雨が降る。倖は家の縁側に腰をおろし、けぶる街の景色を見つめていた。
歩く人々のさす色とりどりの傘も、いまの倖の目にはモノクロにしか映らない。
手を伸ばし、屋根から落ちてきた雫を手に受け止める。
落ちた雫は手のひらで広がり、そして指の隙間から流れ落ちて行く。
濡れた手を膝の上に戻し、再び空を見つめた。
灰色の空からいくつも落ちてくる雨…土にしみこみ川へ流れ、海へ帰り再び空へ。
それは人間の営みのようであった。

「倖」

銀の声に倖は振り向いた。
長い銀の髪を赤い紐で縛り、珍しく着物を身にまとっている。

「どうかされましたか」
「いや、お前がぼんやりとしているのは珍しいと思ってな」
「私とて、ぼんやりいたします」

ころころと倖は笑う。銀は小さく目を細めて倖を見た。
足を進め、その隣に腰を下ろす。
共に空を見上げながら銀は口を開く。

「…まだ二人は慣れぬか」
「…いえ」
「難しいものだな、会話も」
「…そうですね」

倖は小さくうなずいた。いつもより狭いはずの家が広く感じてしまうのは、いつも一緒にいた彼らがいないから。

「別れは…慣れぬものではないな」
「はい」
「…お前も、元に戻りたいか」

倖は銀の横顔を見た。その顔には何の表情もない。
倖は目を伏せ、小さくいいえ、と答えた。
もともと人間だった彼らの寿命はきまっている。
自分のように長命でもないし、銀のように人間をやめたわけでもない。
人として生まれ、人として死んだ。

「わたしは銀様がそのお体を直せる時までおそばにおります」
「倖…」
「だって銀様はお一人ではお掃除しませんから」

倖の顔を見つめ、銀は何か言いかけたが、口を閉じて口元に笑みを浮かべた。
雨は小ぶりになっていた。

「お前に会えてよかった」
「まぁ。銀様。そのようなことを言われては明日は槍が降ってまいります」
「…時にはこういうことも言えねばな」
「…ほほ、そうですね」

倖と銀は笑い合う。雨はやみ、雲間から日の光が差し込んでいた。




目を覚ました倖はカーテンを開けた。そこには雲ひとつない青空が広がっていた。
眩しげに眼を細め、階下の声に笑みがこぼれる。

「おはようございます、みなさん」

雨はやんだ。倖の世界はその色を増していた。
やまない雨
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