十九

「原田クン、私は君をまだよくは知らないんだ。だから好きになるも嫌いになるもないだろう?なにしろ此処に来て私はまだ日が浅い。私が君を好きになるか否かは君が、君のことを渡しに教えてくれるかどうかにかかっているのかもしれないよ?」

千里は笑って告げた。
原田はそういえば、と想い直す。名前以外、自分の好みさえも伝えていない。

「なら、千草、俺のこと知って行ってくれるか?」
「いやとは言わないよ」

近づいた原田を見て千里は笑う。
その無防備な姿に原田は顔を近づけ触れるばかりの口づけをした。
千里は目を大きく見開き、まじまじとそれこそ穴があきそうなほど原田を見つめた。

「そんな顔すんなよ。今日はここまでだ。これ以上は、きっと俺は抑えが利かなくなるからな」
「…む、そうか」

唇を抑え千里はしばし呆然とする。
そんな姿さえ何処かかわいらしく見えてしまい原田は再び口づけたい衝動をこらえた。

「そういや…千草は、土方さんが好きなのか?」
「……は?」
「土方さん、やけに千草を気にかけてるからな」
「……それ、永倉クンにも言われた。彼も私を男を見ているから、衆道だな、とかニカっとして言われ…あぁ、腹立ってきた」

ぽつりとつぶやき、大きなため息をつく。
土方が千里を気にかけるのは、千里の養父からの頼みがあるから。
互いに恋情があるわけではない。
千里も土方もたがいを利用しあっているのだ。

「違うよ、原田クン。私は土方クンが好きじゃない。嫌いでもないけどね。土方クンはいずれ大切な女を泣かせるようなまねをしそうだ。生真面目で、馬鹿で、まっすぐな男だからね」
「…総司は?」
「彼?結構恐ろしいこと言うよね。殺しちゃいましょうよに始まり、殺すよに終わる。でも近藤サンに向けるまっすぐな親愛の気持ちは嘘がないんだろうなぁ」
「平助」
「藤堂クンか。最年少の幹部ながらよくやってるよ。ただ、まだ精神面が未熟で世渡りの術がなってない」
「齊藤」
「彼ねぇ。読めないんだよ。土方クンを信頼しきってるし、武士の心というか精神も感じられる。きっと彼は恩に報いるためならば命も捨てられそうだ…」
「すげぇな…」

千里が話す様子を間近で見つめながら原田は感心していた。
この短期間で千里はずいぶんと新選組の隊士たちを観察している。

「新八も平助も、齊藤や土方さんみたいな真面目一筋じゃないけど、やる時はやるもんだぜ」

原田の話しに千里は様々なところで笑った。
その姿はいつもの飄々とした千里ではなく、年相応の、原田から見れば魅力的な女性に映ったのであった。


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