「そうだな、ここでこの陣をほどくと左翼が手薄になる。ならば必要なのはここに一つ陣を置いたうえで…伊作どうした」


忍たま長屋、兵助、勘右衛門とともに陣形の復習をしていた紅は息を切らして駆け込んできた伊作を見て首を傾げた。

「紅、白と留三郎が喧嘩をしていて…」
「…放っておけ。どうせ、白がどうでもいいことを言ったうえで留三郎がそれに過剰に反応したのだろう」
「見てたの?」

伊作は座り込んで紅を見た。紅は伊作から視線をそらしたうえで再度口を開いた。


「そういうことがあるかもしれないと知ったうえで連れてきた。あれの抱えたものを紅が解決することはできないだろうからなぁ」
「紅って時々察しがめちゃくちゃいいよね」
「なんだ、勘右衛門、紅のことを見くびっていたのか?ならお前の陣をこう…」
「あー!待って待って!それされたら全滅じゃん!」

騒がしい勘右衛門と紅を横目で見つつ、兵助は伊作へと体を向ける。

「先輩、それで食満先輩と白は…」
「校庭でやりあってると思う…誰か巻き込まれなきゃいいんだけど……」
「巻き込むことはないと思うぞ。白が冷静ならば、だけどな」
「紅〜…」
「…やれやれ。様子を見るだけだぞ?白が自分で解決しなければならないことだ。いつまでもうだうだと悩んでいて男らしくない」



あきれた様子で紅が立ち上がる。勘右衛門と兵助も顔を見合わせれば面白そうだと立ち上がった。
伊作に急かされつつ歩いていくもののふと紅は伊作の顔を覗き込んだ。

「そもそも留三郎は存外思慮深かろう?なんで白と喧嘩なんかはじめた。ただの勝負ならしょっちゅうやっているのを見るが喧嘩となればまた別だろう」
「…紅は白が忍者なんてならなきゃよかったなんて思っていたのは知ってる?」


伊作の問いかけに紅の足が止まる。
兵助と勘右衛門も顔を見合わせた。
紅のように香は使わないが、白の戦闘の才能はスバ抜けたものがある。
敵の弱点を素早く判断し、それにあわせた戦闘の形をとれるのだ。



「知っていた…わけではないが、薄々は感じていた。だからこそ、ここに連れてきた。ほかの色霞は己のすべきことも、目指すものもわかっているからな」
「ここに連れてきて、紅はどうしたかったの?」
「…どうせ、白のことだ。バカの物覚えのように、前頭目が死んだことを引きずっているのだろ?」


ため息交じりに告げられた言葉に伊作は足を止めた。振り向けば、当たりか、というような視線を紅がよこす。
一呼吸おいて紅はあきれたように息を吐き出した。
知っていた。
あの時からずっと白がそのことを引きずっていたことも、自分を含めほかの色霞に対してどこか引け目を感じていたのも。
でも何も言わなかった。
白を頭目―自分の父―が拾ったことも、育てたことも、そして、その子を守るために死んだことも、紅は、頭目であった父が、忍びとして選んだことだと知っているからこそ、白を責めることもしなかった。



「伊作、霞の忍びたちはな、己が目指すものを決めている。そしてそんな己に誇りも抱いている。紅もだ。紅の父は偉大だ。誇り高く強く、霞を率いていた。紅もそれを、いや、それ以上を目指している。白が継いだ白霞は、副頭目である紅の母の名だ。だから…」

紅の足が進みだした。
伊作は慌ててそれを追いかける。
留三郎の鉄双節棍と白の苦無がぶつかる音が聞こえる。
苦無で戦っているだけまだましか、と紅は頭の片隅で考える。


たとえ、校庭が二人でぶつかりあうことによって穴だらけになっていたとしても、

だが。
盛大なため息とともに紅は頭を抱え込んだ。
ぽんぽん、と兵助と勘右衛門が紅の肩をたたいた。
顔を上げれば苦笑する二人が見えた。


「兵助、帰っていいか」
「だめだめ。ほーら、紅がんばれ」
「ちゃんと終わったら豆腐出すからさ」
「兵助、紅は豆腐で動くような」
「わかった」
「って動くんかーい」


勘右衛門の突っ込みを流し、紅は校庭に降りる。
留三郎と白の喧嘩を遠巻きに眺めていた四年生や三年生が紅のために道を開けた。
腕を組み、二人を眺めていた紅だが、やがてそのまま二人のそばへと歩き出していく。


「紅、大丈夫かな」
「ねぇ、兵助、この前の課外実習で戦場いったとき、紅ってば迷わずに敵陣に突っ込んだよね」
「だな。たぶん今回もそうだと思う」


頭に相当血がのぼっているのか自分に気づかない二人にいらついたか、紅は互いに向けられた武器を素手で受け止める。
はっとした白に視線をやり、留三郎を見ずに口を開いた。


「留三郎、そのまま武器を下ろせ。まだ頭に血が上っているならば紅が相手をしよう」
「紅……」

紅の言葉に留三郎は武器を下ろす。
白は歯を食いしばって紅を見つめていた。


「聞き分けのない子だな。お前は紅に勝てるほど強かったか?ん?くだらない過去を引きずって、どうせ自分は忍びにはむいてないとか言い始めたんだろう?本当器の小さい男だな」



すげー…と勘右衛門の口からこぼれる。
えげつない、と兵助。
伊作は見たことのない紅にぽかん、としていた。
いつもほがらかに年齢不相応ともいえるほどに子供じみた言動をする紅であるが、さすがにあれはない。


「くだらない。そんな感情を持ったままであるならば里へ帰れ。ここで学ぶ忍たまたちに迷惑だろう。紅たちは何のために来た」
「…里に、…里で待つものたちのために忍びの生きる道を教えるため」
「そうだな。それで、お前は忍びであるつもりはあるのか」
「…っ!」
「頭を冷やしてこい。それまで学園にとどまることは紅が許さん」


白の腕から苦無が落ちた。
それを拾ってしまってから姿を消した白がいた場所を見た。
白の感情は紅にはどうしようもできないのだ。
嘆息してから留三郎へと視線をうつす。


「すまんな、留三郎。あのバカを許してくれとは言わない。あとで話を聞きに行ってもいいか?あんなのでも、一応紅の弟だ」
「…わかった。その代わり紅も話せそうなことであれば話せよ」
「わかった」

留三郎はそのまま兵助と勘右衛門のところへ戻る紅を見送る。
豆腐をくれ、と言っていたのは気のせいではないだろう。


「留三郎、けがは?」
「ない。それよりも紅を呼んだのか」
「あのままだと二人とも無事じゃすまないでしょ」

留三郎を見てけががないことを確認し、伊作はほっとする。
白はどこへ行ってしまったのだろうか。
眉を下げる伊作を見て留三郎は腕を組む。
白が戻ってくるのはいつになることやら。己の感情と折り合いをつけねばきっと戻っては来れないのだろう。
信頼しているから追い出したのか、そうではないのか、紅の考えはわからない。
それでも武器をぶつけあっていたときに気づいた白の感情がわからないでもない留三郎はそのうち探しに行くか、と決めた。


霞に生きる

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