▼ 01 Three month
おかしい。
ソファに深く座り込んだドラコ・マルフォイは腕を組み、自宅に飾られたクリスマスツリーを見て眉を寄せた。
毎年レディーとプルートが気合いを入れて飾っているが、今年はレディーは何もしなかった。最近すぐに体調を崩すようになったし、仕事をさせてくれと言っていた口は塞がり、昼間寝てばかりいる。挙句、起きたら起きたで炭水化物を口にせず、オレンジやグレープフルーツをバクバク食べている。
自分からすれば、一緒にいられればどんな姿であろうと、構わない。何もしなくてもいい。ただ、レディーが自分らしさをなくし、具合が悪く、苦しい思いをするのは嫌だった。
大丈夫かと肩を抱けば、「何でもないのよ」の一点張り。なんでもない訳ないだろう。医者へ連れていくと言えば反抗され、1度喧嘩にもなった。
「ド、ドラコ様ー!!!」
屋敷しもべのプルートがわたわた走りながらリビングのドアを開けた。ソファに腰掛けるドラコの所までダッシュで来るとぜぇぜぇ息を切らせている。そんなに急ぎの用があるなら姿現しをすれば良いものを。家の中でも使えるはずだ。
それを忘れるほど急ぎの用事らしかった。
「なんだ一体騒々しい」
「お、お、お、お、奥様が」
「レディーに何かあったのか!?」
「奥様が倒れました…!!!!」
_____
「3ヶ月です。おめでとうございます」
「3ヶ月…」
「…」
プルートに叫ばれ大急ぎでレディーの部屋へ行くと、レディーは床で倒れていた。肩を抱きとめ近くの魔法使い専門の総合病院へ運ぶと、産婦人科へ案内され、瓶底メガネの女医からエコーの写真を渡された。ウィーズリー家の母親のような見た目だ。
室内では魔法で問診票やら、カルテやらが飛び交っている。
ドラコは怪訝な目で医者を見た。
「じゃあ酸っぱいものばかり食べて吐き気に襲われてたのも」
「妊娠初期の症状ですね」
「倒れたのは貧血で…」
「お腹の赤ちゃんに鉄分を取られるから貧血になる妊婦さんが多いんですよ」
「レディー」そう言いながらドラコがレディーの肩を抱くと、レディーはお腹を抱きしめたまま顔を上げなかった。
女医は、今後は定期検診に来てください。
産む気がなければすぐに言ってくださいね。
そう強調して次の患者を呼んでいた。ー
帰りの車の中で、レディーは一言も言葉を発さなかったし、僕も何も言わなかった。
レディーの思っていることは、何となく、分かっていたからだ。
___
屋敷に着いて、まずレディーをソファへ座らせた。プルートは2人に紅茶を運んで来たが、体によくないカフェイン抜きなので!と焦りながら出ていってしまった。
少し沈黙があったあと、僕はレディーの隣に腰を下ろした。泣いたのだ。あのレディーが。ぽたぽたと拳に涙を零している。
「どうしたレディー…」
体をゆっくり抱きしめてやる。
震える体は、少し痩せた気がする。毎日一緒に寝て、毎日抱きしめているが、何だか今日は、彼女がいつもより小さく感じた。
「ほ、ほんとは…わかってたの。妊娠したって…でも私…」
「あぁ」
「怖くて…私、言えなかったの。愛を知らないわ…教育の本を読めば読むほど、怖くてたまらないの」
レディーはスターシップの家に遊びに行き、絵本を持ち帰ってきてから毎晩のように児童書や教育書を読み漁っていた。自分の幼少期のような苦しい思いをする子どもが減るように。愛を与えられるように。
でも怖くなってしまった。親になるのは、簡単なことばかりではない。命を宿すのだ。まるで闇の帝王に会心術を使われたように、レディーの頭の中は昔虐待された時のことでいっぱいだ。
どんなに今、親子の仲が良くなろうとも、どんなに今幸せでも、過去の辛い思い出が蘇り、センチメンタルになり、ホルモンバランスが崩れ不安になって自信をなくしてしまう。それが妊娠というものだった。
「ドラコ…ごめんね言わなくて…」
「レディー」
止まらない涙と共に、何度も謝ろうとするレディーに、ドラコはキスを落とした。優しく、頭を撫でて、大丈夫。ここにいるよと教えるように。
「怖かったんだな。僕こそすまない。気づいてやれなかったんだ。情けないよ」
「そんな事ない!私が悪いのよドラコは心配してくれていたのに…!」
ドラコの胸を押し、胸から顔を離すと、レディーは驚愕した。ドラコの頬に涙が伝っていたのだ。青白い肌にキラリと光る涙が、1つ、また1つと落ちていく。
「レディー、僕は、僕は幸せなんだ」
「ドラコ…」
「レディーの中に、僕たちの子どもがいるんだぞ…僕はずっと…、願って…っ、ありがとうレディー…」
ボロボロ泣くドラコが、またレディーを抱きしめた。お腹の子を気遣うように、優しくふわりと。膝にレディーを乗せ、レディーの肩に顔を埋めた。
「私…産んでもいいの?」
「当たり前だろ…死んでもレディーとその子を守るさ」
「子育て失敗しちゃったら…?」
「子育ては失敗しながら一緒に成長すればいいんだ」
「どうしよう…」
「他に何が心配なんだ」
こんなに幸せなことってあってもいいの?
「いいに決まってるだろ」
ドラコが立ち上がり、レディーを持ち上げた。クリスマスツリーの前で、暖炉が暖かく燃える部屋で、2人は幸せそうに笑った。
プルートは部屋のドアからそっと覗いて、レディーとドラコが微笑む姿を見て少し泣いた。
(みんなに知らせなきゃね)
prev / next