その人はいつ会っても変わらぬまま。
だからすぐに"人ではない"とわかった。

「またきたのか」

町外れのあばら家。
到底人の住めるはずもないそこにその人はいた。
薄暗く、埃っぽいそこははじめてその人がきた翌日から不思議ときれいになっていた。
その人は私に名前を教えてくれなかったから、"魔法使いさん"と呼んでいた。
はじめは嫌そうに眉をひそめていたが、やがてあきらめたのか気にしなくなったのか何も言ってこなくなった。

「ねぇ、魔法使いさん。あなたはどこからきたの」
「お前の想像も及ばない遙か遠くだ」
「そこには何があるの」
「人と、機械と、自然と、動物と」
「いろんなものがあるのねぇ」

魔法使いさんはいろんな質問をする私を決して邪見にはしなかった。
この人があばら家にいることを知っているのは私だけ。
そこは私の秘密基地になっていた。

「魔法使いさんは何を食べるの」
「何も。食を必要とはしないからだ」
「何歳なの?」
「忘れた。少なくともお前が生まれる遙か昔より私は存在している」

ただその人のそばにいるのが好きだった。

「ねぇ、魔法使いさん、本当に変わらないね」
「……」
「…黙ってないでなにか言ってよ」

私があばら家にいない間、魔法使いさんが何をしているのかは知らない。
でも私が来る時を知っているのか、いつもそこにいた。
いつも変わらず、あばら家だったそこの窓際で、椅子に座って本を開く。
まつ毛はわずかに憂いを帯びたように少し伏せられ、時折日の光に髪が輝く。
私は暇なときならばそばでずっと彼のことを見ていた。

「姉が結婚するの」
「ほう」
「私にも縁談がきたわ」
「それはいいことだな」
「ねぇ魔法使いさん」

もう何度目になるかもわからない呼びかけ。
彼はまた顔をあげた。
いつもそうだ。
私が呼びかけると彼は本から目を上げて私の方を見てくれる。

「……私はあなたが好きよ」

少し大きくなる目。
でもそれはいつもと違ってすぐにそらされた。
出会ってからもう20年近くが経ったのに、彼の手も、顔も体も、私が幼かったあの日から動かない。

「だからね、決めたの。私はだれとも添い遂げないって。あなたがその姿のまま、一人でいるのはきっとわけがあることだから」

笑って告げれば大きなため息が聞こえた。
それと同時に立ち上がる音。
顔をあげて彼を見れば目の前に立っていた。
軽く、ぽん、と頭に手を置かれた。くしゃりと髪をなでられて張りつめていた気が緩んでしまった。
こぼれてしまった涙を長い指先ですくわれ、私は何も言えなくなった。

「…お前は私とこの街とどちらが大切だ」
「どっちも。この街にはたくさんの思い出があるもの」
「そうか」


魔法使いさんは瞳を伏せる。
まつ毛まで銀色なのね、と少し斜め上のことを思った。

「ねぇ魔法使いさん」
「なんだ」


いつもと変わらない二人のやりとり。
何度しただろうか。
どれだけの時間が経ってもやはり魔法使いさんは変わらない。

「私の告白があなたの足を引き留めてしまっているのならもう忘れて頂戴」
「なぜだ」
「私はもうこんなおばあちゃんだもの…もう先は長くないわ。私の告白のせいでずっとここに引き留めてしまったのならごめんなさいね」


謝れば魔法使いさんは悲し気な顔を見せた。
私のしわくちゃの手をそっと取れば寝台に腰を下ろす。
何度か言葉を紡ぐように口を開けるもそれは言葉にならない。
ただ何か許しを乞うかのように自分の額に私の手を当てた。


「私ね、あなたに会いに行く日々がとても幸せだったわ。あなたのまわりの空気はとてもやさしくて居心地がいいんですもの。だからもしも次あなたに会えたのなら私は今度こそあなたを外に誘ってみようと思うの」

魔法使いさんの瞳が私を映す。
そこにいる私は魔法使いさんとは似ても似つかない銀髪でしわくちゃな顔をしていた。
朝焼け色の瞳が曇る。
魔法使いさんが何かを言っているようだけど、私にはもう何も聞こえない。
握っているはずの手の温かさすらわからなかった。



「また明日ね、魔法使いさん」


いつもと同じ挨拶、でもいつもと違うのはその明日が来ないこと。
銀は永久の旅路へと出て行ってしまった老婆の手をそっと寝台へと戻した。
また明日、とほほ笑む口元には苦しみはない。
人にとっては長い月日も銀にとってはほんの瞬きの間。
それでも彼女との時間は色鮮やかなものだった。


「また迎えにくる…それまでゆっくり休んでいろ」

額に唇を落とし銀はほほ笑んだ。
彼女の体が炎に包まれる。
煙が空に昇るのを見ながら銀は静かにそこを立ち去った。







「ねぇ、魔法使いさん。あなたはとてもきれいな髪をしているのね」

そう告げる声があった。
銀は顔を上げる。



「こんな暗いところにいたら気が滅入ってしまわない?外はとてもいい天気よ、よかった一緒に行きません?」


そうやって誘ってくる声を聴いた銀は目をわずかながらに見開いた。
彼女は覚えていないのだろう。
銀の瞳にうつる姿も記憶の中の彼女とは違う。
それでも彼女の内包する魂は同じ色をしていた。


「そうだな…それもいいかもしれん」


本を置いて銀は立ち上がる。
彼女のそばに行けば思ったより小柄なことに気づいた。
見上げてくる笑顔に過去の姿を思い出し苦笑する。
そっと腕を伸ばして肩を抱けば困惑したような顔を向けてくる。

「何でもない、気にするな」
「気にしますよ」


膨れる顔を見ながら銀は笑う。
いつかまた終わりが来ても、きっとまた…





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