「あれぇ、ミカナギくん寝てるよー?」
「静かに、響さん」
「珍しいねぇ?」

何を夢見たのか、自分でもはっきりと覚えていなかった。
でもそれは、幸せな夢だったんだ。


俺の母は犬神憑きの血筋に生まれた。
当然俺もその血を引き継いでいた。
母は俺が物心ついたときには死んでいた。
俺の体には犬神が宿っていた。
母が死んでから父は新たに女を囲んだ。
その女の連れていた子供に目をつけたのだ。

「そうよぉ、この子があんたが探していた子供なの」

きつい香水の香り。
子供の、やせ細った手足とは対照的な豊満な肉体。
子供は汚らしい服を着せられていた。
俺と、同じだと思った。
普通にはありえない力を持っているがゆえに人間扱いされなかった俺と、同じ存在だと。

「………そう、この子は閉じ込めておくのね。そうよねぇ?変な男に捕まったら大変だし」

その子は広大な屋敷の地下牢に閉じ込められた。
裕福な父はさらなる金儲けを企んだらしい。
俺は、義母と話す父をしり目に地下牢に向かった。

「………お前、名前は?」

ベッドに鎖で繋がれた子供に声をかける。
しかし反応はない。
鍵を持ってきて牢の扉を開きそばに近寄る。
そして気付いた。
この小さな子供の瞳には光がない。

「……なんてことを…」

怒りがわいた。
感情のないまま、あいつらはこの子供を道具として使おうとしているのだ。
そう思うと俺は彼を逃がしたくなった。
だが、俺にその力はなかった。

「…俺が、そばにいてやる」

握ったら折れてしまいそうな手をそっと包み込んだ。
それからというもの、俺は名の知らぬ弟につきっきりだった。
時折義母が来て、けが人や病人とともに牢に入ってきては弟の体を傷つけ、その血をけが人たちに与えていた。
不思議なことにそうすることによってどんな病気も怪我もたちどころに治ってしまうのだ。
そして義母は膨大な金をふんだくっていた。
弟は、ひどく弱っていた。
なのに、死なない。

「…どうして…」

俺は弟のために庭からきってきた花をそっと花瓶にいれ、枕元に添えてやった。
いまだ名も知らない弟は焦点の定まらない瞳で天井を見つめていた。

「……そうだな、お前に名をあげるよ……響…人の心に澄み切った音色を響かせられる優しい子になってくれ……響、俺はミカナギ…御神那岐……覚えてくれよ?」

そっと頭をなで弟、響のそばで過ごすのが俺の毎日だった。
そうして月日は経っていった。
どれだけ弱っても響は死ななかった。
いっそのこと死ねたら楽だったのだろう。

「……どうして」

俺は、俺に与えられている部屋で一人自問していた。
何故響が死なないのか、何故響にあんな力があるのか。
いくら考えてもわからなかった。
立ち上がり、今日も響がつながれている牢へ行こうとしたときだった。
大きな爆音とともに悲鳴が聞こえてきた。
それは地下牢から。
俺はあわてて地下牢に向かった。

「響っ!」

ふわっと香ったのは血のにおい。
響に何かあったのかと、煙が渦巻く牢に飛び込んだ。

「…響…?この子供の名か」

低い声が聞こえた。
煙が晴れていくにしたがってだんだんと弟の姿を抱く男の姿が見えた。
長い銀色の髪に黒いローブ。
彼はその腕に響の小さな体を抱えていた。

「響っ!何をするつもりだ!」
「……助けるだけのこと…この子供の声が聞こえたのでな」
「声…」
「おに…ちゃ……」

かすかに聞こえたのは響の声だった。
真っ黒な瞳が俺を見つめていた。

「ミカナギ…く…」
「響…」
「倖、ゆくぞ」
「はい、銀様」

倖と呼ばれたのは白い大きな狐だった。
銀という名の青年は響をそっとローブで包み込んだ。
俺は手を伸ばしたが間に合わなかった。
響は彼らに連れ去られた……。



「あ、ミカナギくん、起きたね?」
「おはようございます、ミカナギさん」
「ミカナギー、倖のケーキができてるよー」
「早くしないと聖と響に全部食べられるよ?」

俺は体を起こした。
どうやら夢を見ていたらしい。
小さな俺の宝物に出会ったときの夢。
あれから俺は家を飛び出し響の行方を追った。
そして彼らに出会った。

「ミカナギくん、はい、あーん」

暗く湿った檻から抜け出した響もまた、年齢相応の性格と恰好をして元気に生きていた。

「あー、ん…おいしいな」
「でしょー?」

響を見つめ俺は思う。
いつまでもこの宝物が輝いていますように、と。
再び暗い部屋に戻ることないように。
俺が守ろうと、この日再び誓った。


小さな宝物
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