言葉の有効期限




例えば「ここに座って良いよ」と言われたとする。
しかしそう言われたからといって、明日も明後日もその次も、10年先までいつでも好きなときにその椅子に座っていいといえるだろうか。
答えは否である。
言葉には、有効期限というものがあるのだ。


「ねえチェレン」


僕の家、僕の部屋で当たり前のようにくつろいでいる、幼馴染のグラム。
幼い頃、「いつでも来て良いから」と言ったきり、本当にいつでも好きなときに僕の部屋に来る曲者。
昔と違って僕もグラムももう大人で、男女の別だってはっきりしているというのに。
彼女は言葉の有効期限を理解しているのだろうか。
グラムはどこから見つけたのか、昔のアルバムを開きながらおかしそうに笑った。


「見てよ、チェレンの前髪!5歳のときから同じだよ」
「……うるさいな」


気恥ずかしさを紛らわすため、手にした牛乳を喉に流す。
アルバムに写っていたのは、幼い頃のグラムと僕、それにもう一人の幼馴染であるベルの三人。
この頃から僕ら3人はとりわけ仲がよく、よく一緒に遊んでいた。
思えば、僕が言葉の有効期限というものの存在を認識するに至った原因は、この頃にある。


『ねえ、ちぇれん』


今と同じように、僕に笑いかける5歳のグラム。


『おとなになったら、けっこんしようね』
『うん!やくそくだよ』


その言葉を信じていた、素直な僕。
今では、もうあんなふうには笑えない。

言葉には、有効期限がある。
そのことに、気づいてしまったから。


「……ねえ、チェレン」


あの日僕に結婚しようと言ったグラムの薬指には、今小さなダイヤが光っている。
僕以外の、誰かが渡した結婚の約束。
もうあの日の“けっこんしよう”の有効期限は、僕らが“おとな”になる前に切れてしまい、犬も食えない青臭い昔話に成り果てた。

何も変わらない僕の前髪。
何も変わらない僕の気持ち。
何も変わらない、最初から拘束力なんて持たなかった僕らの約束。
ただ期限が切れてしまっただけ。

複雑な気持ちを流し込むようにして、牛乳を一気に飲み干した。


「それ、美味しい?」


賞味期限の切れてしまった牛乳の味に、胸焼けがする。




言葉の有効期限
(グラムだって、前髪変わってないくせに)
(12.2.5)
――――――――
5歳はこんなにおぼこい喋り方しネェ!(^0^)


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