頭の中で先ほどの言葉がぐるぐる回る。
彼が伴侶にしたい相手はもうすでに決まっていたのだ。
自室に飛び込み扉を閉める。
錠までかけなかったのはそこまで考えが浮かばなかったからというのもあるかもしれない。
それほどまでに蘭華は動揺していた。


「そう、よね…鳳珠にとって私は妹のようなものでしょうし…」

ほほを涙が伝う。
嗚咽を噛み殺し蘭華は扉のそばにうずくまった。
あとからあとから涙がこぼれてくる。
止まらない涙を無理に止めようとして何度もしゃくりあげた。

「蘭華…」

扉の外から声が聞こえた。
はっとすれば嗚咽を無理やりに止めようと口を押えた。

「蘭華、いるのか…」

扉を無理に開けるつもりはないらしい。
扉の外で気配がした。

「先ほどの…どこまで聞いた…?」
「そん、なの…」
「泣いているのか…」

驚いたようだった。
こん、と軽い音がする。
扉をたたいたのか。

「…蘭華…ちゃんと話がしたい…開けてはくれないか」
「お会いしたくありません…今の私ひどい顔ですもの」
「それでもいい…泣いた顔も、私は見たい」
「なんでそんなことを言いますの…慕っている方がいるのでしょう。私に構わないでください」
「蘭華…ちゃんと顔を見て言いたい…」

そんなことを言われてはいやとは言い切れない。
まだこぼれる涙をふきながら蘭華は立ち上がり静かに扉を開けた。
鳳珠はほっとしたようですぐ腕を伸ばして蘭華を引き寄せた。
されるままになりながら蘭華は新しい涙を流す。

「蘭華…私が伴侶にしたいのはお前ただひとりだ」
「うそ…だってあなたの慕う人はもっとおしとやかで美しくて静かにあなたに寄り添える人ですもの」

鳳珠は蘭華の言葉を聞いてこらえきれずに吹き出した。
彼女は自分の魅力をわかっていない。
抱き締める腕を緩め顔をあげさせる。
泣いたせいで目尻が赤くなっている。

「蘭華…愛している…この先、きっとお前だけだろう、私の顔をみて愛しているといえるのは」
「そんなの、わかりませんわ」
「わかる。私がお前しか見えないからな」

涙を拭えば顔を寄せる。
蘭華はほんのすこし体をすくませるもすこし顔を傾けて静かにそれを受け入れた。
何度か唇を重ね部屋に蘭華ごと入る。
愛しい想いが溢れてやまない。

「蘭華、お前の気持ちが聞きたい。お前自身の気持ちを教えてほしい」

蘭華は鳳珠の囁きに一度目を閉じてから目の前の整いすぎた顔を見つめた。

「…愛しています、鳳珠」
「では、私のただ一人の伴侶になってくれるか」
「…はいっ」

蘭華は泣き笑いの表情でうなずいた。
鳳珠は蘭華を抱き上げ寝台に運ぶ。
ゆっくり下ろせばほほを染めた顔が見上げる。
優しく頬に手を滑らせ再び口を重ねた。



敷布に点々と破瓜のあとが残る。
細い足が敷布をすべり皺を寄せる。
滑らかな背中に唇を寄せ柔らかな膨らみに添えた手を腹部にすべらせる。
なにかを求めるように伸ばされた手に己の手を重ねた。

「蘭…」
「あ、あぁ鳳珠…」

蘭華の甘い声が響く。
幾度も交わり蘭華のいままで見たことのなかった顔を見た。
闇のなか白い肌がその呼吸にあわせて動く。

「愛してる」

吐息の合間に鳳珠はこぼす。
蘭華の体はその言葉を聞くだけでさらに熱を帯びる。
たまらなく愛しかった。
何度目になるかもわからない欲を蘭華のなかに吐き出し鳳珠は己の熱を抜く。
ぐったりした蘭華を抱き締める。

「鳳珠…」
「無理を、させた…本当ならば婚儀のあとにするものを」
「ふふ…無理ですわ…あなたに愛してると言われて我慢できるほど私は慎ましくありませんもの」
「そんなことはないだろう」
「そんなことありますわ」

他愛ないことを話ながら二人は笑う。
黄家の次期当主に子ができたと話が広まったのはそれから一年後のことであった。




「誰よりもまっすぐに私を見つめてきたからだ」

物思いに耽っていた蘭華はそんな言葉にはっとして下を見る。
夫が目を開けていた。
手を伸ばし蘭華の髪に触れる。
いつでも細君たる彼女の瞳はまっすぐ己を向く。
その瞳が自分をとらえて離さないのだ。
何度愛をささやいてもいつも新鮮な反応をくれる。
恥じらい、それでも嬉しそうに思いを返してくれる。
王宮にいるときの凛々しい顔も二人きりのときの優しく可愛らしい顔もすべてが鳳珠には愛しい。

「何度でも告げよう。蘭華、愛してる」
「もう、あなたの顔は麗しいのにそんなことを簡単におっしゃって…」

口では文句をいいながらも嬉しげに蘭華は微笑む。
起きたばかりの夫にそっと口づけ蘭華はささやいた。


「私も、愛してますわ、ただひとりのあなた」

恋日和

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