「なぁお前ドラコ・マルフォイだろ」
大広間へ食事へ行こうとランドールと歩いていると、突然上級生に声をかけられた。見たところ7年生。ネクタイは黄色なのでハッフルパフだ。髪の毛はチリチリ、そばかすだらけの顔だった。
「ハッフルパフの先輩が何のようかな」
高圧的な態度を取ると、ランドールは怖い怖いと言って怯える女子のモノマネをしている。レディー曰くぶりっ子のポーズだ。
「レディー・エジワールってお前の彼女だろう」
「そうだが何だ。早く大広間に行きたいんだがね」
「なんか、グリフィンドールの女子軍団に連行されて行ってたぞ、いいのか?」
思わずランドールと顔を見合わせた。レディーは僕と違い色んな寮のやつと仲がいいし、それを悪いと思ったことはない。グリフィンドールはやめてくれと一度言ったことがあるが大喧嘩になったのでそれからは言うのを控えている。(ハリーポッターだけは本当にやめてくれと言った)
「それくらいで声をかけるなバカバカしい」
僕がそう言って踵を返すと、ランドールは何気なく「いじめ?」と呟いた。ハッフルパフの7年生は呆れた様子で、お礼も言えないのかとぼやいていなくなっていたが、二人はその場から動かなかった。
まさか。あのレディーが?
しょっちゅうスネイプやフィルチをいじめている(本人は遊んでる)レディーがいじめ?とてもじゃないが考えられなかった。
「考えすぎだろ」
「ドラコ知らないのか?レディー、今噂立ってんだぜ」
「噂?何だそれは」
「レディーがグリフィンドールの男を独り占めしてるって」
??????
ランドールは飄々と話を進めていく。腹減ったと言い、大広間に向かって僕の袖を引っ張り、今日のお昼は何だろうなぁと気分良さげに鼻歌まで歌って。
「ちょっと待てランドール!昼食なんかとっていられるか!説明しろ!」
ランドールはえぇぇと顔をしわくちゃにして、行き場のない手をポケットに閉まった。ちょっと来いと行って中庭に連れていく。ほとんどの生徒が大広間で昼食をとっているから、中庭に生徒はいない。好都合だった。
ベンチに腰掛け、詰め寄るように、さぁ説明しろと言うと、腹減ったよぉと項垂れられ、僕の血管はキレる寸前だった。
「お前が言ったんだぞランドール説明しろ!!」
「分かったよ…先月グリフィンドールのクィディッチの練習があったんだけど」
___
先月のことー
クィディッチのグラウンドで、沢山の箒が目の前を飛び交っていく。明日はスリザリンとグリフィンドールの試合の日。アンブリッジがいなくなり、やっと自由を手に入れた生徒は、より一層練習に熱が入っていた。
あくまで練習なので、応援席に人は数人。いつもいるハーマイオニーや、ルーナ。それに暇で遊びに来ていたレディーとオルガだ。
「はぁいレディー元気だった?」
ルーナがレディーに声をかけ、オルガと顔を見合わせて隣に座ることにした。相変わらず独特なセンスの服を着ているが、それは常なので2人は何も気にしない。
「元気元気!ルーナは?」
「とっても元気だよ。今日はスリザリンの彼の練習じゃないのに、遊びにきたの?」
「そうなの。ドラコも自主練とかすればいいのにね。ランドールと珍しく図書室。雪が降るわよ」
「違うわよレディー、ランドールの課題が終わらないから強制的に連れていかれたのよ」
ふーんと、興味なさげにルーナが呟いた。今頃頭を沸騰させてランドールの課題を見ているだろうドラコを思い、ふっと笑ってしまった。
「あー!そうそう、あと今日はこれを持ってきたのよ」
レディーが手に持っていた布の袋から出されたのは、洋服だった。なんでもマグルの世界ではチアリーダーというものがいて、手にキラキラのポンポンを持って応援するのだとか。
スリザリンカラーにして作った服を、タラーっと言いながら掲げた。
「どう?可愛いでしょ?明日これで応援しようかと思ってね」
「絶対寒いわよ」
オルガが足を組んで手を口に当てながらボヤいた。目の前ではロンがブラッジャーに追いかけ回されて泣きながら逃げている。
「なになに?それ」
ハーマイオニーも興味津々に寄ってきて、着て見せてと盛り上がり始めた。こうなるとレディーを止められない。服に関してはオルガも人のことを言えないが、何にせよ外は寒い。今だってマフラーをしているくらいだ。チアリーダーの出来上がった服を見せてもらったが、肌面積が広い服で、とてもじゃないが今着れる気がしなかった。
調子に乗ったレディーは、忍者の如くあっという間に着替えてきて、応援席の1番上でどう?とポーズを決めている。
「寒くないの?」
ルーナの最初の感想だ。オルガも頷いた。ただ、服はとても可愛いのだ。マグルのチアリーダーの服をホグワーツ仕様にしているので、色合いもデザインも可愛かった。ただ無断使用なので寮の点数は馬鹿みたいに下げられるだろう。
「とっても可愛いわ!」
ハーマイオニーが拍手をすると、練習をしていた選手達の動きが止まり、レディーに釘付けになった。スラリと伸びた脚、ブロンドの髪、なんと言っても顔がすこぶる可愛いので、モテる要素は満タンだ。
彼女が男にモテないのはドラコ・マルフォイのガールフレンドだからなのだ。
しかし今、その彼はここにいない。可愛い姿は拝み放題。しかもチアリーダーの服。だらしない顔をした男子に、グリフィンドールの女子はイライラしている様子で、ブラッジャーがぶつかったロンの事など完全無視だった。
「あぁロンが!」
ハーマイオニーが急いで走っていき、レディーがクシャミをして、ようやく男たちも我に返ったのか、また練習を再開させていた。それからだ。レディーがグリフィンドールの男を独り占めにしている、たぶらかそうとしていると噂が立ったのは。
___
「ってわけ。うぉぉぉ!!こわ!」
ランドールはベンチからひっくり返った。鬼だ。鬼がいる。プラチナブロンドから火が出るんじゃないかと、ランドールは感じた。
「あいつは次の日の試合でそれを着てなかったぞ…」
「な、な、なんでも寒すぎてやめたって…」
「なぜ僕はその噂を知らないんだ?お前ら全員知ってるんだろ?」
「ぜ、全員じゃないけど、殆どは…というか、ドラコの近くで噂するわけないだろ!殺される」
「じゃあなんだ。僕がいないところでレディーはグリフィンドールの連中に鼻の下を伸ばされてるって言いたいのか?」
「まぁ、そんなところじゃないですかね」
恐怖に怯えるランドールは、中庭の木の後ろに隠れ、ドラコを見守った。すごいすごい嫉妬深い男なのに、とんでもないことを言ってしまった気がする。ハッフルパフの先輩が来た時に自分だけ大広間で食事をとっていれば、今頃腹はなっていないし、キレたドラコの処理におわれる必要もなかった。
「大広間へ行くぞ」
「へ??いいのかよ。レディーを探さなくて」
「それより先にグリフィンドールのやつらの記憶を奪いに行く杖を持て」
「おおおおおちつけドラコ」
(マクゴナガル先生にぶっ殺される…!!)
ーーー
どうしようもないほどにイライラする。
大広間で食事をする気にもなれず、ランドールを置いて寮の方へと戻ってきてしまった。今頃鶏肉でも食べて喜んでいるだろう。
ランドールもランドールだ。レディーが好きだ好きだと言っていたくせに、こういうことはどうでもいいのだろうか。許せないのは僕だけなのか?なぁランドール。
「チッ」
ズカズカと城の廊下を歩いていくと、見慣れた黒髪の女子生徒。オルガ・スターシップだった。ローブがやけに羽まみれで、フクロウ小屋へ行っていたのが推測できる。隣にいつもいるレディーはおらず、彼女の友人の元へと駆け寄った。
「スターシップ」
「ん?あぁ、マルフォイじゃない。私のローブを笑いに来たの?」
自虐に走るスターシップの話し相手になってやりたいところではあったが、それどころではないのだ。
「いやそうじゃない。あー、レディーはどこにいる」
「レディー?私がフクロウ小屋へ行くって言ってから見てないわね。いつもは一緒についてくるのよ?ほら、ルーファスさんへ手紙を出したりするからね。でも今日は行かないっていうのよ。何でも先約があるとか」
「何だその先約って…」
「何でも叩きのめさなきゃって…あれ、マルフォイ!?」
オルガが一瞬目を離した隙に、ドラコはもういなくなっていた。一人廊下に残されたオルガが、フクロウの羽を一つ取り「ふっ」と息を吹きかけ飛ばしている。
「よーオルガ、もう飯は済んだのか?」
「ランドール」
オルガに声をかけたのはランドールだった。お腹が満たされたのか、ウキウキしながらオルガに近づいていくが、2メートルほど離れたところでピタリと足を止めた。眉間にはこれでもかというほどシワが寄っている。
「うわお前のローブすっげぇ汚ったないな」
「殺されないうちにさっさと消えた方がいいわよ」
「ところでレディーは?」
話を急転回してくるランドールの背中に一発拳を入れ、またその質問かと呆れた様子でドラコに話したことをもう一度伝えた。
「叩きのめす?誰を」
顔を青くして両腕をさするランドールに、オルガは笑いながら答える。
「あぁ、叩きのめすって言っても人ではなくて…あ…マルフォイにまずいこと言っちゃったかな」
(それどういうわけ?)
ーーーー
叩きのめす!?叩きのめすって何だ!やっぱりグリフィンドールの女どもからいじめられているのかレディー!僕の彼女に手を出すなんてグリフィンドールの奴らはやっぱりイカれている。
というよりもレディー・エジワール。僕がお前の根性を叩き直してやる。グリフィンドールの男が首ったけ?許せると思うか?お前が思うよりも僕はずっと嫉妬深いし、よりにもよってグリフィンドール。挙句チアリーダー?
僕はチアリーダーを知らないが何でも脚が出ていて大層魅力的らしいじゃないか。僕だって見たことがないのに良くもまぁ平然とやってるな。全く冗談じゃない。今すぐ捕まえて寮に連行するしかない。
ブツブツ言いながら寮への最後の階段を下っていくと、キラリと光る髪の毛。自分よりも色素の濃いブロンドを揺らし、レディー・エジワールが階段を上ってきた。
僕を見かけた途端嬉しそうに名前を呼んで駆け寄ってきたが、今日の僕はカンカンだった。抱きしめたい気持ちはアズカバンにでも預け、今は「怒り」を顕にした。
「なんで怒ってるわけ」
「自分の胸に聞いてみるんだな」
レディーは、は?なんの事?と言いながら腕を組んだ。 階段に居るので僕がレディーを見下す形だったが、癪だったのかローファーをガツガツ鳴らしながら隣に立ってくる。スカートからチラチラ見える脚にどうしても目がいってしまって男の性が虚しい。
「気に入らない事があるなら言ってくれるかしら?」
「…」
「ドラコ、私たち今年1回別れたわよね嫉妬が原因で。こういうのはね、言うべきよ。私、何か気に入らないことをした?」
そう。僕達はアンブリッジが校長にいた時に1度別れている。僕の下らない嫉妬で別れたのだ。
レディーが不安げに袖の裾を握ってきた。目線を合わせず、下唇まで噛んでいる。
そんな彼女の姿を見ていたらイライラは何処へ行ったのか、体をゆっくり抱きしめで背中を撫でた。
「…チアリーダー…」
「へ?」
「チアリーダーの格好をしてグリフィンドールの男をたぶらかしている噂があると…」
レディーは頭にはてなマークを浮かべ、なんの事だと思い返す。そしてあれの事かと言いたげに、ドラコの体をそっと押した。
「チ、チアリーダーの服はドラコが喜ぶと思って…たぶらかしてなんていないわ!だってグリフィンドールの生徒とは一言も話してないもの!それに、そんなことしたら虐められるわよ私」
レディーの話だとこうだ。確かにグリフィンドールの生徒にはあの日沢山の視線を向けられはしたが、一言も話しておらず、それを見ていた下級生が勝手に噂を広げたと。
それを聞いて安心したのか、ドラコはホッとため息をついた。
「全く紛らわしい…」
「もーそんなことで怒ってたの?」
「そんなこと!?当たり前だろグリフィンドールだぞ!?いやグリフィンドールでなくてもそんな服僕の前以外で禁止だ!!」
「…ぷっ」
「何笑ってる」
「アハハ!分かった今度からドラコの前以外で着ないわ」
レディーは可愛いなどと言いながら涙まで流して笑っているが、こっちは本気なんだ馬鹿にするのは止めてもらいたい。
「あともう1つ。グリフィンドールの女に連れられて何をしているんだ。まさかその噂からいじめられてるんじゃ…」
「まさか!!」
「やっぱりそうだよな。ランドールの思い過ごしだ」
「なんでランドール?」
「いや、何でもない」
「みんなね、痩せたいんですって」
はぁぁ?と、ドラコの声が階段に響いた。そろそろ昼食も終わり午後の授業のために帰って来る時間だろう。2人きりになれるのも時間の問題だった。
「私がチアリーダーの格好をした時にね、私の体型に憧れてくれて、普段どんなストレッチをしているか聞いてきてくれたの。だからこっそりグリフィンドールの子たちにボディーメイクの仕方を教えてたってわけ」
「…じゃあ叩きのめすっていうのは…」
「あぁ!それはラベンダーが言い出したのよ面白いわよね。『脂肪を叩きのめす!』って叫んでたわ」
悩んで苦しんでいたことが馬鹿らしくなるような話だった。レディーがドラコー?と顔を覗き込んでくる。能天気な顔。愛しくて愛しくてたまらない。
「んむ」
キスを1つ落としてみる。
レディーも負けじとキスを返してきた。キスの応酬の後、レディーはべーと舌を出した。
「参ったかドラコ」
参ったよ。レディーの一つ一つの行動にやられ。噂に翻弄され、キスに熱が上がる。
誤解も溶けてよかった。グリフィンドールに殴り込みに行くところだったんだと言うと、レディーは「私がグリフィンドール生に怒られるからやめて」と言って笑った。
体をまた抱きしめる。キスを落とす。酸欠になったのだろうか、少し目が潤んで、光を帯びていて美しかった。
階段から落ちそうになる体を抱いて、またキスをした。そうして浮かれた頭に降ってくるのはいつものこの声。
「おーいドラコーみんな昼から帰ってきてるぞー」
ぎょっとして階段上を見ると、寮へ行けず、2人のキスシーンを見て照れるスリザリンの生徒。もちろんもっとやれと、はやし立てている生徒もいる。先頭にいたランドールとオルガも、全く仕方ないやつらだと言いたげに2人を見下ろしていた。
「げ!みんないつからいたのよ」
「キスするところから」
「先に言ってよ!」
恥ずかしいなぁとレディーは顔を真っ赤にして階段を上って2人の元へ駆けていく。ランドールの首元を掴んでブンブンと揺らす彼女は、もういつものレディーだ。
寮の生徒は終わりかよと残念そうに下って寮へと入っていく。階段にいるのは僕達だけだ。
3人の笑い声が階段に響く。肖像画は迷惑そうな顔をして絵の中に隠れてしまった。
あまりにも幸せな、日常の一コマだった。
(アンブリッジのいなくなった学校で、僕たちは今日も平和な日々を謳歌する。)
・おまえの彼女なんかしてるってよ