名前なんて知らない。
自分が何者なのかも。

「行くあてがないのか。ならうちにくればいい。うちはお前と似たような境遇のものが多いからな」

そう言って大きな手を差し出してきた男がいた。

「おやっさん、また犬ねこひろ……こどもぉぉっ?!」

大きな屋敷に連れていかれた。
俺を拾ってくれたその人は体格もしっかりしていて豪快に笑って、ちょっと煙草の匂いと硝煙の臭いがする人だった。

「おうよ。道端でうずくまっていてな。いい目をしている…」
「いやいやいやいや…さすがに子供は親もいるからだめだって」
「いねぇよ、このガキにゃぁ…姿見ればわかんだろ、唯」
「………はぁぁぁぁ…どうせ言っても元の場所にはかえさねぇだろ。おまえら、ガキにあわせた服と風呂の用意だ」
「へいっ!」

ここはどこなんだろうかとぼんやりした頭で考えた。
大きな手は何度も頭をなでてくれる。
気持ちいい…。

「唯、こいつの名前何かねぇか」
「おやっさんが拾ったんだからおやっさんがつけるべきだろ」
「……春夏冬弓弦ってのはどうだ?」
「…あきなしゆづる?」
「おうよ。こいつぁ、俺の二人目の餓鬼よ。唯、お前の弟だ。お前の名は秋成唯と名づけた。お前にゃ秋があるがこいつにゃ秋はねぇ…お前らは二人で欠けたものを補い合うのさ」

なにを言っているのかはわからなかった。
でも、この人に抱かれているのはひどく心地よかった。

「唯…こいつに全部教えてやれ。知識も技能も、人を殺す知恵も…俺が拾ったからにはこの世界で生きさせる。途中で、唯、おめぇもだ。おめぇもこの組のもんも全員が死ぬわけにはいかねぇ…お前ら二人で俺のあともこの組を守れ」
「おやっさん…」

そして俺はここが極道の一家であること、俺を拾ってくれた人はこの組の頭であること、この組の誰もが、誰かに捨てられ一人であって、頭に拾われたことを知った。
俺の兄貴となった唯に、俺は普通の人間が生きていく知識、技能、そして裏社会に必要不可欠な武器の扱い方を教わった。

「唯、弓弦、ちょっとこい」
「親父さん?」
「おー、弓弦、でっかくなったな。うん?おめぇを拾ったときにゃぁ…こーんなに小さかったのによ」
「ちょ、くすぐってぇし」

親父さんは組の誰にも慕われていた。
俺も、唯兄貴も親父さんがすべてだった。
俺に名前と生きる場所と生きる意味をくれた親父さんの手足となって俺は今日も闇に生きる。
血にまみれ、どれほどの恨みを買おうとも、俺に存在意義をくれた親父さんのために生きることが、俺の生きる意味。

「弓弦、行くぞ」
「おっけぇ、唯兄貴」

この身は親父さんのものであり、そして俺は親父さんの駒。



春夏冬弓弦―最凶と呼ばれる裏社会の殺し屋はこうして生まれた。
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