さあ、片想いの時間は終わりだよ
「セネリオは……アイクが好きなの?」
ガタン。
目の前で本を取り落とす音。
何だ、ちゃんと聞こえてるんじゃない。
さっきまでは何を言っても無視を決め込んでいたくせに。
「あなたはいきなり何を言い出すんですか」
「いいのよ、図星なら図星で」
ここ最近すっかり慣れてしまった野営の天幕の中、わたしはがっくりと肩を落とした。
そんなわたしを見て、セネリオは取り落としてしまった本を拾い上げると、呆れたようにため息をつく。
「僕がアイクを嫌っているように見えますか」
「いいえ、全然」
「ならどうしてそんなことを」
面倒くさそうに再び横顔を向けながら、セネリオは読書を再開する。
わたしも負けじとソファに居座ったまま動かない。
「仲間としてとかそういう好きじゃなくて、愛してるの好き」
この天幕は軍師であるセネリオが考え事に集中できるようにと与えられた個人のものであり、こうやって夜な夜なここを訪れるわたしが邪魔者なのは百も承知だった。
だけど、それにしたってセネリオは冷たすぎる。
天幕を覗いてみればあからさまに嫌そうな顔をして机に向き直り、話しかけても聞こえていない振りをする。
もちろんセネリオは誰に対してもそんなだし、わたしが特別嫌われているわけではないことは分っている。
だけど他の誰よりセネリオに歩み寄っているのだから、他の皆と同じ対応じゃ嫌だった。
こんなのは、わがままなのかな。
ああ、そうね……。
セネリオは馴れ馴れしい人間なんて、大嫌いだものね。
だけど、放って置いたらいつまでたっても仲良くなんてなれないじゃない。
「……はぁ」
長い沈黙の後、一枚の絵画のようなその端正な横顔が、ため息をこぼす。
「あなたは、僕が男だということをちゃんと理解していますか」
「もちろん」
「なら僕に“お前は衆道の気があるのか”とでも聞いているつもりですか」
「だってセネリオ、アイクにだけはとっても優しいじゃない」
そう、問題はそこなのだ。
誰もがセネリオに冷たく突き放され、ただの一人もその笑顔を見ることが出来ないというのなら諦めもつく。
だけど、そうじゃないのだ。
“セネリオは……アイクが好きなの?”
つい、冒頭のセリフが頭をよぎる。
セネリオは何故かアイクにだけはとても従順で、優しい笑顔を見せた。
あれは心を許したものにのみ見せる、暖かい表情だ。
わたしだって、セネリオのそんな顔、面と向かって見たことが無い。
だからついつい男であるアイクに嫉妬して、こんな馬鹿みたいな質問をぶつけてしまうわたしをどうか許して欲しい。
だってわたし、どうしたってセネリオが、好きなんだ。
「……アイクのこと、わたしの何倍くらい好き?」
いじいじ、いじいじ。
指はそれぞれ意思を持ったように、不安がって寄り添う。
「それはあなたの言う“愛してるの好き”ですか」
「……もちろん」
さっきまで飽きることなくセネリオの横顔を見つめていたはずなのに、気がつけば視界にはもじもじと指をこすりあう自分の手だけが映っていた。
知らぬ間に、うつむいていたみたい。
自分で聞いておいて、答えが怖い。
ああ……何て言葉が返ってきたら、わたしは満足なんだろう。
「それなら、あなたの方がアイクの何倍も好きです」
「……へ?」
一瞬、聞こえてきた言葉の意味が分らなくて、顔を上げた。
そこには、心なしか赤みのかかったセネリオの顔。
横顔なんかじゃなく、こっちを向いた、セネリオの顔。
今、何て……?
「セ、セネリオ、熱があるの!?」
「そんなものありません。質問は終わりですか」
「あ、ちょ、ちょっと待って!」
再び本に向き直りそうになったセネリオをどうにかこちらへ向かせて、わたしは荒くなった息を整えた。
「それって、それって、わ、わたしのこと、その……」
「何ですか」
「好き……って……こと?」
「……そう言っています」
どうしよう、恥ずかしい、わかんない、でも、嬉しい。
「で、でもセネリオ、わたしのこととっても鬱陶しがってたじゃない。ほ、ほら!わたし天幕にまで押しかけてくる迷惑な女だしさ!」
「自覚があるなら控えたらどうです」
「嫌よ!だってセネリオ、天幕の外だと更に冷たいし……」
ただでさえ有能な軍師として魔道士として引っ張りだこなセネリオが、わたしとまともに会話してくれることなんてほとんどなかった。
それはわたしがこのセネリオの天幕に顔を出すようになってからどんどん悪化していっていたように思う。
嫌われたんだと……思ってた。
「……天幕の外で優しくすれば、あなたは満足してここには来ないでしょう」
やれやれ、とでもいうように呟かれたセネリオの台詞に、わたしは今度こそ言葉をなくす。
セネリオ、そんな風に思っていてくれたんだ。
「だ、だったら天幕の中では優しくしてよ」
「はぁ」
わたしの反論に、本日もう何度目かになるためいきを、セネリオは我慢することもなく吐き出した。
いつの間にか完全に閉じられた本は、セネリオの手を離れ机の上に。
「グラム。もう一度問います。あなたは僕が男だと言うことを、ちゃんと理解していますか」
ギシリ。
わたしの腰掛けるソファに、セネリオの片膝が食い込んだ。
息を呑むのも躊躇われるほどの距離に、セネリオの顔が近づく。
そうよね、セネリオは男だわ。
だからアイクへの好きは愛してるの好きじゃなくて、わたしへの好きは愛してるの好きで。
あら……?
今問われているのはもしかして、そういうことじゃなくて……。
「……!!」
唇に触れる、柔らかく小さなぬくもり。
軽く触れて離れていったそれがセネリオの唇であることに気がつくと同時に、セネリオの言わんとしていることをようやく汲み取って、わたしの顔は火がついたように真っ赤になった。
男のセネリオと、女のわたし。
夜の帳も降りたこんな時間に二人きり。
ああ、そうか。
わたし、分かっていたようで、全然分ってなんかいなかった。
わたしって今もしかして、かなり危険な状況……?
見上げるように覗き込んだその瞳は、意地悪く笑った。
さあ、片想いの時間は終わりだよ
(何をされても文句は言えない……でも後で言ってやる!)
(11.03.31)
――――――――
長……ッ!
書いてて疲れました。
ここまで読んでくださった貴女は勇者です。
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