※(潮江は親戚のお兄さん)
ほかほかと湯気を立ててでもいそうな浮ついた表情で、頬を血色よくしたなまえが首にタオルをかけて洗面所から出てくるところに潮江は出くわした。その姿を目に入れるか入れないかのところで、くらりと目眩がした。
「あ、文次郎さん。お風呂頂きましたー」
何も風呂に入る以前に逆上せた、などと間の抜けた理由ではない。悪気なく微笑むななしには本当に悪気がないのだろうが、これは頂けないと潮江は額に手を当て気を取り直す。いったい彼女を大切にしている家族はどのような教育を施したのかが気になるところだ。
「……おい、なまえ。ズボンはどうした」
「うん、さっきまではいてたんだけどね、どうしてもずり落ちてきちゃって。ちゃんと畳んで洗面所に置いといたよ」
そういう問題ではないだろう、と心底狼狽した潮江が溜息交じりに言い捨てる。先日友人宅に外泊した際寝間着を忘れてきてしまい、しかしそれを気付いたのが夜遅くのことだったので、仕方なく在り合わせで(渋々ではあるが)潮江のものを貸し与えることになったその結果がこれだ。元より他意格差のある彼が、小柄な彼女に服を貸したらこうなることくらい容易に予想できていたはずなのだけど、自分がどうかしていたのだと潮江は数時間前の判断を酷く悔いる。
ゆったりと体のラインを曖昧にし、袖が指先まで隠すシャツの丈は、少女の膝の上あたりまで余っている。問題はその下で、惜し気なく白い素足が晒されていることか。あくまで理性的な潮江は最初にそれを察してから下方を見ないよう心掛けてはいたが、未だタオルドライまでしか済ませていないなまえの、濡れた髪が頬に張り付いている様や、湯に浸かった所為か目がとろんとしているところなどを見て、気が気でなくなる。
今、相対しているのが己でなく、どこぞの悪友であったら。考えるだけで頭が痛い。
「文次郎さん? お風呂、まだ温かいよ?」
沈黙していた潮江を不思議に思ったらしい彼女が距離を詰めて覗き込んでくる。風呂を上がってすぐに第一ボタンまで閉める輩はそうそういないとはいえ、開いた襟元からほぼたいらな胸元がちらついて、潮江は何かを悟ったのか静かに瞑目した。
「……なまえ」
「はい」
「お前は迂闊すぎる、もっと警戒心を持て。何か間違いがあったらどうするんだ」
潮江が何について言及しているのか全く理解していないなまえは不思議そうに首を傾ける。最早声を荒げる余裕もない男はぽんと彼女の頭の上に手を置いてから風呂場の方へ去っていった。なまえ以外では、彼のみぞ知ることである。
「何故つけていないんだ……」
普段夜更かしばかりしているせいか、或いは別の原因の所為か。潮江の瞳は疲れ果て、どこか遠くを眺めていた。
警戒心皆無
121204.