なぜ、と兵助は回らぬ頭で考えた。
腕に抱えた紅の体が重い。息がうまく吸えないのは紅に渡された口布のせいか。

「兵助、紅!」
「……かん、えもん…」

紅の苦しげな声と勘右衛門の声が重なる。
紅は口の端に赤いものをつけたまま顔を上げ口を開いた。

「勘右衛門、三郎、雷蔵、八左ヱ門!そのまますすめ!出口のところに留三郎と伊作がいるはずだ!私たちもすぐに行くから!」
「で、でも…」
「全員死にたいのかっ!」


紅の叫びにおそらく意を消したのだろう。四人の気配を感じられなくなった。
小さく息を吐いて紅が兵助の上に倒れこんでくる。
どうしてこうなった、と兵助は紅の体を抱きしめながら思った。




それはほんの半時ほどまえ。
何やら紅に恨みを持っているらしいある国の忍びたちとその主に捕まってから五日ほどのことだった。
牢の中で腕を鎖でつながれた忍術学園五年生の五人は背中あわせに捕えられていた。
死ぬことはないが、動く力すら出ないような食事を与えられて逃げる算段さえつけられないほどに弱っていた。

「絶対にくる…」
「兵助…?」
「俺は、少なくともそう思ってる…紅は、俺たちを見捨てない」
「はは…そうだな。なに捕まってるんだ、と叱られそうだな」

あの紅のことだ。
たぶんくるときは、それこそ派手に…



「侵入者だー!外にもいるぞー!」
「うん、こうやってくるよね」
「なにがだ」

遠くに聞こえた叫びと爆音にうんうんうなずいていたが、比較的そばで聞こえた声に全員が飛び上がる。

「べべべべ、紅?!」
「あぁ。紅だぞ。怪我は、なさそうだな」

牢の外に立ち、五人を見て笑顔になる紅。
やっぱりきたか、とうれしげな様子を後目に紅は見張りから奪った鍵で牢の扉を開ける。
牢の中央に座らされた五人のそばにいくと笑顔から一転申し訳なさそうに眉を下げる。

「…すまない、紅のせいで、お前たちを巻き込んだ」
「紅…」
「別に紅のせいじゃないだろ。それに紅はちゃんとここまできてくれたしな」
「八左ヱ門…」

嬉しそうに笑った紅はしゃがみこむと全員の鎖を鍵を外していく。
その間にも外で爆音と悲鳴と、なぜか、いけいけどんどーん!と声が聞こえる。
何故。

「六年生もいる。そちらには白がいて指示を出しているから今こちらにはほぼ人がいない。立てるか?」
「なんとかな」

さすがだな、と言いたげに紅は笑う。
五人より先に牢を出ると人影と気配がないことを確認し、五人を振り向いた。
その際胸元から黒い口布を出す。

「これをつけておけ。風向きも計算して使ったから万一のことがない限りはこれで外まで出られる」
「これは?」
「あとで教えてやる。紅の秘密をな…」

いたずらに笑う紅を見て五人が視線を交わす。うなずきあってから口に布を当てて先に出た紅を追いかけて城の外へと向かう。
途中の道には息絶えた骸が転がり、紅がやったのだろうと判断するも何も言わない。
出口へと続く最後の曲がり角で紅が足を止めた。
残るは一本道である。紅が使った術がまだ残っているのが確認できる。
五年生は全員口布をつけているから問題はないだろうと判断する。

「三郎、雷蔵、八左ヱ門、勘右衛門、兵助の順に外へ迎え。殿は紅がやる…敵はいないはずだ…」

苦無を手に持ち紅が静かに告げた。
先頭を走る三郎の顔に緊張が走る。これは授業ではない。
命を懸けた本番である。
息を一つ吸い走り出した三郎のあとを雷蔵が追いかける。そして八左ヱ門、勘右衛門が続く。

「戻ったらうまい豆腐を楽しみにしているぞ兵助」
「もちろんだ」

軽口を交わし、紅を見て走り出しかけた兵助だが、紅の後ろに刀を振り上げた人影を見た。

「紅っ!」
「っ!」

紅自身油断していたわけではない。それでも先頭を走る三郎に気を取られていたのは確か。
兵助の叫ぶ声の一瞬前にその気配に気づいた。
わずかに剣先はそれたものの、背中を裂かれ血が噴き出す。
振り向きざまに手にした苦無を投げつけ、喉元に突き刺す。
そのまま崩れ落ちたのを横目に見ながら裂かれた傷を抑えて壁に寄りかかった。

「兵助、いけ…」
「紅を置いていけるはずもないだろう」


学園からこの場所にきた紅は白と六年生から敵の情報をもらい、五年生のいる場所を知った。
そこへどう向かい、どう救い出すかは白がたてた作戦で動いていた。
それでも予想より少々多かった敵の軍勢にさすがの紅の疲弊していたのは確か。
まずい、と思いながらも駆け寄ってきた兵助に体を預ける形になった。
そして冒頭に戻る。

「紅、立てるか」
「…あぁ」

兵助に肩を借りて紅はふらつく足を立たせた。
大丈夫、まだ、行ける。

「兵助、置いて行けばいいものを」
「助けに来てくれた紅を置いて行ったら白に殺されそうだろ?」

紅を抱えて歩き出す兵助だが、紅の腰に回した手に流れてくるものが心を急かせる。
なぜか足元もふらつく気がする。
廊下がゆがむ。景色が回る。
足が折れた兵助を、傷の痛みもこらえて紅は支えた。
呼吸が早い。一帯に充満している香に、いくら口布を当てているとはいえ、これだけ呼吸をしてしまえば素人相手には効くか、と紅は頭で考えながら兵助を抱き上げて進みだす。
傷口が悲鳴を上げる。ともすれば足が折れて倒れこみそうになる。
それでも兵助の横顔を見て踏ん張るほかない。
置いていくわけにはいかないのだ。

「兵助、もう少しだからな…?出たら、白に解術してもらえ…残らぬ、ように」




と、と足が外へ出る。
横から腕が伸びてきて紅と兵助を支えると同時に、紅の意識もそこで途切れてしまった。


守るべきもの

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