漏らしたが、プロシュートは「うるせー」と一喝し、オリガに対しては平然とした顔で質問を続けた。
「で、おめーは自分のスタンドをどこまで知ってんだ? 人を殺す能力以外の事だ。リゾットから少しは聞いてんだろ?」
「えーと、リーダーからは『近距離タイプのスタンド』って言われました。それ以外の事はわかりません。色々と説明はされたんですけど、何の事かわからなくて…」
「あいつ、本当に全部俺に押し付けやがったな…口で説明しただけでわかる訳ねーだろ」
と、プロシュートは不満気にぼやくと、溜め息混じりにダイニングの方を顎をしゃくった。
「おいペッシ、氷を持って来い。アレをやるぞ」
「えっ? いや、兄貴…今ここでやるんですかい?」
「コイツはズブの素人なんだぜ? 口で説明するよりよォ〜、実際に見せた方が早いんじゃあねーか? おめーもそう思うよなァ?」
そう言って、オリガにも賛同を求めて来たが、いかにも悪巧みを含んだ物言いだったので、快く頷けなかった。『実際に見せる』と言うのだから、スタンドを出すつもりなのだろうけれど、ペッシの慌てようから危険な事が起こりそうな気がする。
ペッシは必死に冷蔵庫の氷を掻き集めていたが、プロシュートはそれを待つ事なくスタンドを出現させた。
「ザ・グレイトフル・デッド!」
掛け声と同時に現れたのは、異様な形状をしたスタンドだった。
人間の形に近いものの、太い両腕で上半身を支えているだけで、胴から下がない。手の指も3本あるだけだ。そして、全身には複数の目があり、まるで異形の怪物のようだった。身体の周りには煙のようなものが漂っていて、急に蒸し暑さと倦怠感が襲って来た。
「な、何よこ…れ…!?」
堪らず膝を折ったが、床に着いた両手を見て愕然とした。皺だらけで骨張っていて、青い血管が木の根のように浮き出している。まるで60代後半の老人の手だ。声も酷く擦れて、視界もぼやけていた。
不意に、その手の中に氷の入った袋が飛び込んで来た。ふと見ると、血の気を失ったペッシが両手に大量の氷袋を持って立っていた。氷を手にした途端、皺だらけの皮膚がハリを取り戻し、倦怠感も軽くなった。
「危ねーですって、兄貴ィ! もう少しで死んじまうところでしたぜ!」
と、ペッシは声を上げたが、プロシュートはまるで聞えていないとでもいう風に、ゆっくりと煙草を足で踏み消して、オリガに向かって話し出した。
「俺のスタンドは『老化させる能力』だ。スタンドから出るガスに触れたヤツは、人間だろうと植物だろうと老化させる。老化するのは身体だけじゃあねー、記憶そのものも老化するんだぜ。もちろんスタンド能力も低下する。誰だってよォ〜、老化が進めば寿命で死ぬよなァ? 寿命でなくても、枯れ枝みてーな身体なら殺るのは簡単だよなァ? つまり、俺のはそういう能力だ」
『生物を老化させる能力』も驚きだったが、スタンドがプロシュートの秀麗な容姿からは想像も付かない不気味な形容だったという事が一番驚いた。オリガのスタンド以上ではないにしろ、似たような外見のスタンドだと知って、勝手ながら親近感を覚えた。
「でも、どうして氷なんかで助かったんですか?」
「俺の能力は、『体温の変化』で老化速度が変わるからだ。まぁ、直に触れば関係ねーけどな」
要するに『氷で冷やせば老化は防げる』という事だ。確かに言葉よりも説得力があったが、いくら理解させるためだと言っても、こんな能力を突然使うのは横暴だと思った。殺しまではしなくても老化の後遺症は残るだろうし、自分の老化した姿を見るのは精神的苦痛である。
──酷い能力ね。
プロシュートは気に留める素振りも見せなかったが、オリガは老化した自分の顔に氷を当てて隠した。相手が誰であっても醜く老いた姿なんて見られたくない。
「それで…この能力は、どれくらい効果が続くんですか?」
「俺のグレイトフル・デッドが存在する限り持続する。範囲は…まぁ正確に測った事はねーが、列車1本分くらいは余裕だろうな。もうこの建物の外にまで広がってるかもしれねーな」
と、プロシュートは悪気のない様子で答えたが、今こうしている間も周囲の人間を無差別に攻撃をし続けている≠ニいう事だ。他人を巻き込む事も厭わない性格は、さすがギャングと言ったところか。
自身のスタンドについて饒舌に解説するプロシュートに、ペッシが困惑顔で口を挟んだ。
「あのープロシュート兄ィ…新入りにそこまで教えちまっていいんですかい? スタンド能力を教えるって事は、弱点を教える事にもなるんですぜ?」
「新入りだから教えてんだろうが。知らなかったらコイツだけ巻き添え食らって死ぬんだぜ。いつまでも下らねー事に拘ってんじゃあねーぞ。他の仲間の能力を勝手にバラす訳にはいかねーが、ペッシのスタンドは『ビーチ・ボーイ』だ。形状は釣竿型≠セが、対象を釣り上げる以外に気配を探ったり、トラップを仕掛ける事も出来る。臨機応変に使えるタイプだ」
「ちょっと兄貴ィ〜、何も俺の能力までバラさなくてもいいのに…」
と、ペッシは慌てる一方で、どこか嬉しそうにも見えた。
とはいえ、アジト周辺で被害を出すのは拙いのでは──と思ったが、ギャングでスタンド使いの先輩にそんな心配は無用だった。オリガが理解したと見なすと、すぐにスタンドを解除して言葉を続けた。
「リゾットは小難しい事をあーだこーだ言ってるみてーだが、能力の特徴さえ掴めりゃ問題はねー。今ペッシも言ったが、能力が発動する条件ってのは弱点に繋がるものが多い。おめーの『触れたら死ぬ能力』ってのも、裏を返せば『スタンドに触れなければ発動しない』って事だ。つー事は、スタンドを避けておめー自身を攻撃すりゃあ終わり≠セろ。まぁ、これはどのスタンド使いにも当てはまる事だけどよォ、おめーの場合はこれだけじゃあねーから問題なんだ」
プロシュートは一段と険しい面持ちで、オリガの喉元に指を突き付けて来た。
「おめーは自分のスタンドをまるで制御出来てねー。言ってみりゃあ、ご主人様の命令を無視して所構わず噛み付く馬鹿な番犬みてーな状態だ。おかげで一番大切なご主人様は丸腰で、全く守られてねー。もしこれが実戦だったら、おめーはとっくに俺のスタンドに殺されてるぜ。暗殺の対象が常に一般人とは限らねー、ヤバい能力を持ったスタンド使いと殺り合う事だってある。その時、素人のおめーがどうなるか…俺が何が言いたいか、わかるよなァ?」
「…スタンドを使いこなせないと、死ぬのは私自身…って事ですよね?」
ぽつりと溢すと、プロシュートは「よくわかってるじゃあねーか」と満足気に微笑んだ。
スタンドを使いこなせない事が自分にとって不利である事は以前から自覚していたけれど、ポルポの試験で重大な欠点である事を嫌と言うほど思い知った。
いくらスタンドが強力でも、それを持つオリガは生身の人間だ。腕っ節が強い訳でもなければ、護身術が使える訳でもない。標的が大人しく殺されるとは思えないし、抵抗されて逆に殺される場合もある。相手がスタンド使いとなれば、スタンドを使えなければ一方的に殺されるだけだ。
今のオリガは、手持ちの武器の使い方も知らずに戦場にいる状況だ。それでは自分の身も守れないし、仲間の足も引っ張る事になる──そうプロシュートは諭しているのだ。もちろんオリガも、自分の分身とも呼べるスタンドを思うように扱えないのは悔しかった。
「私もスタンドを使えるようになりたいです。でも、どうすればいいのかわからないんです」
「おめーのスタンドは、怒りの感情に反応して動いている。まずはおめー自身が感情的にならねーようにするんだな。そうすりゃあ、今よりは利口になるだろ。あとは俺達と一緒に任務に同行して、経験を積む事だ。大抵のスタンド使いは相手を殺る直前まで自分の能力を見せたりはしねー、弱点を見せるのと同じだからな。だから、実戦を積むのが一番手っ取り早い」
「い、いきなり実戦ですか? 特訓とかしないんですか?」
「やる奴はやるみてーだが、俺やお前みてーに無差別に人を殺る能力≠チてのは、特訓してどうにかなるもんじゃあねーだろ。あっという間に死体の山が出来る。そんな目立つ真似したら組織に消されるぞ」
「そうですよね…」
オリガのスタンドは、使えば必ず誰かしらの命を奪ってしまう。例えギャングの世界であっても安易に人を殺めれば組織のルールに反する。プロシュートの言うように、こういった特殊な能力は経験を積むしかない。
しかし、いざ任務に就いて暗殺が実行出来るかと言われると、全く自信がなかった。オリガ自身は虫もろくに殺せない女で、養父を殺めたのも自分を利用した事への憎悪の感情のおかげだ。
本来、暗殺に感情は必要ない。どんな相手でも確実に葬り去る非情さ≠ェ必要なのだ。素人でもそれくらいの事は理解している。
──私なんかに出来るのかな。
大きく溜め息を吐くと、途端に両肩を掴まれた。驚いて顔を上げると、すぐ目の前にプロシュートの顔があって、目が合うなり口を開いた。
「おいオリガ、おめーはもっと自信を持っていいんだぜ。他のヤツらはともかく、俺もリゾットもお前の能力は認めてんだ。考えてもみろ、お前のスタンドはコントロールさえ出来れば無敵の能力じゃあねーのか? お前には素質がある、すぐに俺達みたいになれるさ」
それは子供に言い聞かせるような口調で、今までの粗悪で高圧的な言動からは想像も付かない激励の言葉だった。やけに顔との距離が近くて妙な羞恥心を抱いたけれど、真正面から見据える力強い眼差しは、忽ちオリガの臆病な心を奮い立たせた。まるで暗示にでも掛かったかのように自信が湧いて来て、不安も消え去って行った。
「わかりました、やってみます!」
「あぁ、そうしな。期待してるからな」
オリガの力強い返事に、プロシュートは軽く肩を叩いて身を引いた。至近距離から解放されて、ほっとしたような、がっかりしたような、少し複雑な気分だった。
「そういや、おめーのスタンドに名前はあるのか? 名無しじゃあねーんだろ?」
「はい、その…一応『ブラッケンド』と呼んでます…」
子供の頃に付けた名前とは言え、『ザ・グレイトフル・デッド(偉大なる死)』という大層な名前を聞いた後では、口に出すのも恥らう。だが、それを聞いたプロシュートは気に留める様子もなく、
「じゃあ、次からそう呼ぶぜ」
と返すと、「じゃあな」と一言告げて、ペッシを引き連れて部屋を出て行った。
他人に興味がなさそうな冷血漢かと思えば、面倒見の良い兄貴肌の男で、第一印象など存外当てにならないと思った。
嘲笑する事も、厭味を言う事もなく、ただ真正面から向き合って相手の意見に耳を傾け、理路整然と諭し、迷いを見せれば叱咤激励する。やり方は強引だけれど、これが大人のギャングの対応なのだろう。あの姿を見れば、リゾットが世話役を申し込み、ペッシが『兄貴』と呼ぶ理由も納得出来る。オリガもつい『カッコいい』と思ったし、『頼りになる人』だと思った。
「…私も『兄貴』って呼んでみようかな…」
と、オリガは1人呟いたが、実際に口にすると妙に恥ずかしい気持ちになったので、当分は「プロシュートさん」で様子を見る事にした。
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