杜王町での一件を終えて数ヵ月後、承太郎は祖父・ジョセフに誘われ、急遽イタリアへ向かう事になった。
あれ以来、痴呆が回復して元気を取り戻したのは喜ばしい事なのだが、こちらの都合も考えずに呼び出されるのは迷惑な話だ。この上さらに『仗助を連れて行きたい』とまで言い出したが、承太郎が付き合う事で何とか説得できた。
迷惑とはいっても、年老いた祖父を邪険に扱う訳にもいかない。これでも祖父の事は大切に思っているつもりだ。しかし、散々駄々をこねたから付き添ったというのに、何の用件だかはっきり告げられず、承太郎はただジョセフのお守り役として同行しているだけであった。
これではただの観光ではないのか。
本当に自分が付き合う必要があるのか。
代わりの者では駄目なのか──と、疑問に感じながら、趣きある街並みを眺めながら歩いていた。
ジョセフは、その軒先の花屋で季節外れの向日葵の花を買い、それを承太郎に持たせて再び街を歩き出した。何も言わないジョセフに承太郎は次第に腹が立って来た。
「おい、じじい。一体何しにイタリアに来たんだ?いい加減教えろ、俺だって都合を合わせて来てやってるんだぜ」
「すまんのぉ、実は墓参りなんじゃ」
「墓参り?こんな所に親戚がいるのか」
「いやぁ、わしの親友じゃよ。若い頃に苦楽を共にした大親友が、ここに眠っておるんじゃ」
「親友?」
確かに昔、そんな話を聞いた事があったが、特に祖父の過去に興味もなかったのでうろ覚えだ。
しかし、ジョセフの親友の墓参りになぜ自分や仗助まで連れて行こうとしたのか。途中で買った向日葵の花といい、やはりまだ呆けているのだろう、と承太郎はやれやれと溜め息をついた。
街頭から小道に入り、さらに歩いて行くと、その先に小さな墓地が見えた。敷地内にぽつりと建つ古びた教会の周りには、小さな墓石が点々と散らばっている。殺風景で人気がなく、お世辞にも環境の良い墓地とは言えない。
ただ、墓地に入ったジョセフは、今までの覚束ない足取りが嘘のように、一直線に一つの墓石へと歩み寄った。その墓石は他のものより遥かに古かったが、周辺の雑草は刈り取られ、綺麗に整備されていた。
「久し振りじゃな、シーザー」
ジョセフは墓石の前にしゃがみ込んで、穏やかな声で話し掛けた。
「今日はお前に報告に来たんじゃ。ここにおるのが、前に言っておったわしの孫じゃ。息子の仗助は連れて来れんかったが、元気で生意気なガキだったぞ」
ジョセフは承太郎から花束を受け取って墓石に添えると、困惑している承太郎に静かに言った。
「何も説明せんですまんかったな、承太郎。ここに眠っているのは親友のシーザーだ。もう60年も前になるかのぅ、共に波紋の修業をし、敵と戦って散って行った大切な仲間じゃ。時々、こうして見に来るんじゃよ。この向日葵はシーザーが好きだった花なんじゃ」
60年前の墓が未だに健在なのも、ジョセフが念入りに手入れしていたおかげなのだろう。最も、老いた今ではSPW財団の人間が代わりにやっているのだろうが。
「わしは彼に一つ誓った事があってな。いや、わしが勝手に誓っただけなんだが、シーザーの分も長生きして、明るい家庭を築いて幸せになってやろうと、代わりに叶えてやろうと思ってたんじゃ。今回は仗助とも会えたし、そろそろ頃合いと思ってな。本当は全員揃って行きたかったが、さすがにそこまで我儘は言えんからのぅ」
ようやく承太郎は理解した。ジョセフは自分の息子や孫を亡き親友に見せたかったのか──。
──それならそうと、最初に言っておけ。
事前に事情を知っていれば、それなりの事はしてやれたかもしれないのに。承太郎は長い溜め息をついた。
ジョセフは墓石に向かうと、再び目の前の親友に語り掛けた。
「どうじゃ、シーザー。お前が夢見ていた幸せがここにあるぞ。口は悪いが、わしの事を大切にしてくれる家族がおる。この幸せも、お前がくれたものじゃ。ありがとう、シーザー」
愛惜しみながら墓石を幾度か撫でると、ジョセフはスッと立ち上がった。
「おい、もういいのか?」
「あぁ、報告は終わりじゃ。それに、ちと寒くなって来たしな。この老体には堪えるのぅ。帰りにピッツァでも食べるか、承太郎」
「総入れ歯のじじいには無理だ、やめておけ。帰りの飛行機で体調を崩されても困るしな」
「…お前は相変わらずじゃの〜」
そう言って、ジョセフは笑いながら墓地を後にした。
その後ろで、承太郎はふと向日葵の花が添えられた墓石に視線を送った。
共に戦い、散った仲間は自分にもいる。いつか自分も、仲間に堂々と報告できるような人生を歩んでみせよう。
──それまで待ってろよな、花京院。
了
※あとがき
イタリアに『向日葵』が出た時点で目的わかる。
誓った時の若ジョセフとシーザーの話もいつか書いてみたい。
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