フォークになりたい。
*「ケーキになりたい。」の続き
いつも絵を描くときそうしているように、僕はイーゼルに向かいながら色をしみこませた筆を持っていた。
だけどどうにも白紙より先に進まない。
随分前に絵の具をしみこませた筆先は、とうに乾いて固まってしまっていた。
あーあ、今日はせっかくこんなにいいお天気だから、風景画でも描こうと思ったのに。
重い画材を持って噴水広場まで来たのは、もしかしたら間違いだったのかもしれない。
(だって家にいたら、あのことばっかり思い出しちゃうし……)
そんな風に思いながら、僕はまた昨日のことを思い出していた。
小さな口を大きく開いて、ケーキを頬張るグラムの姿。
開いた口の隙間からは、普段見ることの出来ない赤い舌がちらちらと覗いていた。
それはケーキが来るのを今か今かと待ちわびていて、下あごに張り付く姿はまるで伏せをするわんちゃんのようだった。
そして、そして……。
ごくり。
僕はまた昨日のように、その先を想像して唾を飲んだ。
待ちかねたケーキとめぐり合い、尻尾を振って喜ぶグラムの舌を。
(ああ、もう……!だめっ)
身体の奥の下の方からぞわぞわと上がってくる妙な感覚に、寒くも無いのにぶるりと一度だけ震える。
やっぱりどこにいても思い出してしまうということに気がついて、もう僕は観念した。
今持っている筆が、昨日僕の握ったフォークと重なる。
中をもっとよく見たくなってこじ開けようとしたら、思ったよりもずっと簡単に開いたグラムの口。
僕の名前を呼ぶ声はいつもよりずっとか弱くて。
そしてグラムが喋るたび、口の中に唾液が溢れて……。
(かわいかった、な……)
グラムはいつもかわいいけれど、それとは少し違った。
だから僕も、きっといつもと少し違ってしまったんだと思う。
もう一度這い上がってきた何かに身を震わせ、小さくため息をついた。
気がつけば、僕の周りには遠巻きに人が集まっていた。
なにやらひそひそと小さな声で話している。
なんだろう……?
ふ、とイーゼルを覗くと、グラムの口の中で唾液の海におぼれながら尻尾を振るわんちゃんの絵ができあがっていた。
「うわあ……」
自分でも気がつかないうちに描き上げてしまっていたようだった。
ああ……、僕、いったいどうなっちゃうんだろう。
一緒について来てくれていたカスパルを抱き上げてそう問えば、カスパルは珍しく目をそらした。
フォークになりたい。
(うわっ、エリク、なんだよこの絵!きもちわりぃ!)
(12.4.8)
――――――――
よかったねエリク!あたらしいジャンルの開拓だ!(^0^)
ちなみに最後のセリフは、絵を持ち帰ったときのルシアの反応です。
しまったしまった!カスパルをパスカルと勘違いして打っていた!
訂正しました(^p^)
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