「届か、な、い…」

神鳥の宇宙にある聖地、その聖殿の書庫でアリーヤは本を棚に戻そうとしていた。
しかし届かない。
つま先立ちになり手を伸ばすがあと少し。
台はないかと探すも、見当たらない。
困った、と息を吐き出して恨めしそうに棚を見上げる。

「もう一度…」

本を手にし、棚へと腕を伸ばすも届かずダメか、と諦めかけたところ、アリーヤの手に重なるようにして後ろから手が伸び本を棚へといれた。
驚き、そのまま上を見上げれば赤い髪が見えた。

「可愛らしく手を伸ばしていたからたまらなくなった」
「オスカー…」

炎の守護聖はついでと言わんばかりにアリーヤを後ろから抱き締める。
いつものことであるため、抵抗はするものの諦めていた。

「たまには書庫を覗いてみるものだな。銀の乙女のかわいらしい姿を見れた」
「仕事ですわ。オスカー、そろそろ放してください。日が落ちてきましたからカーテンを閉めなければ、窓際の本が焼けてしまいます」
「やだ、と言ったら?」
「わたくしの私物の本ですのよ?」

くす、とオスカーの笑う声がする。
くる、と体を反転させ向き合えば逃げられないように腕で行き場を遮られる。
上にある顔を見つめ、アリーヤは口を開いた。

「戯れならば他の女官をあたりなさい。わたくしに構わず」

冷たい言葉に少しオスカーの顔が陰る。
ただアリーヤの気を引きたいだけだというのに。
腰を曲げ顔を寄せれば、アリーヤの頬は染まる。

「オスカー…」
「アリーヤ、かわいい…」

すっとオスカーの唇がアリーヤの首筋を滑る。
体に力が入ったのがわかれば背中に腕を回して抱きしめる。
窓から差し込むオレンジの光がアリーヤを照らす。

「あぁ…俺が見たかったのはその表情だ」

銀の髪はオレンジに染まり、わずかに潤んだ瞳はオスカーを映す。
引き結んだ唇はやがて甘い吐息を漏らすのかと思うと背筋に悪い痺れが走る。

「オスカー…」
「だめ。我慢させてきたアリーヤが悪い。俺が我慢強くないの知ってるだろ」

諌める口調のアリーヤに再び口づけ、震える体を支える。
小さく声をあげてはアリーヤは涙を浮かべる。
誰も来ない書庫、日はだんだんと落ちていき、薄暗くなっていく。

「だ、め…放して」
「本気で嫌なら抵抗すればいい。声をあげればルヴァ様でもくるだろう」

抵抗しないのをいいことにオスカーは腰をなで耳に唇を寄せる。

「あれ、アリーヤ様いないのかな」
「この時間ならば書庫にいるはずだとジュリアス様がおっしゃってたわ」

二人の女王候補の声にアリーヤの肩が跳ね上がった。
オスカーはタイミングの悪さに軽く舌打ちしつつ、アリーヤを胸元へ引き寄せる。
赤らむ顔を隠してやり、髪を撫でる。

「いないみたいですわね。物音さえしませんわ」
「うーん、相談したいことがあったんだけどな」

女王候補の声にアリーヤはオスカーを突き放してそちらへ向かっていく。
突き放された程度では倒れはしないが、オスカーは苦笑を漏らした。
一時の間でも腕のなかに彼女がいた。
今はまだそれでいい。
オスカーは机に置き去りにされた書を手に取った。
アリーヤはすでに書庫にはいない。
次はこの本を持って部屋に訪ねてみようか、とオスカーは思案する。
きっとまた拒絶しないまでもいやがられるのだろうけれど。
それもまた、二人の間で行われる遊戯のひとつになるのだろう。




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