[乾燥]

冬になればなるほど乾燥しやすくなる。
世間ではやれボディーオイルを塗れだの、水分をこまめに摂れだのと話題でもちきりだ。
そして、この時期にいつも地味な痛みに舌打ちをしながらイライラとしている男が一人。
土方も乾燥による手荒れに悩んでいた。
事務処理をしていても、タバコを吸うために愛用しているライターを探していても、荒れに荒れて赤くなった指先はささいなことでピリリと痛みを発した。
土方は、痛みを発するたびに自身の指先を見ながら舌打ちをするのを日課にしていった。
それを見兼ねた近藤は、自分が愛用していたハンドクリームを土方に渡した。

「ハンドクリーム?」
「そ。手先が荒れてるとどうも調子がでんだろう?これを真珠大くらい出して、手に塗り込むんだよ」

近藤は手本にと、自身の手にハンドクリームを塗り込んだ。
手によって伸びるクリームを見て、ベタベタになるのではないのかと、土方は微妙な視線を近藤に向けた。
しかし近藤は清々しいほどにニカッと笑い、ほれ!と、土方の手にハンドクリームを塗り込んだ自身の手を触れさせた。
土方はほう、とハンドクリームの性能に頷いた。
手触りはさらさらで、これなら事務処理をしていても紙が手にくっついてベタベタしないだろうと、少し興味を持った。

「しかし近藤さん。なんでハンドクリームなんてぇもんを持ってんですかぃ?」
「おお、よくぞ聞いてくれた!それはだね、総悟くん。いつかお妙さんと手を繋いだ時のためにだな」
「…」

近藤の妄想話は長い。
土方は近藤の妄想話を聞き流し、手渡されたハンドクリームをまじまじと見つめた。
妄想話に花やらハートを散らす近藤に、ちゃちゃを入れながら毒を吐く沖田に目もくれず、試しにハンドクリームを手に塗ってみた。
土方はその感触に、無意識に唇をきゅっと閉じた。



それから数日後。

土方は仕事で歌舞伎町の巡回をしていた。
いつも二人一組となって巡回をするのだが、生憎この日は毎日サボってばかりいる沖田とペアになってしまった。
巡回を開始して数十分も経たないうちに、当然、沖田は土方の目を盗んでそそくさと何処かへサボりに行ってしまった。
土方は途方に暮れた。
毎度のこととはいえ、毎回こんな調子では仕事だからと真剣になって一人で巡回するのもバカらしく思えてくる。
土方は休憩だ、これは休憩だと鈍痛がするこめかみを軽く押さえながら、調度目の前にあった団子屋の長椅子に腰をかけた。
団子屋の娘にみたらしと茶を頼み、一服しようとタバコを取り出した。
すると、土方が座る長椅子の反対側に座っていたらしい人間が、土方の存在を確認すると、どかりと土方の隣に座り直してきた。
土方はその人間を見て、眉間のシワを増やした。

「天下の副長さんが団子屋で堂々とサボりですかぁ〜?いい御身分だこって。税金返せやコノヤロー」
「ああ?ぬかせ。これぁ休憩だ。それに税金払ってねぇ奴に返せ言われてもな。住民税くらい支払えやクソニートが」
「やだ!なにこのヒト。ヒトの家庭事情を知っているなんて。もしかして職権乱用してまで俺の…」
「アホか!職権乱用してまでテメェになんざ興味ねぇつーか、テメェの家庭事情なんざ調べなくてもみりゃ誰だってわかるだろうが」

土方に対して、こうも言い合うのは、歌舞伎町で有名な坂田銀時である。
土方を見るなり嫌そうな顔をしつつ、なにかとちょっかいをかける坂田は、土方にしてみれば関わりたくはない人物ワースト3位内に入る。
土方は更に痛み出したこめかみを気づかぬふりをして、ライターを探した。

「っ!」
「?」

しかし、土方はライターを見つける前に自身の指先を忌ま忌ましく見つめた。
数日前は丹念にハンドクリームを塗っていたが、仕事(主に上司と部下の書類の整理)のせいでなかなか塗る時間が取れずサボってしまっていた。
そのため、以前よりは大分痛みはマシなものの、徐々にイライラが増して行くのを土方は感じた。
生憎、ハンドクリームは部屋に置いてきてしまった土方は、ライターを探すのは諦め指先を弄りながらため息をついた。
そんな土方を見ていた坂田は、なにやら着流しの袖に手を突っ込んでゴソゴソとあさりだした。

「じゃじゃーん」
「あ?」
「土方くんが探しているのはもしかしてコレかな?」

坂田は得意げに手に持つものを土方に見せた。
それは、土方が近藤から貰ったものとは違う、ハンドクリームだった。
土方は一瞬、片眉をピクリとさせたがハンドクリームから目を逸らした。

「お茶とお団子、お持ちしました」
「ああ」
「んだよ、興味ねぇフリすんなって。本当は欲しいって目ェしてんのバレバレだから」
「寝言は寝て言えやクルクルパーが」
「誰がパーだコラ!!へー。ふーん。いいのかなぁ、そんな指ガサガサにしたままで。もし今、敵に襲われたら大変なのはオメーだからね。知らないからね銀さん」

坂田は茶を啜る土方の横でハンドクリームを持て余してから、これみよがしにハンドクリームを自身の手に塗り手繰った。
ヌルヌルと音がしそうなほどにクリームをぬりたぐる坂田を横目に見て、土方は塗りすぎだろと思わず内心ツッコミを入れていた。

「うぇ、塗りすぎた」
「は。普段塗り慣れてねぇヤツがカッコつけるからだろうが」

そういう土方も、ハンドクリームを塗り始めて数日経つが、自分を棚に上げて坂田を鼻で笑った。
土方もハンドクリームの適量がわからず多く手に取ってしまった時、近藤に「そういう時は相手の手にわけてやるのさ」といって、土方の手からクリームを掬い取って、当然のように自分の手に塗っていた。
それから土方は、ハンドクリームを出しすぎた時、山崎や鉄にわけていた。
山崎や鉄は酷く戸惑ったが、土方は当たり前のことだと近藤の教えによって認識してしまっていたのだ。

「しゃーねぇな」
「な、」

土方は坂田の手を掴んでヌメるクリームを自分の手に移すように塗り込んだ。
坂田は思わず硬直し、土方の手、黒い髪、長い睫毛に透き通るような白い肌、それらを無意識に眺め、ほんの数秒の間だったのにも関わらず、坂田にとっては長い間土方の手の温もりを感じていた。
坂田は、ストンと、自分の胸に何かが落ちた音を聞いた。

「ま、これで塗りすぎには注意するこった」

土方はマヨを乗せた団子を平らげ、火を付けていないタバコを口に加えて団子屋を立ち去った。
坂田は唖然と、土方の立ち去る後ろ姿を見つめ、徐々に口元をニヤケ始めた。

「なんつー、恥ずかしいやつ」



土方は徐にポケットをあさり、ライターを見つけ出してはおもいっきりタバコを吸った。
満足気にタバコを吸う土方は、ふと、スベスベになった指先を見た。
やっぱりまだハンドクリームは手放せないと、土方は手をポケットに突っ込み、巡回を再開したのだった。





END.


prev next
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -