「ゆーき」

倖は後ろから目をふさがれる。
その声にすぐ誰かはわかった。

「暁?どうしましたか」
「ん〜なんか倖を独り占めしたかった」

目から手を離し、暁はすぐ抱きしめる。
倖は編み物の手を休めて暁を振り向く。
暁は小さな子供のように倖に甘えていた。

「倖、おなか減った」
「はいはい」

倖は暁の手を外させ冷蔵庫から冷やしておいたゼリーを出してやる。
さらに出されたゼリーはきらきらと光り、中にいれられたサクランボがゼリーとともに揺れる。

「どうぞ。今紅茶もいれますね」
「うん」

お湯を沸かすべくやかんを用意する倖の後ろ姿を見ながら暁は一口ゼリーをすくった。
赤い宝石のようなゼリーは口にいれるとサクランボの香りを広がらせた。

「おいしい」

暁はほころぶ顔を抑えきれなかった。

「どうぞ」

コトンと倖は紅茶の入ったカップを置いてやる。
暁の隣に座り自分のためにいれた紅茶にミルクを注いだ。

「いただきます」
「あ、倖、おいしいよ〜」
「本当ですか?よかったです」

倖は嬉しそうにほほ笑んだ。
倖は紅茶を飲みながら再び編み物を始めた。

「何造ってるの?」
「暁のマフラーですよ」
「まだ夏も始まってないじゃん」
「ふふ…思いをたくさん、私がいなくなってもあなたが寂しがらないように精いっぱい込めたいと思いますから」
「何言って…」

倖の手が暁の頬に伸びた。
人間んではないはずの自分が冷たいと感じる手だ。

「…暁」




あのとき倖は何が言いたかったのか、今ではもう知るすべはない。
倖の哀しげな寂しげな顔が瞼の裏にちらついて離れない。
暁はマフラーを巻きなおした。
それは倖が編んでいたあのマフラーであり、端に小さく暁のイニシャルが入っていた。

「マフラーよりも、倖がずっといてくれればよかったのに」

白い吐息とともに吐き出した言葉は誰にも届くことなく空へと消えて行った。

思いよりも深いもの
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