「本当に俺でいいの?」
「あなたがいいのよ」
ぎゅっと握った人の腕、それはランドールの腕だった。バージンロードを一緒に歩いてくれる父親は他界しているし、義理の父に頼めるほど仲良くもない。この役にランドールを勧めたのは他でもないドラコだった。右上を見上げると、口をつむぎ背筋を伸ばすランドールの姿。
「あー緊張するな」
そう言いながらもう一度ネクタイをキュッと閉めた。それ以上絞めたら苦しいわよなんて思いながら、黙ってそれを直す。
「気張らなくていいのよ」
「レディーは緊張しないの?」
するに決まってるじゃないと、ランドールに微笑えんだ。ここの扉が開けば、そこには神父様がいて、誓いの言葉を交わし、指輪を受け取る。
何万何千という人達がやってきたこと。ずっと、願ってきたことだ。
「開けますよ」
「「はい」」
魔法の力で動く扉、それは観音開きのように開くものではない。木で出来ていた扉はプランナーが杖を振ったことで花びらへと変わり、天井へと飛んでいく。
一歩足を踏み込み、自然と思い出されたのは四年生の時のダンスパーティーだ。あの時私はウエディングドレスでパーティーに参加し、ドレスを引きちぎってドラコと踊ったのだ。今思えばはちゃめちゃな行動だったと思うが、後悔はしていない。
ゆっくりゆっくりと前に進む。歩くたびに花びらが舞い上がり、純白のドレスに色をつけた。
口角を上げて微笑むドラコに、暖かい気持ちになる。
ランドールが私の手を取ってドラコに差し出した。父親ではない。親族でもない。でも私たちの親友。大好きな友達。大役を務めてくれてありがとう。本当だったらルーファスの役だったのかもしれない。だからこそランドールがやることに意味がある。ランドールの中にはルーファスの魂が流れている。ヴァージンロードをランドールと歩くことには、重大な意味があったのだ。
「ありがとう…ランドール」
少し涙ぐんで、そっと頭を下げたランドールは、オルガの隣へと座る。オルガなんてもう泣いてしまっていて、化粧が流れてしまっていて最高にクールだ。もう泣かないでよなんて思いながらも、自分もうるっときてしまってすかさず前を向いた。
「前に」
神父様が両手を差し出し、私の前に来なさいと合図をした。ダンブルドア先生に少し似ている気がする。白いヒゲで、協会の服がとても似合う神父様。優しさに見守られ、私とドラコは一歩前に足を出した。
「新郎ドラコは、ここにいるレディーを健やかなる時も、病める時も豊かな時も、貧しき時も、あなたを愛し、あなたをなぐさめ、死が2人を別つまで、真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
「新婦レディーは、ここにいるドラコを健やかなる時も、病める時も豊かな時も、貧しき時も、あなたを愛し、あなたをなぐさめ、死が2人を別つまで、真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
ズビズビと聞こえるのは、後ろにいるルシウスやナルシッサ、ランドールにオルガその他諸々の鼻水を啜る音だろう。そんなに泣いたら集合写真撮れないじゃないと、心の中でレディーはクスリと笑った。
「指輪の交換を」
ドラコと向かい合う。幸せそうな顔。ずっと待ちわびたこの時間。私は天文台で彼に「人生をくれないか」と言った時のことを思い出していた。
空の青さが、ドラコの瞳を一層綺麗に見せながら、私をいとも簡単に攫ってしまった。今こうして彼が私の手を取り、左手の薬指に指輪をはめる。
「ドラコ…」
新婦にも聞こえるかどうか、小さな声でレディーはドラコにそっと呟いた。ありがとう、と。そんな言葉に彼は笑い。こちらこそと指輪がはめられた瞬間レディーを抱きしめていた。
微笑む新婦に、涙する参列者。ヴェールを上げるドラコ。
レディーはボロボロと泣いていた。ステンドグラスからは光が漏れて、そんな涙を照らしていた。
「泣くなよ」
「…止まらないの。」
バカだなぁ、これからもずっと一緒にいるのに。と、ドラコは笑いながら私に誓いのキスをした。
___
「ドラコおじさんとレディーちゃんチューしたねママ」
そうね、幸せになる人は、みんなするのよ。と、笑みを浮かべるのはアシュレイだ。ルーファスとの間に生まれた子どもの手を繋いで、レディーとドラコが歩くのを見ている。
「ママもパパとした?」
「ええ」
「そっか!よかった!」
満足そうに笑う子に、アシュレイは微笑んだ。ルーファスと今会うことは不可能だ。でも、もしも家族が天国で再開した時は、2人からキスをこの子に贈ろうと、子どもを抱きしめてそう思った。
___
式が終わり外に出ると、参列者に魔法を掛けられた。正確には魔法の呪文ではないが、魔法よりも強烈に心に響く言葉だ。
「おめでとう!お幸せに」
ドラコが、隣で笑ってる。あのいけ好かなかったドラコが、喧嘩ばかりしていたドラコが、私の隣で笑ってる。
近づいたり、離れたりしたけど、いつも傍にいてくれた。愛を教えて、抱きしめてくれた。
失ったものは少なくないけど、私はこの風船が浮かぶ青空に誓うのだ。
「ずーーーっと愛してるわ!」
驚いて私を見ると、ドラコは私の体を抱いて、そんなのずっと知ってるさと、3年生の時のように、生意気な顔をして何度もキスの雨を振らせていた。
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