第六話








やっと身体が動かせるようになった俺は、先程食料調達をしにトロピウスのバナナを穫りに行ったNの帰りを秘密基地で待っていた。


レシラムのふわふわする胸毛を手で解かしてやりながら、言葉は通じないが会話をする。


「レシラム、もしお前が人間とのハーフだったらどう生きていると思う?」


「萌え」


レシラムは目で悲しさを訴えてきた。
はっきりとは断言出来ないが、レシラムも「辛い道を辿ることになる」とでも言っているのだろう。

神様は不公平なことをするものなんだな、と自答する。



どうすればNは幸せになるだろう?


どうすればNは普通の生活ができる?


どうすればNは差別されずにすむ?


その考えが頭の中をぐるぐると渦巻いて一向に消えない。
そんな時、

ドオオオオンッ!!という音が部屋の外から響いた。
その後、爆風が基地内にまで入り込み、床の砂塵が舞い上がる。


「な、なんだ!?」

砂塵が目に入り込まないよう、目を瞑る。



「萌えッ!」とレシラムが何かに気が付き、俺の背中をぐいぐいと鼻で押した。
その方向は、基地の出入り口。

「うおッ」っと抗えない程に強く押され、ついには外に出てしまった。そのままレシラムは鼻でグイッと俺を持ち上げて頭に乗せた。

「レシラム!?どうしたんだッ!?」

「萌ええッ!!」
レシラムは一大事と言わんばかりの緊迫した表情で一度、空へ舞う。
そしてその白い翼で青々と茂る草を切れるほどの低空飛行で宙を駆けた。


一体何があったというのだろう?
そう言えばまだ帰って来ていないNは無事なのだろうか?


遠くから鳴り響いた爆音、
まるで大きい力が地に激突したのではないかと思える程の爆風。

帰って来ないN。






…………………まさか。




「萌えええ――――――ッ!!」

俺の肉眼では捉えきれない程に速いスピードでレシラムは白い何かを足で捕らえた。


その白い何かはレシラムの足元で「ギュエッ!?」と悲鳴をあげて動いた。此処からでは何なのかよく分からない。
レシラムは急上昇した後、その白い何かを突き落とし、炎を吐いた!

「ギャンッ」というポケモンの鳴き声を聴いた。
その鳴き声はレシラムの炎によってかき消される。





「ん?」

轟々と燃える炎のそばにうずくまっている人影が見えた。
よく見ればそれは、何本かのバナナを両腕に抱えて倒れ、腹部から夥しい程の血が流れているNの姿だった。



「N――――――ッ!!」



俺は飛んでいるにも関わらず、レシラムから飛び降り、草原に着地した。

顔が真っ青だ。
これは早く治療しなければ命に関わる。
そして目蓋は堅く閉ざされている。



「N、N!俺だ!ブラックだ!お願いだ!目を開けてくれっ」



タブンネを出して癒やしの波動をかけるが、血が塞がらない。
俺はバッグからシャツを取り出して引き裂き、それを腹部に巻いた。
しかし血はシャツに滲み出るだけでなんの意味も無かった。



『裏切り者よ、報いを受けて死ね』

背後の草むらからアブソルが一匹、此方を見て笑った。

そうか、あの白い何かはアブソルだったのだ。
証拠にそのアブソルの腹部にくっきりとレシラムの爪の跡が残っていた。


それよりも、夢でも見ているのだろうか、アブソルが人の言葉を話していた。
だがそんなの今の俺には関係ない。


「Nッ!N!」




必死になって彼の名前を呼ぶ。それでもNは動かない。
この身を絶望という圧力で押しつぶされそうになる。

「Nぅ…ッ」


こんな死に方、あんまりじゃないか!






『我が破壊光線を直接受けて生き残れた者などおらぬ。
ソイツは我らが責任を持ち、最期まで見届けてやろう。去ね、人間』


アブソルがククッと笑う。

俺はくるりと背後を向き、お前がやったのか、と問う。愚問だな、とアブソルの声。


それを聞いたレシラムは怒り狂ってアブソルを再び鷲掴みにし、空へ飛んでいった。




「ミュウウ…ッ」

汗を垂らして癒やしの波動をかけるタブンネの頭にソッと手を置く。
「ミュウ…?」と不思議そうに俺の顔を見た。
俺はもう良いよ、と囁く。


タブンネは俺の言葉を理解したのか、胸に飛び込んで泣きじゃくる。



何回治療をしても傷は塞がらない。
湯水の如く溢れ出る彼の血を見て泣いた。

人間の病院も、
ポケモンセンターも此処からでは遠すぎて間に合わない。

そもそも、人間はNを受け入れてくれない。




「ああああああッ!!!」


滅多に泣かない俺が吼えて泣く。

何がチャンピオンだ、何がポケモンマスターだ。


俺はなにも出来ない只の弱者じゃないか!



もう、諦めるしか、無いのか?


そうNに問うように、彼の冷たい頬を撫でた。


すると、
「んッ…」というNの苦しげな声が聞こえる。



「Nッ!気がついたのか!?Nッ!!」
すかさず俺は名前を呼んだ。


「う"…」

「N…?」




瞬間、開いたNの虚ろな瞳が妖しく光った。















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