オリガの実の両親は、ローマで飲食店を経営していたのだけれど、オリガが4歳の頃に、店に押し入った強盗に殺された。オリガは母親の言い付けでクローゼットに隠れていたので難を逃れたが、代わりに心に深い傷を負った。
その後、犯人は捕まったが、身勝手な犯行にも関わらず『懲役10年』という軽い刑を課せられただけだった。そして、身寄りのなくなったオリガは地元の孤児院に引き取られる事になった。親戚や両親の友人達は同情こそしたけれど、養子縁組の話になると誰一人名乗り出なかった。
幼くして両親を失い、社会の非情さを目の当たりにしたオリガは自ら心を閉ざし、誰からの厚意も受け入れようとしなかった。その結果、孤児院でも孤立し、益々人間不信に陥っていった。
オリガが10歳になった頃、身の回りで不可解な現象が起こるようになった。物が勝手に動いたり、焼き立てのパンが1日もしない内に干乾びたりした。最初はいじめっ子の仕業かと思ったけれど、自分の腕からもう一つの黒い腕≠ェ見えるようになり、それが原因だと悟った。
その腕はオリガにしか見えず、見た目も気味が悪かったが、自分の思い通りに動いたので、『ブラッケンド』と名付けて遊び相手にしていた。
そんなある日、いじめっ子の少年が悪ふざけをして、オリガにぶつかって来た事があった。転びそうになったので、咄嗟に黒い腕で少年の腕を掴んで体勢を立て直したが、掴まれた少年は床に倒れて、そのまま帰らぬ人になった。
少年の死因は『心臓発作』だったけれど、オリガは『黒い腕が掴んだせいだ』と直感した。焼き立てのパンが一瞬で朽ちるくらいだから、生身の人間に害があるのは当然だった。
──これは、呪われた腕だわ。
オリガは黒い腕を使わないようにしたが、その日を境に腕は暴走し始めた。
日頃からオリガを疎んでいた他の孤児や事務員、シスターに至るまで、半年間で13人も手に掛けた。抑えようにも、オリガがほんの少しでも嫌悪を抱いた瞬間、黒い腕が相手に向かって伸びているのだ。まるで『オリガの代わりに恨みを晴らさん』とばかりに、自然と腕が動いた。
死者が13人にもなると、警察も殺人事件を疑って捜査を開始した。真っ先に容疑が掛かったのは、全ての死亡現場に立ち会っていたオリガだった。しかし、警察の取調べに応じても、「もう一つの腕が触れただけで人が死ぬ」と説明したところで誰も信じなかった。結局、オリガは証拠不十分で釈放され、事件も『感染病による集団死』として処理された。
その後、医学からオカルトまであらゆる方法で調べたが、黒い腕の正体はわからないままだった。ただ、はっきりわかったのは、この腕が恐ろしく危険なものだという事だけだ。
人を恨んだだけで殺してしまう──まるで自分の中にある憎悪を具現化したような能力だった。誰も信じず、他人を恨んでばかりいたせいで、身に付けてしまった力なのだと思った。
それ以来、オリガは積極的に人と触れ合い、笑顔を絶やさないようにした。明るく振舞えば、相手も自分自身も不快な思いをせずに済むし、少しでも呪われた能力が軽減されると思ったからだ。その甲斐あって、しばらくすると黒い腕は見えなくなり、周囲からも好かれる存在になった。
12歳になると、オリガの評判を聞いた男性が養子縁組を申し込んで来た。男性はヴェネツィアで運送業を営んでいる実業家で、福祉施設や孤児院に寄付をしている事でも有名だった。
オリガも男性と面会した時、『優しそうな人だ』と好感を抱いたので、二つ返事で養子縁組の話を受け入れた。養父となった男の名は『スチェーロ』と言った。
ヴェネツィアの家に案内された時、スチェーロはオリガに部屋を与え、学校へも通わせてくれた。さらに「友達と旅行に行く」と言えば小遣いをくれたし、帰りが遅ければタクシーを手配してくれたりもした。『養子だから』と冷遇した事は一度もなく、むしろ他の誰よりもオリガには優しかった。
このままずっと幸せな人生を送れると思っていた。あの日≠ワでは──。
養父がギャングの党首だと明確に知ったのは、リゾットが現れた当日だったのだけれど、実を言うと、それ以前から『犯罪に手を染めているのでは』と疑いを持っていた。きっかけはリゾットと出会う5日前──友人と小旅行でヴェネツィアの大運河に行った時の事だ。
帰り際に突然の嵐に見舞われて、急遽、雨宿りのために近くの物置小屋に避難した。しかし、その小屋の中には数人の黒服の男が一つのテーブルを囲んでいて、見れば札束が積み上げられていた。
咄嗟に身を隠して耳を澄ますと、中から物騒な会話が聞えて来た。
「港の取り締まりが厳しくなって来たなァ。このままじゃあ商売上がったりですぜ?」
「組織の連中が目を光らせてるんだ。奴らは警察より厄介だからな。目を付けられたら、ただじゃあ済まねー」
「いいからお前らは今まで通り、ガキと女を集めておけ。商品がなければ商売にならんからな」
その声は、養父スチェーロのものだった。無愛想で悪辣としていて、優しさなど微塵も感じない声色だったが、聞き間違えではなかった。
その物言いに対して、他の男の濁声が答える。
「ガキを集めるならボスの方が得意でしょう。また孤児院から流して下さいよ。そのための寄付でしょう?」
「あれは金持ち用の玩具≠セと言っただろ。バラして売る方≠ヘお前らが探して来るんだよ」
会話の内容から、彼等がギャングで『人身売買』を行なっていると知り、身の危険を感じたオリガと友人は、すぐさま小屋を立ち去った。幸いにも友人は声の主に気付いていなかったので、「今日の事は忘れよう」と言って別れた。
しかし、オリガはどうしてもギャング達の会話が忘れられなかった。孤児院、寄付、商売、港の取り締まり──男達が言っていたのは、どれも養父と関連のある言葉ばかり。孤児院に多額の寄付をしていた理由が子供の買収目的≠ナ、貿易業を利用して人身売買≠していた──と考えると、怖いくらい辻褄が合う。
だが、それならなぜ孤児院から引き取られたオリガは、スチェーロの養子として今ここにいるのか。売り飛ばす訳でも、玩具にする訳でもなく、彼は優しくオリガを見守り、育ててくれただけ。もし人身売買をしているなら、この行ないは矛盾している。
──きっと何かの間違いよ。
養父を信じたい一心で、オリガは4日後の同じ時間帯に運河の物置小屋に向かった。
その日、養父は仕事で留守にしていたが、家を出る前に「友達とお泊り会をする」と一言電話を入れて、会社のオフィスにいる事を確認した。その時も、養父は「気を付けるんだぞ」とオリガを心配してくれた。
深夜の大運河には小型の貨物船が一隻止まっていて、例の黒服の男達と、乗り込んで行く人の姿が見えた。目を凝らして見ると、船に乗り込んでいるのは女性と子供だった。
オリガは偶然にも人身売買の取引現場に直面していたのだ。もし見つかれば命の保証はない。しかし、恐怖よりも探究心の方が勝っていた。
ここで張り込んでいれば、黒服の連中と養父が無関係だという確固たる証拠が手に入ると思い、オリガはしばらく物陰から様子を眺めていた。取引現場にいるのは、船員と思しき男3人と、先日見た黒服の男3人。とても通常の貿易取引とは思えない物々しい雰囲気が漂っていた。
──やっぱり養父さんは関係ないのかしら。
その時、貨物船は繋いでいた足場を外して、出航の準備に入った。このままでは船に乗っている人達が危ない──オリガは慌てて携帯電話を取り出したが、その直後、「おい」と声がした。
「おっと騒ぐなよ。まだ死にたくねぇだろ」
と、野太い声はオリガを制止して、後頭部に硬く冷たい物を押し付けて来た。それが拳銃で、ギャングの男に見つかったと知った瞬間、全身が凍り付いた。この後に待ち受けている結末は決まったようなもので、今になって自分の浅はかな行動を後悔した。
「あ、ネズミを1匹捕まえましたぜ。いや、女です…わかりました、そうしやす」
男は仲間に連絡を入れると、オリガの手から携帯電話を奪い取った。そして、拳銃で頭を小突いて「行け」と命令し、言われるがまま小屋の中に入ると、両手を縛られて銃を向けられた。
「興奮しちまいそうだから、猿轡はやめておいてやる。ボスが来るまで大人しくしとけよ」
危機的状況にも関わらず、オリガの心の中は殺される不安よりも、『もしボスが養父だったら』という不安で一杯だった。今この時も、養父は会社で書類と向き合っているか、貿易会社の接待に追われている──そう思いたかった。
しかし数十分後、部下を率いて現れた『ボス』は、オリガの養父スチェーロだった。高級な黒スーツと貴金属を身に付けた姿は、ギャングそのものであり、いつも見る優しい養父の面影はなかった。
ショックではあったけれど、確信めいたものがあったので、それほど深い絶望はなかった。それよりも、信頼を裏切られた事への嫌悪と憤りの方が遥かに大きかった。
捕らえられたオリガを見たスチェーロは、一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに落胆の溜め息を吐いた。
「お前だったのか…ついに見てしまったんだな。しかし、どうしてわかったんだ? 完璧に隠していたはずなのに」
「…こないだ、あなたがここで仲間と話しているのを偶然見たのよ。人を売っているんでしょう? 寄付している孤児院の子供も」
「そうか、話を聞いてしまったのか…それじゃあ仕方がないな」
そう言って、スチェーロは取り出した拳銃を何の躊躇いもなくオリガに向けた。
こちらを見下ろす瞳に、愛情や慈悲の心はなかった。おそらくスチェーロがオリガに注いだ感情は、ペットを可愛がる感覚と同じものだったのだろう。初めから愛情など存在しなかったのだ。『殺される』と確信したが、湧き上がって来た感情は恐怖ではなく、どす黒い憎悪だった。
「…最期に一つだけ聞きたいの。どうして私を養子にしたの?」
「君の経歴に興味を持ったからだよ。孤児院で13人も殺したのは君なんだろう? 無能な警察は騙せても、私の目は誤魔化せないよ。まぁ、どうやったのかは知らないが、それが気に入ったんだ。理由はそれだけだよ」
「…私を観察するつもりで引き取ったの?」
「そんなところかな。思っていたより平凡な娘で残念だったが、それなりに楽しかったよ。君は従順だったからね」
結局、私も玩具の一つだった──そう悟った時、オリガの中で何かが切れた。噴出した憎悪は黒い影となって身体から分離し、オリガの前に完全な姿となって現れた。目の前に立ちはだかった真っ黒な怨霊は、凶悪な殺気を纏っていたが、その力を使う事に躊躇いはなかった。
怨霊ブラッケンドが拳銃を持つ男の腕を掴むと、男は一瞬で意識を喪失して床に崩れ落ちた。突然倒れ込んだ男に他の仲間は動揺したが、すかさず彼等の頭を掴んで絶命させた。触れた時、男の肉体から白い砂のようなものが散っていくのが見えた。それはまるで、穢れた魂が風化して消えてしまったかのようだった。
「貴様ッ…私の部下に何をしたんだ!?」
次々と倒れていく部下の様子に、スチェーロは恐怖に声を震わせながら拳銃の引き金に指を掛けた。しかし、引き金を引いた瞬間、拳銃は暴発し、炸裂音と共に鮮血が空を舞った。吹き飛んだ手を抱えて絶叫するスチェーロに対し、ブラッケンドは逃げる隙も与えず、忽ちその命を奪い去ってしまった。
オリガはしばらくの間、目の前に転がる養父の死体を眺めて放心していた。両親を失った時から、人生の歯車は壊れていたのかもしれない。いや、呪われた能力も、幸せになれないのも、全て成るべくして成った運命≠セったのだ。
全て決められた運命なら、それに従って生きるしかないのだけれど──あまりにも過酷で残酷で、生き方など見出せなかった。
「ボ、ボス…!? てめぇ、なんて事しやがったんだッ!」
銃声を聞いたスチェーロの仲間が小屋に押し入って来たが、全てを失った喪失感からオリガは抵抗する気力を失っていた。傍らに立つ怨霊も主人の心境を察したのか、ただ人形のように傍らに佇んでいるだけだった。
男達は一斉に拳銃を向けたが、突如全員がその場に膝を折って悶絶し始めた。すると、断末魔の声と共に全身の至る所からナイフやハサミ等の刃物が突き出し、あっという間に男達の身体を引き裂いて行った。
後に残ったのは、静寂と無数の凶器と血塗れの死体だけで、凄惨な光景にオリガの身体は恐怖に震え上がった。
「…一体どうしたっていうのよ…?」
それは明らかにオリガの怨霊の仕業ではなかった。しかも外部から刺された訳ではなく、予め体内に刃物が仕込まれてあって、何かの拍子で身体を突き破って行ったように見えた。だが、床に落ちている凶器は少なくとも50本以上はある。そんなものを体内に入れたまま生きていられるはずがない。
状況を飲み込めず呆然としていると、急に「バタン」とドアの閉まる音が聞えた。はっと顔を上げると、ドアの前に1人の男が立っていた。
「待て…俺は敵じゃあない。この連中の仲間でもない」
目が合うなり、男は抑揚のない声で言い、こちらに両手を翳して丸腰である事を証明して見せた。
その男も黒尽くめだったが、スチェーロの部下とは風情が違った。スーツではなく、前が大きく開いたコートのような服を着て、黒い頭巾を被っている。騒ぎを聞き付けた警官にも、偶然立ち寄った一般市民にも見えなかった。
凄惨な光景が広がっているのに、その物腰は異常なほど落ち着いているし、オリガに事情を聞く訳でもなく淡々と現場を観察し、特にスチェーロの死体を入念に調べている。目的も不明だったが、これほど長身で特徴的な身形の男が今までどこに潜んでいたのか不思議だった。
「あ、あの…あなたは…?」
「俺はコイツらと敵対する組織の人間だ。俺達の縄張りを荒らしていたので排除≠オに来た。お前のおかげで若干計画が狂ったが…まぁ、良しとするか」
どうやらこの男もギャングで、しかも暗殺者のようだ。それを証明するように、男の瞳は氷のように冷たく、感情というものが一切感じられない。
『敵ではない』と言ったが、敵対するギャングのボスの養子が、ギャング同士の抗争に足を踏み入れてしまったのだから、ただで済むとは思えなかった。しかし、逃げようにもドアは男の背後にあるし、ほんの少し動いただけで殺されてしまいそうな気迫が、その男にはあった。
固唾を呑んでいると、男はオリガを眺めながら感情のない低音で言った。
「ところで、お前は『スタンド使い』のようだな。それもかなり強力な能力だ…」
「…何使いですって?」
「『スタンド』…お前が持つ能力の事だ。触れた人間を殺す≠ニいう、な」
そう言って、男はオリガの背後を指差した。未だ姿を消さずに残っていた怨霊ブラッケンドを、しかとその視界に収めている。この男には怨霊が見えていて≠サの正体まで知っている>氛氓サの事実に驚愕として、思わず声を上げた。
「あ、あなたにはコレが見えているんですか!?」
「俺もスタンドを持っているからな。スタンドはスタンドを持っている者にしか見えない」
「…つまり、あなたも私と同じ能力が使えるんですか?」
「厳密に言うと異なる能力だが、『人を殺す』という点では同じだ」
ふと、オリガは足元に転がっている惨殺死体に目を移した。スチェーロの部下を刃物で殺害したのは、この男の仕業だったのだ。
人間の体内から刃物で切り刻む能力──どういう原理かは知らないけれど、オリガの能力以上に残酷だと思った。同じ『人を殺す能力』でも、オリガの場合は一瞬で、相手に傷も与えない。
直感的に危険を感じたオリガは、男から距離を取りつつ質問を返した。
「その『スタンド』…っていうのは、一体何ですか?」
「『生命エネルギーのヴィジョン』と言われているそうだが…わかり易く言えば『超能力を持った自分の分身』だ。どうやらお前のスタンドは生まれつき≠フようだな。そして人型近距離タイプ=c射程距離は2mと言ったところか。一見危険な能力だが、触れなければ問題はないな」
と、男はオリガの能力を淡々と分析して見せた。長年悩まされて来た能力を初対面の男に──それも同じ能力を持つ暗殺者≠ニいう意外な人物に、いとも簡単に解明されて唖然としてしまった。しかし、自分の能力が『スタンド』という超能力の一種で、他にも同じ能力を持つ人間がいた事を知って、ほんの少し警戒心が緩んだ。
「だが、なぜお前のような娘がそんな能力を身に付けたのか…興味が湧く。本当に殺すだけの能力なのか?」
男はまじまじとオリガを観察しながら、独り言を呟いていた。『興味が湧く』という台詞には似合わない冷淡な口調だったが、最初に見せた殺気は消えていた。男が何を言っていて、何をしたいのかわからず、ただただ困惑した。
「あ、あの…どうしてそんな事を教えてくれるんですか? 私はこの人の養子なんですよ? あなたからすれば、私も敵じゃあないんですか?」
「組織の標的は、あくまで縄張りを荒らしたスチェーロ一派だ。養子というだけで関与していないお前など、どうでもいい」
「で、でも、現場を見ている訳だし…もし私がこの事を警察に言ったらどうするつもりですか?」
「好きにすればいい。だが、警察に言ったところで、連中は組織に手を出さない。むしろ保身のために、お前を刑務所送りするだろうな。世間もギャングの身内であるお前の肩は持たない…例え血の繋がらない養子であってもだ。世の中とはそういうものだ、お前が思っているほど寛容じゃあない」
男の言葉は厳しいものだったが、的確に的を射ていて、オリガの心に深く突き刺さった。
世間の身勝手さは幼少の頃から嫌と言うほど見ている。養父がギャングで非道な罪を犯していたとわかれば、友人も離れていくし、学校もオリガを見捨てるだろう。被害者だろうと、犯罪と無関係だろうと、世間は厄介者との関わり合いを忌み嫌う。自分の平穏な生活が壊されるのを恐れるからだ。
養父の正体がわかった時に、自分の行く末を悟っていたが、改めて突き付けられると絶望感が押し寄せて来た。
「…それじゃあ、私をどうするつもりですか?」
「俺と来い…組織に入団するんだ。お前が生き残る道はそれしかない」
想定外の回答に、オリガは思わず「え?」と聞き返してしまった。経歴も能力も訳アリだけれど、つい先日まで普通の高校生活を送っていた少女に持ち出す話ではない気がする。ギャングというのは、飢えた野獣のような獰猛さと、命を捨てるほどの覚悟と何者にも屈さない誇りと威厳を併せ持った男がなるものだ。
「いや、あの…私に『ギャングになれ』って言うんですか? まだ16歳の女子高生ですよ?」
「年齢や性別は問題じゃあない。実力があれば18歳でも幹部になれる世界だ。俺が所属する『パッショーネ』は、スチェーロ一派のようなセコい犯罪者集団じゃあない…イタリアで最も強大な組織だ。そこには『スタンド使い』も大勢所属している。俺のチームなら、お前の『人を殺す能力』を生かす事が出来るだろう。世間では疎まれる能力でも、組織にとっては有用な能力だ。このまま放っておくのは惜しい」
「俺のチームって…あなたは幹部か何かなんですか?」
「幹部ではないが、1つのチームを率いている…暗殺を主とするチームだ。そして、仲間は全員『スタンド使い』だ」
にわかに信じ難い話だったが、男の表情は真剣そのものだった。この男は本気でギャングの世界に引き込もうとしている──思わぬ展開に動揺したものの、自分の能力を理解し認めてくれている事に、オリガの心は大きく揺れ動いた。
このまま社会に残っても、絶対に平穏無事な人生は送れない。いずれ罪の重さに堪え切れず自ら命を断つか、孤独な殺人鬼として刑場の露と消える運命だろう。
だが、『パッショーネ』という組織は、そんなオリガの能力を必要としている。そして、そこには他にも同じ能力を持つ者がいる。自分の居場所として、どちらが相応しいか──考えるまでもなかった。
「…その組織に入れば、私の能力も人の役に立てるんですね?」
「役に立てるかどうかは、お前次第だ。『他に道はない』と言ったが、生半可な覚悟で生き残れるほど柔な世界じゃあない…女であれば尚更だ。そして、一度組織に入団すれば後戻りは出来ない…一方通行だ」
ギャングの世界がどんなものか、映画でしか知らない。しかし、一般人として生きられないのなら、裏社会で生きるしかない。ここで男の話を断れば、一生後悔すると思った。
「でも、ここにはもう私の居場所なんてないし、こんな能力でも人の役に立てるなら、
そちらの道を選びます。お願いします、私を組織に入れて下さい!」
藁にも縋る思いで懇願すると、男は「変わった娘だ」と鼻で笑った。
「いいだろう、お前を組織の幹部と会わせてやる。そこで試験に合格しろ…詳しい話はそれからだ」
「わかりました。でも、せめて名前くらいは教えてくれませんか?」
「…リゾットだ。リゾット・ネエロ」
男は素っ気なく名乗ると、「着いて来い」と手で煽って小屋を出て行った。
本当に『どうでもいい』のなら、勧誘もしないし、事前に忠告したりもしない。無感情で無愛想な男だったが、『信用出来る男』だと判断したオリガは、リゾットに付いて行く事にした。
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