価値愛なんてそんなもの




「ン……、ふぅ」
「グラム……」


野営地の天幕の中、大陸一の勇者と愛し合う。
ドロリ、つい今しがた放たれた体液を中に感じながら、暖かい余韻に浸る。

彼……アイクとは、最近恋人になったばかり。
だけどわたしも彼も、お互いに夢中だった。
何度も彼を受け入れたわたしの身体は、確実に彼のために改造されてゆく。


「ああ……愛してる……グラム」


血が沸騰してしまうほどに、熱い眼差し。
真っ直ぐに私だけを見つめる、強烈な愛情。

だけどわたしは知っている。

そんな眼差しが、目の前からだけじゃなく、もうひとつ、こちらに向けられていること。


「ふふ……アイク。あんまり長居してると明日に響くわよ」


さっき果てたばかりなのにまだわたしの身体に手を伸ばそうとする彼の頭を、優しく撫でる。
恐ろしいほどの体力を持っている彼は、まだまだ足りないとばかりに不満げな顔をした。
だけど、これ以上の長居は明日に響くわ。
あなたほどの体力の持ち主は大丈夫かもしれないけれど、明日の軍議、肝心の軍師がいなくちゃ大変でしょう?

ちらり、アイクとは違うところから感じる熱い眼差しを見つめ返す。

途端、びくりとその小さな肩が跳ねるのが分った。
……セネリオ。
それが、もうひとつの眼差しの正体だった。


「……わかった。遅くまですまなかったな、お前を前にするとつい加減が効かなくなる」


ゆっくり寝るんだぞ。
名残惜しそうに甘いささやきを残して、アイクは天幕から出て行った。
その広く頼もしい後姿を見送って、足音が完全に遠ざかると、わたしはもう一度セネリオに視線を向ける。


「……おいでよ、セネリオ」


戸惑うように、焦るように、その綺麗な長い髪が揺れるのが分った。
天幕の裏の隙間から覗いていた瞳が一瞬伏せられて、どのくらい時間がたっただろう。
遠慮がちに、小さな手が幕にかかった。


「こんばんは」


ようやく天幕の中に入ってきた少年に、にっこりと笑いかける。
そうすれば、彼は怒ったような、だけどやはり焦ったような顔をした。
その頬は、うっすらと上気している。


「……どうして、僕を天幕に招き入れたんです」


冷静を装ったその言葉に、わたしはやはり、微笑むしかなかった。

彼……セネリオが、毎夜行われるわたしとアイクの密会をこっそりと覗いていることは、知っていた。
最初のうちは、その瞳は、わたしじゃなくアイクに向けられていると思ってた。
セネリオにとってアイクは憧れで、信頼できる唯一の相手で、絶対の存在だったから。
だからわたしなんかと付き合ってるのが不思議で、納得できなくて、だから好奇心で覗いているのだと思っていた。

だけど、違ったんだ。

わたしはいつからか気づいていた。
その瞳が、ともすればアイクよりも熱く、甘さを持っていること。

その瞳が……真っ直ぐに、わたしだけを射抜いていること。


「わたしのこと、好きなんでしょう?」


ぴくん、小さく彼の眉が動く。
それだけで答えは返ってきたようなものだったけれど、セネリオは頑なだった。
きつく結ばれてしまった唇は、これ以上何も語るまいという彼の明確な意思表示。


「どうしていつも、覗くだけだったの?それで満足?」


彼にとって大切な存在の、アイク。
そんなアイクとわたしの関係を壊してしまわないよう、自制をかけていたのくらいわたしにもわかっていた。
壊さないように、ばれてしまわないように、だけど、見ているくらいなら構わないだろう。
アイクの姿に自分を投影するくらいなら、かまわないだろう。
そうすることで、逆に自制は保たれる。

そんなセネリオの思想が、伝わってくるようだった。
口を閉ざしたって意味が無い。
何よりもあの熱いまなざしが、全てを語ってしまっているのだから。


「……もっと近くにおいでよ」


微動だにしようとしないセネリオのその細い腕を、半ば強引に引き込んで、ベッドへと招き入れる。
彼の瞳が驚きに見開かれたのは一瞬で、すぐに眼を伏せて彼はわたしから視線をそらしてしまった。


「……何の、つもりですか」


彼の動揺が、肌を通じて直に伝わってくるようだ。
さきほどアイクと行為を終えたばかりの、一糸纏わぬわたしの姿。
視界に映すまいと顔を背けても、無意識に目の端で捕らえてしまっている。
セネリオの吐く息は、熱かった。


「いいよ、セネリオにも……あげる」


掴んだままだった彼の手を、優しく自らの胸へと誘導する。
拒否するように逃げるように硬くなる掌をゆっくりと撫でて開かせれば、彼はもう抗うことなんかできない。
わたしの誘導なんかなくても、彼の手はひとりでに動き出し、わたしの肌を熱っぽくなで上げる。
いつのまにか、そらされていた瞳はいつものように真っ直ぐとわたしを射抜く熱いそれに戻っていた。

彼の中、半分流れる獣の瞳。


「……はぁ……、グラム……」


喉が渇いて仕方ないというように、飢えた瞳がわたしを見上げた。
その瞳が問うていることを汲み取って静かに頷けば、後はもう、少年は自らが酷く嫌う獣へと成り下がってしまうだけ。


「ふ、ぅ、……グラム、グラム……ッ」


がばっと覆いかぶさるその身体は、いつもよりいくらか大きく感じた。

ああ彼は……やはり半分は獣なんだ。

彼の額に浮かび上がる“印”に、そっと口付ける。
アイクのことは、大好きよ。
強くて、逞しくて、頼もしくて、とっても情熱的。
でもね、だけど、それだけなのよ。

もはや人として、軍師だったセネリオの面影はなりを潜め、今盲目にわたしにしゃぶりつくのは紛れもない獣としての彼なんだろう。
わたしが引き出した、もう半分の彼の本性。

息をする間もなく降ってくる余裕のないキスに、わたしは狂喜した。




価値愛なんてそんなもの
(セネリオに乗り換えようかしら)
(11.04.16)
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価値愛=「この人だから好き」ではなく「○○だからこの人が好き」っていう愛。
ヒロイン最低ですね、すみません。



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