「朱ー麟ー」

暢気な声がした。
書簡を手に黄尚書から言われた文言を他部署に伝えてから新たな書類を手に戻る途中、同じく戸部に戻るのであろう二人の姿に気づく。

「秀と燕青か。まったく、くそ暑いのに元気だな」

ひらひらと手を振る臨時施政官一名と、戸部の臨時雑用の秀。
酷暑のおかげで人手の減った戸部にきた二人はいつも元気に仕事をしている。
若いからだろうかと朱麟は考える。

「もどんのか?持って」
「結構だ」

燕青の言葉を流し、戸部へと戻る。

「黄尚書、戻りました。必要な書のほかに何点か追加で必要なものも」
「あぁ。そこに置いておけ。それと朱麟、燕青を連れて吏部へいき、この書類を渡せ」
「わかりました。燕青、半分持って」

燕青に半分書簡を持たせ吏部へ向かう。
人の少ない回廊を歩く中燕青はぽつりと言葉をこぼした。

「あんなに働いて体無理してねーか??」
「誰に言っているんだ。黄尚書の仕事の配分は的確だ。お前も働いてわかっただろう」
「だってよー、家に戻ってからも姫さんの代わりにいろいろと家事したりしてるだろ」

心配げな色を含んだ声音に朱麟は苦笑を漏らした。
足を止め、隣の男を見上げる。

「心配はいらないですよ、燕青。倒れたら父様にも秀麗にも心配をかけるでしょう?」

優しげな声は燕青が知っている彼女のもの。
顔を寄せ、頭にそっとほほをこすりつければ少し恥ずかしげに笑う。

「無理すんなよ?蓮崋がぶっ倒れたらさすがに生きてる心地がしねえから」
「心配のしすぎですよ」

燕青を見上げて『彼女』は笑った。
燕青は周りを見回して誰もいないことを確認するとそっと唇を重ねる。
目を大きく見開いた姿に笑ってから再び歩き出す。
ほのかに赤い耳を髪が隠せば目の前から歩いてきた人影に気づく。

「李侍郎、ちょうどよかった。吏部への書類を持っていく途中だったんだ」
「ぐ……い、いや、ちょうどよかった。朱麟に用事があって探していたんだ」

笑みを浮かべたままの朱麟を見れば燕青は苦笑い。
絳攸相手に朱麟は一歩も引かない。

「どうせ、また迷子になっていたんだろう。行くぞ」
「また、とはなんだまた、とは」
「本当のことだろう。いつも君がうろうろしているのを俺は見ているからな」
「あれは、目印が―っ」

燕青は朱麟の後ろ姿を静かに見ていた。




「お疲れ様でした、燕青」
「おー、蓮崋もな」

その日の夜、庭に出ていた燕青を見つけた蓮崋はそばに近寄る。
夜空には雲はなく、星が散らばっていた。

「……あなたの用事が終わったら、茶州へ戻るのですか」
「…知って…って当たり前かー。ほかはともかくあの仮面の尚書さんも気づいたぐらいだし…」
「あなたがいなくなると静蘭も清々するとか言い出しかねません…」
「そうだなー。まぁ、でもあいつが幸せそうで………蓮」

ぽん、と大きな手が蓮崋の頭に乗った。
こんなことを話したいわけじゃないのに、そのことを口に出すのが嫌で別の話をしてしまう。
燕青は聡い。だからきっと気づかれてしまった。

「さびしいです……あなたがいたから、この夏、秀麗は前向きになれました…静蘭もいつもと違う顔を見せてくれました。でも…私だけ、進めないまま」
「そんなことねーだろ?蓮は前を向いてる。心配になるぐらい、狭い足場に踏ん張って」

蓮崋の顔をあげさせ、ほほを流れる髪をそっと耳の後ろにかける。
わずかに唇を動かすもののそれは言葉にならないまま。

「蓮、言いたいことは口にださねーと伝わらないんだぜ?」

蓮崋は震える手を伸ばして燕青のほほに触れる。

「…燕青、決めました……私はあなたが茶州に戻ってしまったら、鳥となっておそばにむかいます」
「…えーっと」
「死にません。あなたのもとに、この心を…」

燕青の手を取れば自分の胸元へとそっと当てさせる。

「大好きなあなたのそばに私の心を置いてください…」
「じゃぁ、蓮のそばに何か俺も置いて行ってやらねーとな…」

顔を寄せて燕青は笑う。
蓮崋もかすかにほほ笑むとそっと目を閉じた。
触れあった唇はすぐに熱を持ちまた重なる。
こぼれる吐息は熱を帯び、だんだんと荒くなっていく。

「あー、やべー…このままじゃおさまんなくなりそう」

くたっと力の抜けた蓮崋を腕に抱いて、燕青はぽつりとつぶやく。
さらさらと流れていく黒髪を梳きながら腕にいとしい女を抱き込む。

「蓮崋、俺の心も置いて行ってやるよ…離れても、お前のそばにいつでも想いを届けてやれるように」



ひと夏を終え、茶州へと去った燕青が蓮崋と再会するのはそれから一年後のことだった。


鳥になって貴方のそばへ

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