『リゾットの暗殺指南・その1』

 初任務を終えて以来、オリガは携帯電話とパソコンのメールボックスを確認する機会が増えていた。前回プロシュートからの着信に気付けなかった反省もあるけれど、次の任務がいつ舞い込んで来るのか、待ち遠しくて仕方がなかったからだ。

 もちろん、暗殺に快感を得たとか、もっと報酬が欲しいとか、そういった下卑た理由ではない。オリガはこないだの任務で、仕事をこなす事で仲間に認められ、自分の呪われた能力でも人の役に立てる事を知った。そして、プロシュート達と共に任務を遂行した時の一体感と、報酬を貰った時の達成感は、今まで経験した事がないほどの喜悦だった。
 暗殺に抵抗がないと言えば嘘になるけれど、世の中が少しでも正され、自分の居場所が構築されていくのなら、喜んで任務に参加したいと思うようになっていた──というのは、少々綺麗事かもしれない。本音を言うと、『もう一度リゾットに褒められたい』という願望の方が強かった。

 今までに大人に褒められた経験は何度かあったが、あれほど心に響く言葉を聞いた事は一度もない。新入りの才能と価値を高く評価した、というよりは、まるで身内の子供を思い遣るような優しさだったけれど、上辺だけではなく、心から自分の能力を認めてくれている──そう思うと、リゾットを尊敬する気持ちは一段と強くなっていた。

 「もっと任務をこなせば、リーダーも褒めてくれるかな」

 あんなに過酷な任務だったにも関わらず『ご苦労だったな』の一言で全て報われてしまった。そして、褒められた時に湧き上がって来たあの感覚≠ヘ、今思い返しても鼓動が高鳴り、全身がむずむずとして落ち着かない気分になる。しかし、決して嫌な気分ではなく、むしろ何度でも体験したい心地の良い感覚だった。

 ──私ってば何考えてるのよ。

 そこまで考えて、オリガは自分の頬を叩いて気を引き締め直した。『認められたい』と願うのはまだしも、『褒められたい』と願うのは論点から外れている。ましてや褒められたい理由が『心地良いから』など言語道断だ。リゾットに限らず、チーム全員から認められなければ意味がない。

 ──駄目よ、私は一人前のギャングになるんだから。

 こんな事を考えるのは、初めて任務を成功させた事で緊張の糸が切れて、心が浮ついている証拠だ。オリガは自分にそう言い聞かせて、パソコンを閉じた。それでもまだ、胸の中にある恍惚とした感情は消える事はなかった。


 *


 その翌日、オリガのパソコンに指令のメールが届いた。文面は前回同様、指令があった時刻と『集結せよ』だけだったが、待ち兼ねた任務にオリガは心を躍らせて、早々と自宅マンションを出た。

 先日は『来るのが遅い』と言われたので、拾ったタクシーを飛ばして10分後にはアジトに到着したが、扉を開けると早くも暗殺チームの顔触れが揃っていた。
 だらしない格好でソファに凭れて雑誌を眺めるホルマジオと、グラスを片手にそれを盗み読みするイルーゾォ。その正面の席では、メローネがパソコン画面に夢中になっていて、その傍らではギアッチョが明後日の方向を見ている。そして、プロシュートはペッシを従えてカウンター席で煙草を噴かしていたが、その中にリゾットの姿はなかった。中央の一人掛けのソファだけが空いている。

 「ようやくおいでなすったぜ、新入り様がよォ〜」

 ふとホルマジオが雑誌を眺めたまま言い放つと、それを合図に一斉に全員の視線がオリガに集中した。

 ──そんな簡単に受け入れてくれる訳ないわよね。

 入団から1ヶ月も経たない内に、たった一度の任務を成功させただけで全員から信頼を得られるとは思っていない。幹部から指令が入らなければ、普段は顔を合わす機会すらないのだ。リゾットはもちろん、プロシュートやペッシでさえ顔を合わせたのは先日の任務以来だ。
 そんな状況で、集合時間の指定がない呼び出しメールを一方的に貰って、チームの普段の動向も全くわからないまま、自分だけいち早くアジト入りするのは不可能だ──と、内心不満を溢したけれど、ギャングの男達に歯向かう勇気など当然持ち合わせていないので、丁寧に謝罪した。

 「あの…また私だけ遅刻して、すみませんでした」
 「今回は気にしなくていいぜ。俺達は別件でたまたま集まっていただけだからな」

 そう言ったのはメローネだった。

 「別件ですか?」
 「大人の男の事情≠チてヤツさ。子供が気にする事じゃあねー」

 代わりに答えたのはイルーゾォで、意味深な内容にオリガは思わず視線を泳がせた。厭味の応酬がなかったのは意外だったが、この状況も弄ばれているようで複雑な気分だ。本当に『認め始めている』のか、リゾットの言葉が疑問に思えてしまう。

 その直後、イルーゾォが突然「あッ!」と声を上げて、ソファから飛び起きた。見ると、立ち上がったイルーゾォの服の間から、火の付いた煙草が1本床に転がった。さっきまでプロシュートが咥えていた煙草だ。イルーゾォの慌てように周囲から笑い声が上がったが、カウンター越しにプロシュートが恐ろしい形相で睨み付けていたので、すぐに静まった。

 「おいおいプロシュート、何でキレてんだよ。本気で火傷するところだったぜ」
 「おめーが下らねー事言ってるからだろ。素直に『次のヤマの仕込みだ』っつっとけばいいんだよ。セクハラ上司か、てめーは」
 「俺は最初からそういう意味で言ったんだぜ? 変な妄想するなよ、なぁホルマジオ」
 「言い訳しない方がいいぜ。今じゃあオリガもプロシュートの立派な妹分≠ンてーだからよォ〜。任務の後も世話焼いてたみてーだし、リゾットにもそういう話したんだろ? 最後まで面倒見るってよ?」

 ホルマジオがニヤケ顔で言ったので、オリガは咄嗟にプロシュートの顔を見てしまった。プロシュートは周囲の好奇の眼差しに眉を顰めていたが、

 「まぁ、否定はしねーけどな」

 と、案外すんなり認めた。追い詰められたオリガを見捨てずに助け出してくれた事が何よりの証拠だったけれど、本人の口から直接聞くと改めて実感が沸いて来る。あれからオリガは感謝のメールで送って、プロシュート本人から何の返事も貰えていなかったので、尚更嬉しかった。

 「そこまで面倒見るつもりなら、普段から3人で行動すりゃあいいだろ。大事な妹分なら、教える事があるだろ?」
 「おいプロシュート、コイツまた下らねー事言ったぜ。もう一回根性入れた方がいいんじゃあねーか?」
 「よしペッシ、イルーゾォのヤツを羽交い絞めにしろ」

 プロシュートが煙草を手に持って冷徹に言い放つと、周囲から賑々しい笑い声と歓声が上がった。
 言動は暴力的だけれど、初めて見る彼等の和やかな雰囲気にオリガは戸惑いながらも安堵した。どことなく以前よりも、メンバーの態度に棘がなくなっている気がする。やはりリゾットの言うように、初任務の成果は少しずつ現れているのかもしれない。
 すると、今まで沈黙を保っていたギアッチョが突然オリガを指差して、

 「それよりメローネよォ〜、リゾットが来る前にコイツにも状況を説明しておいた方がいいんじゃあねーか? さっきも『訳わかんねー』って顔してたぜ?」

 と、静かな口調で言った。関心のない顔をしておきながら、案外オリガの反応を見ていたらしい。思わぬ人物から指摘されて驚いたが、オリガは「そうなんです」と大きく頷いてメローネに尋ねた。

 「その『仕込み』って、今回の任務と関係があるんですか?」
 「まぁそうだな。どこから話すか…」

 そう言って、メローネは手持ちのパソコンを弄り始めたが、その間にプロシュートが代わりに答えた。

 「2日前、情報管理チームのヤツがE区の縄張りで抗争を起こした。その騒動でE区の幹部と構成員3人、そして情報管理チームのヤツも2人死んだ。組織内での無意味な抗争は『組織の掟』に反する。目立つ行為≠セからな。今回の任務は、その派手な抗争を起こした野郎の排除だ」
 「幹部が殺されたって話は、俺らの耳に入ってたからな。だから、今回は上から指令が来なくても予想は付いたし、仕込みも可能だったって訳だ」

 と、プロシュートの暴挙から逃れたイルーゾォも言葉を続け、それに対してホルマジオも、

 「まぁ、『仕込み』っつーほどの事はしてねーけどなァ。相手は同じ組織の野郎だから、細かく調べるまでもねー。今の動向を探るだけで十分だ」

 と、オリガに説明した。
 チーム同士の抗争と、幹部の死──まさに寝耳に水だった。この数日間、オリガは自分が暗殺した政治家ルイジの事もあって、頻繁にマスコミの情報を詮索していたが、その手の話題は一切報道されていなかった。

 「それだけ目立つ抗争があったのに、どうしてマスコミは報道しないんですか?」
 「それはボスが警察に手を回して証拠を隠滅したからだ。それに、この手のネタはギャング同士の情報網でしか手に入らない。新入りが知らないのは当然だ」

 そこでようやくメローネが会話に加わった。組織の面子に関わる事案は、表沙汰にしないよう徹底している、という事なのだろう。警察に根回ししていなければ、暗殺や麻薬密売などの闇事業には手を出せないから当然と言えるが、組織の権力の強大さが恐ろしく感じる。
 オリガが教わった情報によると、パッショーネが支配する区画と役割は細かく分類されていて、暗殺の他に市民の護衛や麻薬を扱うチームなどがいる。E区チームもネアポリスに縄張りを持つチームだが、その役割まではわからない。
 そして、情報管理チームは、その名の通り組織に関する情報を扱うチームだ。組織の領域内で支配している地区の収益、密輸密売のルート、また組織内外の情報も多く収集している。それらの情報は幹部やボスの手に渡るものでもあるため、当然のように信憑性の高い情報と管理能力が求められる──と、入団当初に貰ったデータで読んだ事がある。
 それだけ重要な責務を任せられた人間が掟に背いたのなら暗殺も当然だけれど、この組織は普通とは違ってスタンド使いが半数を占めている。暗殺対象がスタンド使いの場合はどうなるのか──そこが気に掛かった。

 「それってつまり、同じ組織の人を暗殺する≠チて事ですよね?」
 「組織に害のある連中なら、組織の中も外も関係ないぜ。そういう輩を排除するのが暗殺チームの役目だ」
 「そうですけど…同じ組織の人間なら、その人も『スタンド使いかもしれない』って事じゃあないんですか?」
 「その通りだ。少しは自分で状況を読めるようになって来たな」

 オリガの疑問に答えたのは、その場にいる誰の声でもなかった。声がした方向を見ると、別室の近くにリゾットが佇んでいた。てっきり留守だと思っていたオリガも、他のメンバーも、突然室内に現れたリゾットに愕然とした。

 「おいリゾット、お前いつここに来たんだ? 全然気付かなかったぜ」
 「俺は初めから別室にいた。お前達が騒ぎ過ぎなんだ…少しは緊張感を持て」

 リゾットはメンバーを叱責すると、何事もなかったように中央のソファに腰掛けた。オリガが初めてリゾットと出会った時も、忽然と目の前に現れた事があったので、物静かな男だから気付かなかった≠ニいう訳ではないだろう。
 どうやってメンバー全員の目を欺いたのか不思議だったが、不意打ちに褒められた感動に比べれば大した問題でもなかった。

 「全員揃ったな…では、俺から任務の詳細を説明する。すでに知っているだろうが、今回の幹部から指令は抗争を起こした構成員の暗殺だ。事情は先ほどプロシュートが説明した通りだが、暗殺対象は情報管理チームのガブリエルという男だ。ヤツが抗争の主犯格であり、幹部を含む5人全員を1人で殺害している…仲間も含めてな。だが、問題なのはこの男がスタンド使い≠セという事だ」

 そこまで説明すると、リゾットは目で合図を送り、代わってメローネが詳細を説明し始めた。

 「このガブリエルって男のスタンド能力は詳しくわかっていない。まぁ、仲間内でもスタンドを明かさないのは珍しい事じゃあないが、コイツの問題は人間性がヤバい≠チて事だ。何かと文句を付けては他チームの連中に喧嘩を吹っ掛けたり、余所の縄張りで強姦と窃盗を繰り返していて、チーム内でも『手に負えない』と言われていた男だ。今回の抗争でも幹部の所にまで単身乗り込んで、止めに入った仲間まで殺している。協調性も理性もないキレたヤツ≠チてところだな。こういうヤツがスタンドを持つと何をするかわからない。思考回路が普通じゃあないからな。今回も別の意味でちょっと厄介な相手だぜ」

 メローネの説明は、メンバー全員よりもオリガに向けて伝えているような内容だった。まだ組織の状況を知らない新入りでも理解出来るよう変換されている。

 ──もしかして、思っていたより受け入れてくれてる?

 リゾットの手前もあるだろうけれど、全員がわかり易く説明してくれた事に、場違いにも感動してしまった。そんなオリガをよそにメンバーの会話は続く。

 「まぁ、E区チームも幹部もスタンド使いじゃあないからな、スタンド相手じゃあ一方的に殺られるだけだ。それで、外傷と死因は?」
 「どの遺体の外傷も喉にあった切り傷だけだ。死因は静脈切断による失血死。凶器が見つかっていない事から、スタンド攻撃によるものだろう」
 「つー事は、そこそこ殺傷力のあるスタンド≠チて事だな。丸腰の相手に一方的にスタンド攻撃…相当キレてるな」

 リゾットとプロシュートの会話を聞いて、ホルマジオが大きく溜め息を吐いた。

 「つーかボスもよォ、よくそんなヤバい野郎を今まで野放しにして来たよなァ。『手に負えない』って時点で始末しとけばこんな大事にならなかったのによォ〜、しょうがねーなァ〜」
 「おそらくこの男のスタンド能力が関係しているはずだ。ボスは組織にとって必要な能力であれば、人間性は問わない…現に親衛隊にも『危険視された人物がいる』と聞いた事がある」
 「じゃあ、何で今になって始末する気になったんだ?」
 「幹部に手を出したからだ。意図的なものかは不明だが、幹部の殺害は反逆行為だ。このまま放置すれば、何のための掟かわからなくなる。組織に不信感を持つ者も出て来るだろう…今以上に≠ネ」
 「つまり、このヤマはボスと組織の面目維持のための尻拭い≠チて訳か…気に入らねーな」

 怨色を滲ませたリゾットとプロシュートの言葉に釣られて、全員の顔色が変わった。
 以前から感じていた事だけれど、やはりメンバーは組織に不満を抱いている──いや、今回の抗争で、他のチームでも不満を抱えている者が少なからずいるようだ。
 大きな組織になれば、目の行き届かない箇所が出て来るのは当然だし、ボスのやり方に不満を持つ者が出てもおかしくない。犯罪を生業とするギャングなら、野心家や反骨精神の強い者も多いだろう。そのための入団試験なのだが、不満を露にするメンバーを見ると、ポルポの『信頼』理論が滑稽に聞えて来る。尤もスタンド使いを得る事が大前提なので、忠誠など二の次なのだろうけれど。

 「で、報酬はいくらなんだ?」
 「3000万リラだ」
 「おいおい、相手はキレたスタンド使いだぜ? 何で政治家の時より2000万も少ないんだよ。やる気失くすぜ」
 「構わん、今回は俺が出る。幹部からも『速やかに確実に始末しろ』と言われているからな…今日中には終わらせる」
 「そりゃあ、ご愁傷様だな。どんな能力だろうと、リゾット相手ならコイツは確実に仕舞いだな」
 「じゃあ、任務も報酬もリゾットに任せるぜ。標的はまだ組織の支配地区にいる」

 一方的に面倒事を押し付けているようにも見えたが、これも信頼あってこそのやり取りなのだろう。不満があれば前日のオリガの時のように猛反対するだろうし、成功を確信する言い方もしないはずだ。組織への忠誠はなくても、チーム内の信頼は厚いと知って少しほっとした。
 メローネから情報を受け取ったリゾットは、ほんの少し書類を見ただけで小脇に仕舞った。

 「いいだろう。ではオリガ、お前もこの任務に同行しろ」
 「……え? わ、私ですか!?」

 他人事のように聞いていたので、不意に名前を呼ばれて、思わずメンバー全員の顔を見渡してしまった。彼等も思いがけない展開に面食らっていたが、リゾットは無表情で「そうだ」と一言答えた。束の間思い返してみても、なぜこの話の流れで同行指示が来たのか全く理解出来ない。
 この指示に真っ先に口を挟んだのは、やはりプロシュートだった。

 「おいちょっと待て、今回はお前が殺るんだろ? だったらオリガは関係ねーだろ」
 「この任務はオリガが組織の内情を知るには良い機会だ。そして、暗殺対象もスタンド使いだ…良い経験になるだろう」
 「これも勉強のため≠ニ言いたいみてーだが、キレたスタンド使いを相手にさせるのはまだ早いぜ。それとも何か? 俺に任せるのは不安になったか?」
 「誰も『オリガに殺らせる』とは言っていないし、リーダーとしてオリガの挙動を把握しておきたいだけだ。ただ同行させるだけだ…巻き込むような事はしない」
 「本当に『巻き込まない』と言い切れるのか? 相手のスタンド能力もわからねーんだぜ? もしミスったらどうするつもりだ?」
 「相手がどんな能力だろうと、俺はそんなヘマはしない…保証する」

 リゾットの毅然とした態度に、プロシュートは返す言葉を失って、不機嫌極まりない険相と舌打ちで承諾した。各々リーダーと世話役としての責任とやり方があるから意見が割れるのだろうけれど、自分の事で度々言い合いになるのを見るのは肝が冷える。
 しかし、リゾット直々に暗殺の手本を見せてくれるとなれは、任務の同行を断る理由などなく、オリガは快く頷いた。

 「ぜひご指南のほど、よろしくお願いします!」
 「いいだろう…では早速向かうぞ、時間が惜しい」

 そう言うと、リゾットは颯爽と部屋を出て行ったので、オリガも意気揚々と後に続いた。そんな上機嫌なオリガの様子をメンバーは怪訝な顔で見ていたが、『またリーダーと行動出来る』その喜びは抑え切れなかった。


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