妻の手料理は日々進化している。
出会った頃に比べれば格段によくなっていた。
蓋をあけ、早起きして作ったのであろう弁当に箸をつける。
柔らかく煮込まれた肉と野菜、繊細な味付けの品々に舌鼓を打つ。
味はどうだろうかと不安げに蘭華は見つめている。

「また腕をあげたか、蘭華」
「まぁ!嬉しいですわ。鳳珠の口に合いまして」

箸で里芋をつかみ、蘭華の口許に運べば少し恥ずかしげにしながら口にいれる。
満足そうな顔をし、蘭華も自分用の弁当を開いて食べ始めた。
しばらく二人きりの静かな空気が流れていく。

「まだ、周りには知られていないのか」
「鳳珠とのことですか?えぇ、まだですわ。私も知られないよう頑張っておりますから。知られてしまいましたら、騒がしくなるだけですもの。黄家の妻は今、家におりますわ」

ふふ、と蘭華は楽しげに笑う。
鳳珠は柔らかな髪を撫でた。
蘭華は知らないのだろう。
まだ妻を持たぬ官吏には蘭華を妻に、と望む者が多くいることを。
類い希な美しさ、主上のそば付きになるための背後にいる大きな存在、彼女自身の優秀さ、いずれも後宮にあがる女たちにはないものだ。

「鳳珠?」
「叶うならば、お前は私の伴侶なのだと知らしめたいものだ」
「まぁ鳳珠?私はあなたのものですのに、文句がありますの?」

蘭華の言葉に鳳珠はそういうわけではないと首を振る。
愛しい彼女が自らのいない間に言い寄られはしないかと不安になるのだ。
蘭華は箸を置き、鳳珠の首に腕を回す。

「私はどなたのものにもなりません。ですが、不安なら公表してもかまいませんわ」

わずかに目を開く夫を見つめて蘭華は微笑んだ。
特段隠しておきたいわけではない。
黙っておいたほうがよい、というのはわかっている。
それでも美しい顔が曇るのは嫌だった。
唇を重ねて蘭華は至近距離で夫を見つめる。
その瞳には夫への慈愛しかない。

「鳳珠が好きですわ。ただひとりの我が君…仮面のしたの憂い顔も、笑みも獣の顔も、すべて私だけのもの」

鳳珠は蘭華に誘われるように何度も唇を重ねた。
息が上がり頬を染める蘭華の肩口に顔を埋めたと同時に蘭華に待ったをかけられる。

「いけませんわ。午後から詮議がありましたの。主上を探さねば!鳳珠、帰りに荷物は取りにうかがいますわ。では」

はっとした蘭華は服の乱れを直せば手荷物をまとめ、夫の弁当のみ残して戸部を飛び出していく。
残された鳳珠はため息をついて空しく弁当を食べきった。



「主上!見つけましたわ!印をもらわねばならない書に詮議!溜まりにたまったもの、片付けていただきますわ」

主上付きの麗しき女官が、黄家当主の伴侶であることを知るものは数少ない。
しかし、その日常は変わらず繰り返されていることを誰もが知っていた。




平穏なその日常

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