ケーキになりたい。




冷蔵庫に丁度良くふたつ残ったケーキをエリクと一緒に見つけたのは、少し前のこと。
他のみんなが外へでかけているのをいいことに、わたし達はいそいそと紅茶を淹れてリビングで一番日当たりのいい席を陣取った。
わたしよりもいくらか早く食べ終わったエリクはしばらくカスパル相手に戯れたりしていたけれど、わたしが最後のひとくちを迎え入れるため口を開いたとき、エリクがじっとこちらを見つめているのに気がついた。


「……食べる?」


幸いまだ口には触れていなかったその一口をフォークごと差し出そうとすると、エリクはふるふると首を横に振った。


「ううん、僕はいいよ」
「でも、食べたいんじゃないの?」


でなければ、あんなに物欲しそうに人の食べる姿を見つめるはずがないと思う。

フォークを更にエリクに近づけ、どうぞというように首を傾げれば、エリクは素直にそれを受け取った。
エリクの喉が、ごくりと生唾をのむように上下する。

しかしそのフォークの先が、エリクの口へ入ることは無かった。
何を誤ったのかわたしの唇目掛けて迫ってきたそれに、わたしは反射的に口を開いてそれを受け入れていた。
甘い、クリームとスポンジの味が広がる。


「えいう……?」


せっかくの最後のひとくちだったけれど、十分に味わう暇もなく飲み込んでしまった。
まだ口の中にあるフォークのせいで、彼の名前も上手に呼べない。

驚いているのはわたしの方なのに、何故かエリクは瞳を大きく開いてわたしのことを凝視していた。
その頬はうっすら上気していて、どういうわけかその口から吐き出される息は少しだけ荒い。


「グラム……」


エリクが、呼びかけるでもなく独り言のようにわたしの名前を呼ぶ。
その膝から、するりとカスパルが体制を崩して落ちていった。
だけどエリクはそのことにも気がついていないみたいだった。

そしておかしなことに、フォークがわたしの口から出て行こうとしない。
すでに上に乗ったケーキは喉の奥に消えてしまったというのに、口の中に居座って一向に動く気配が無いのだ。


「えい、う……?」


今度こそどうしたものかと思い彼を見上げれば、またごくりと、生唾をのんで彼の喉は上下した。

すると口に咥えたままのフォークが、エリクの操作によってわたしの口をこじ開けるように舌を押しつぶしてきた。
なすすべも無く僅かに唇を開けば、切っ先にある四つの突起が舌の上を優しく這った。
なぞられたのは舌の上のはずなのに、それはなぜかぞわぞわとわたしの背筋を振るわせた。
じわりと舌の付け根から唾液が染み出てくるのが分る。

そしてその様子をずっと、エリクは瞬きもせずに食い入るように見つめていた。


「……グラム、かわいい」


その言葉は、普段彼が小動物や雑貨などに向けて発するそれとは、同じようで違う言葉のようだった。
そして彼自身もまた、普段の無邪気で幼いままの彼とは、同じようで違う人のようだった。

わたしは見てはいけないものを見てしまった気分になり、床に転がるカスパルと顔を見合わせるのだった。




ケーキになりたい。
(グラムはいつもかわいいけど……なんだか今日はもっともっとかわいい)
(12.4.8)
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\(^0^)/
風邪引いたときのお医者さんの検診を思い出した。
「はーい、口開けてー、あーって言ってみてー、はい、ありがとう」



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