自分の膝を枕にして寝息を立てる夫を見つめ、蘭華は微笑んだ。
連れ添って幾年にもなるが当初こうなるはずではなかった。
彼にも想い人がいたし、自分にも忘れられない人がいた。
だからこそちょうどいいと思っていたのだ。
好かれず好くこともない。

「ねぇ鳳珠…なぜ私を選んだのですか」

眠っていて聞こえるはずのない夫に問いかける。
苦笑を漏らしてからそっと蘭華は過去に思いを巡らせた。



「蘭華、少しいいだろうか」
「はい、当主様」


時の黄家当主に呼ばれ蘭華は繕い物の手を止めてそちらに向かった。
蘭華の事情を知りつつも家族に迎え入れてくれた当主には感謝しかない。
実の娘のように慈しんでくれた。

「最近鳳珠が物思いに沈むことが多くなってな…もし蘭華が事情を知るならばと思ったのだが」

思い当たることはある。
つい先日意中の相手に送った文が戻ってきたのだ。
彼の人をめぐるもろもろを知っているがために様子を見たが打ちひしがれていた。
よくない返事だったのだろうと容易に想像がつく。

「…知ってはおります…ですが、私が当主様にお話ししていいこととは思えないのです」
「そうか。では、いい茶葉が入った。お茶をいれてあげてはくれないか」
「はい」

当主の言葉に蘭華はうなずいた。
茶とそれにあわせた菓子を用意すれば鳳珠の部屋へと運んでいく。

「鳳珠、入りますね」

室内に足を入れれば寝台にうつむく鳳珠の姿を見つけた。
卓に茶器を置けばそばに近寄っていき膝をついた。

「鳳珠」
「…蘭華か」
「はい、私です。よい茶を入れましたが一緒にいかがですか」
「いらん」
「当主様が様子を見てきてほしいと。このまま戻っては当主様に悲しい顔をさせてしまいます」

鳳珠は蘭華の腕を強く引いてそのまま寝台に押し倒した。
柔らかな藤色の髪が敷布に広がる。
蘭華は少し目を丸くしていたが見上げたその顔を見て小さく苦笑すると腕を伸ばしてそっと頭を抱きしめる。

「鳳珠……ねぇ落ち込まないでくださいな。素敵な女性はたくさんおります。うまくいかなかったとそのたびに落ち込んでいてはどうにもなりませんわ」
「お前は、落ち込むことはないのか」
「どん底まで私も落ちましたのよ…?愛してはいけない人を愛して愛されて…幸せでしたが、やはり罪深いことですもの…でも、当主様に助けられあなたに出会って今ここにいてよかったと思います」

そっと抱きしめる手を緩めれば表情を隠す髪をかきあげた。
何か言いたそうな顔をしていた。

「鳳珠、きっと素敵な方が見つかります。あなたの顔を正面から見て、愛しているといえる人が…だから、ね?黎深様は大切なご友人でしょう。お祝いしてあげてくださいな」

蘭華の言葉に鳳珠は苦笑を漏らした。
体を放しては蘭華を支えて寝台から身を起こす。

「…蘭華がいれた茶が冷めてしまうな」
「あら、飲んでいただけますか」
「無論だ」


蘭華が鳳珠を好きになるなんてその時は思っても見なかったのだ。
愛した人を忘れられるはずもなかった。
それでも共に時間を重ねるうちに心を寄せてしまっていた。
それを知られてはならないと蘭華はいつも自分に言い聞かせていた。
自分は今現在黄本家に身を寄せる遠縁の姫という扱いになっている。
鳳珠とは身分が違う。

「蘭華。鳳珠と少し話をしているからちょうどいいころあいになったらお茶を持ってきてくれないか」
「かしこまりました、当主様」

気づけば蘭華にも何度か縁談話が来ていた。
当主は優しく蘭華にどうするかと問いかけ、そのたびに蘭華は首を振っていた。
当主と鳳珠の話し合い、きっと彼にも何度も縁談が来ているのだろう。
そう考えて痛む胸に気づいてから蘭華は苦笑した。
苦笑して、それからお茶をいれにいく。




「それで、お前はいつ伴侶を見つける」

そう目の前の父は尋ねた。
いつ、なんて決まっている。
もう伴侶にすると決めた女性はいるのに告げられないのだ。
父は気づいているから何度も縁談を持ってくるし、さっさと決めろと促すのだろう。

「蘭華様はだめだ」
「っ」
「お前にも話しただろう。あの方は黄家に入れるわけにはいかない。ご本人も理解していらっしゃる」
「それでも何度も縁談の話は来ていたはずだ」
「何度も断っていた。自分には縁がないから、と」


自分の血を受け継いだ子供を残すわけにはいかないのだと、そう彼女は悟っていたのだ。
だから当主としても無理強いはしなかった。

「私は蘭華以上に愛せる女性がいるとは思えない。伴侶とするならば蘭華ただ一人だ」
「それはだめだ」
「誰に何を言われようともこの先愛するのはただひとりだけだ!」

カタン、と小さな音がした。
振り向けば少し青ざめた顔の蘭華が茶器の乗った盆を手に立ちすくんでいる。
どこから聞いた、どこまで聞かれた。
鳳珠の頭にそんな考えが浮かんだ。

「も、申し訳ございません。間が悪かったようで…お茶こちらに置きますのでひと段落しましたらぜひ…」

そばの卓に盆ごと置いて蘭華は逃げるように部屋を飛び出していった。

恋日和

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