『君は君のままで』

※ジョナサン視点

 授業終了のベルが鳴り、教室から一斉に生徒が駆け出して行く。部活に励む者、友人と遊びに行く者、その生徒らの表情はどれも明るい。
 その一方で、僕は教室のドアの陰からこっそり顔を覗かせていた。
 挙動不審に辺りを警戒し、こそこそと廊下を歩いてはまた物陰に隠れるといった行動を繰り返す。その視線の先にはディオがいて、友人らに囲まれて談笑しながら廊下を歩くディオを僕は情けない事に尾行していた。

 ──僕と競争しよう。

 あんな事を言ったはいいけれど、実際には競争にすらなっていなかった。
 ディオは毎回テストで100点を取るし、スポーツにしても運動神経抜群であるから、学校中でいつも注目の的だった。女の子はもちろんの事、先生もクラスメイトも彼に夢中だ。
 一方、僕はテストで悪い点数を取って父さんに怒られるし、焦りからスポーツでも思うようなプレイができず、最近では同級生から別の意味での注目を浴びてしまっている。

 ──ディオと比べれば当然だろうな。

 彼にはそれだけの魅力と才能がある。僕もそれを知った上でディオに憧れ、そうなりたいと思って競争を申し立てた以上、簡単には引き下がれない。でも、ディオが活躍すると気持ちが焦ってしまい、焦れば焦るほど失敗ばかりしてしまう。
 やっぱり無謀だった、駄目だったなんてディオに言ったら、「所詮その程度か」と失望されるだろう。せっかく和解して関係を深められたのに、それだけは避けたい──。
 そこで僕が思い立ったのが“ディオの観察”だった。自分でも情けないと感じたけれど、少しでもディオに近付くためのヒントを得たくて必死だったんだ。
 改めてディオを見ていると、彼がどれだけ魅力的な人間なのかよくわかる。
 ディオは知識が豊富だから、興味深く面白い話を色々と聞かせてくれる。だから同級生達は彼の話を聞きたくて集まるんだ。
 スポーツができるのも、知識があるからだと思う。昔、僕はボクシングで散々負かされた事があったけれど、それはディオが新しいテクニックを知っていたからだと、誰かが話していたのを聞いた事がある。

 ──やっぱり頭が良くないと駄目なのかな。

 でも、父さんに何度勉強を教えてもらっても間違える僕には、新しい知識など覚えられる自信がない。
 さらにディオは女の子から人気があって、正直なところこれが一番堪えた。陰では必ずディオの噂をしているし、ディオ宛てのラブレターを恥ずかしいから代わりに渡してくれと頼まれた事もある。
 それも当然だと思う。綺麗な黄金色の髪、色白な肌、切れ長な目元に凛々しい顔付き。それに頭が良くてスポーツ万能、会話上手ときたら女の子だって夢中になる。

 ──それに比べて僕は。

 堪えた理由は、エリナの事があったからだ。僕が妙な勘違いをしたせいでエリナを避けてしまい、ついに疎遠になってしまった。エリナはあれから医者である父の都合でインドに行ってしまったから、ろくに謝る事もできなかった。
 僕がもう少し女の子の気持ちを理解してあげる事ができれば、エリナを傷付ける事だってなかったのに──。比べれば比べるほど、惨めになるばかりだ。
 ディオのようになるなんて、ただの夢想に過ぎないのかもしれない。改めて無謀な挑戦だったと思う。きっとディオも、「競争しよう」と言い出した僕を嘲笑っていたに違いない──そう考えると余計に気が沈んだ。

 僕は途中でディオの背中を追うのを止めて、一人裏口からとぼとぼと校舎を後にした。
 すると、裏口を出た先にディオが一人立っていた。てっきり友人らと帰ったと思っていたから、僕は驚いてその場に硬直してしまった。

 「おいジョジョ、兄弟を置いて行くなんて一体どういう了見だい?一緒に帰ろう」
 「う、うん…」

 家路を行く間、僕らは無言だった。颯爽と先を行くディオにどう声を掛けるべきか、僕は迷っていた。
 正直、もう競争なんてやめたかった。自分の駄目な箇所に目が行くばかりで、返って自信がなくなっていくからだ。
 チラチラと視線を送っていると、前を歩いていたディオが急に振り返った。

 「なぁ、ジョジョ。この前から言おうと思っていたんだが、ずっと僕の周りでこそこそしてるのは一体なんの真似だい?」
 「し、知っていたのかい?」
 「当然だろ、あんなにわかりやすい尾行はないぞ。そもそも君が兄弟だと言ったんだぞ?兄弟相手にストーカーなんかして、何か意味があるのかい?」
 「そ、それは…その」
 「兄弟なら普通、隠し事はしないだろう?」

 ディオに鋭い眼光で言い寄られて、僕はついに観念した。

 もう競争はやめたいんだ──。
 僕は何をやってもうまくいかない──。
 勉強でもスポーツでも、ディオみたいにできないよ──。
 君と比べるほどに、自分が惨めになって来るんだ──。

 一通り話し終えると、ディオは無表情で僕を眺めていた。その視線は突き刺さるように痛い。

 「…僕の事、見損なったかい?」

 恐る恐る聞くと、ディオは呆れたように深い溜め息をついた。

 「別に。最初から無理だと思っていたよ」
 「…だよね」

 僕はがっくりと肩を落とした。わかってはいたけれど、はっきり言われるとやっぱり堪える。

 「しかし、僕にはわからないな。君は僕みたいになりたいから競争すると言ったが、それは僕の真似をするという意味だったのかい?」
 「…できる事なら真似したかったさ。でも…できないと思った」
 「当たり前だろ。はっきり言うが、そんな努力は無駄なんだよ。だいたい、君と僕はまるっきり対称的じゃないか。君は普段からボサッとしてるし、良い事があるとすぐ浮かれて、その癖に一度落ち込むとグズグズと引きずる。それに嫌な事も頼まれると断れない、究極のお人好しだ。そんな君がどうして僕の真似ができるんだ?」
 「…うん、無理だね…」

 どれも的確に言い当てているので反論もできない。ディオを見ていられなくなった僕は、さらに深く肩を落として彼から視線を逸らした。

 「いいか、ジョジョ。所詮、人真似なんてできやしないんだ。それができれば誰も苦労しない。どうあっても君は君でしかない、他人にはなれないんだよ。そもそも競争ってのは相手を真似る事じゃあないんだぜ?そいつを越えるためのものなんだよ。どちらが上か勝負を決めて見極める事なんだよ。そんな事もわからないマヌケだとは思わなかったな。正直、僕はがっかりしたよ」

 そう言ってディオはぷいっと背を向けて去ってしまった。
 僕はディオの言葉にショックを受けた。確かにディオの言う通りだ。彼が言う事はいつも正しい。
 ディオが望んでいた『競争』は、自分の姿勢を崩さずに、もっと刺激的な方法で、正々堂々とお互いを高め合うものだったのだろう。だから、ディオからしてみれば期待を裏切られたようなものだ。僕と競争していたつもりはこれっぽっちもなかっただろう。だって僕は、ディオの言うような競争を何一つ実行していないのだから。
 するとディオは急に足を止めて、僕に向かって叫んだ。

 「君は昔、エリナの事で僕に殴り掛かって来た事があっただろう。あの時見せた爆発力は一体なんだったんだ?ただの偶然か?偶然で僕は君に負けたのか?だとしたら、本当にがっかりだなッ!」

 その言葉は、まるで僕を叱咤しているようだった。はっと顔を上げた頃には、ディオはすでに背を向けて足早に歩き出していた。
 おそらくディオは僕を励ますつもりなど全くなかったんだと思う。本当に苛立っていたんだ。自分を負かした男に対して、挑戦状を叩き付けたつもりだったんだ。だけど、僕はその言葉にとても励まされた。

 ──君の実力は僕が一番知っているんだ。だから、君は君のままでいいんだよ。

 少なくとも僕には、ディオがそう言ってくれたように聞こえたんだ。おかげで僕は、自信を持って正々堂々とディオに立ち向かって行く覚悟ができたんだ。

 「待ってよ、ディオ。早速家まで競争しないか?先に着いた方に金貨一枚を賭けるよ」
 「やっとやる気になったか、ジョジョ。手加減しないからな」



※あとがき
とりあえず競争の完結という事で。かなり強引な終わり方だったけど。
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