30 days
恋人が鈍感だというのは困ったものだ。
「錦さん、準備できました?」
ひょいと部屋を覗き込んでくる沙紀さんはとてもかわいい。顔かたちがかわいいというよりは、その仕草や言葉の選び方など、つまりは内面が。とても。
だから、彼女の前では年齢などまるで役に立たない。驚くくらい子どもな自分が顔を出す。
「準備はできました。でも沙紀さん、そのスカートは短すぎではないですか」
「え、そうですか? このくらいの長さなら周りにたくさんいますよ?」
「そうではなくて、沙紀さんの話をしています」
「……錦さん?」
怪訝そうにこちらを見上げてくる彼女。少し傾げられた首。小鳥のようなその仕草。
「いえ、すみません、何でもないです。観る映画は、」
決めましたか、と続けようとした言葉が出てこなかった。彼女が抱き着いてきたからだ。
普段そんなことをする子ではない。どちらかといえば恥ずかしがり屋だ。
「沙紀さん?」
「えへへ、ごめんなさい。うれしくて」
「うれしい?」
鬱陶しいの間違いではないかと腕の中の彼女を見る。埋めていた顔を上げてくれ、そのきらきらとした瞳をかち合う。
「だって、私のこと心配してくれたんでしょう?」
潤んだ瞳。心配なんてものではなく、くだらない独占欲だったのだ。そんなにきれいなものではない。なのに彼女は、知らずに自分を救い上げてしまう。
「ね、今日は映画やめて家にいましょうか」
「でも、」
「駅前の、おいしいケーキが食べたいなあ」
どうですか? なんて微笑む彼女。たぶん私は一生敵わない。そんな思いを抱いて、強く彼女を抱きしめた。