『カイン、ごめんなさい…母さんを許して・・・』

記憶の中のかすかな声は泣いていた。

『泣かないで、母様…』

小さく子供のカインの声がした。

『僕は頑張れるから』

果たして母はその言葉にどう答えたのか。

カインは目を覚ました。
一人住むマンションは静か。
それもそのはず、もう日付の変わった時刻だ。

「寝過ぎた」

カインは小さくぼやくと起き上がり行動を開始する。
吸血鬼のカインにとってこれからが行動時間である。
闇に身を包み今日もまた血を飲みに行く。
耳に残る母の声。
カインはふと足を止めた。
今日は腹がすかない。

「…やめよう」

ぽつりとつぶやき夜の街を彷徨う。
日付が変わったこの時刻。
町を歩くのは酔っ払いか、不良ぐらい。
カインはただ呆然と何を求めるわけでもなく町を歩き回る。
日の出る前には家に戻りたい。

「みゃぁ」

かすかな声にカインは振り向いた。
小さな猫が足元に寄っていた。

「・・・お前も、一人?」
「みゃ…」

大きな目をカインに向け猫は鳴く。
カインはそっとその小さな体を抱き上げた。

「俺に懐くなんて稀有だね…ご飯、食べたいの?」
「みゃぁ」

猫の言葉なんてわからない。
それでもカインに甘えるこの猫が愛しかった。
優しく頭をなでカインは猫を連れて家に戻る。

『カイン、吸血鬼といえど一人では生きていけない。寂しすぎるから』
『カイン、あなたもともに生きられる人を見つけられるといいわね』
『カイン、あなたを一人にしてしまう私を許して』

一人では生きていけない。
それを知ったから…カインはこの猫を抱き上げたのだ。

「そうだね…帰ったら名前をあげよう」
「みゃぁ」

猫は嬉しそうな鳴き声をあげた。
一人ではない。
この猫がいる。
たとえ十年の短い付き合いだとしても、カインは忘れないのだろう。
吸血鬼の果ての見えない人生の中にさした、小さな命の光を。

一人ぼっち
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