悪魔の人助けに、捧げられた代償
「うぅ〜……」
焦ったような困ったような、はたまた怒っているかのような唸り声を上げ、グラムは立ち止まった。
さっきから急に早足になったり立ち止まったりと、コイツの行動は一見すると挙動不審。
だが実は、それにつられるように、少し間隔をあけた後ろの方でも挙動不審な足音がひとつ。
こちらの行動に合わせて早まったり止まったり。
いわゆる、ストーカー。
「テメーも妙なのに好かれちまったなァ?」
「もう!バルレルも黙ってみてないで助けてよ」
オレ様の召喚主であるグラムは、ここ最近しつこいストーカー行為に悩まされていた。
お人よしのコイツのことだから、恐らくどっかで買った好意をそのままぶら下げてきちまったんだろう。
今もそいつは、少し後ろの電柱の影からこちらの様子を伺っていた。
まあ、隠れたってオレ様から気配を隠すことなんて不可能なわけだけど。
「あぁ?“自分で解決する”って大見得きったのはどこのどいつだぁ?」
「だって……」
召喚主であるコイツの周りをうろつくということは、すなわちオレの周りをうろつくことでもある。
さすがに鬱陶しく感じたから始末してやろうと言ったら、断ったのはコイツ自身だ。
何でも、他の誰かが制裁したところで根本的な解決にはならないんだとか。
だから“始末してやる”っつってんのに……。
「でもよォ、お前このままだといつか背後からブッ刺されんじゃねぇか?」
「!!や、やめてよ」
「オレ様をはぐれにすんじゃねぇぞ」
「わ、わかってるわよ……」
ていうかその時は刺されないように守りなさいよね、なんて怒り顔で付け足してやがるが、さすがに不安は隠せていない。
実際に付けられてるときもそうだが、夜も安心して眠れず不眠症ぎみだと言っていた。
……仕方ねぇ。人肌脱いでやるか。
オレはグラムの手を引いて駆け出すと、適当な路地に曲がりこんだ。
突然のことにグラムは目を白黒させ、されるがままに曲がった先で足を止める。
「ちょ……っ、ちょっとバルレル!?」
「ありがたく思えよ、このオレ様がわざわざニンゲンごときを助けてやるんだからよォ?」
「は?だ、だから自分で解決……」
「黙ってろ」
早口でまくし立て、グラムの反論も押し切って、目の前にある線の細い肩を両手でがっちりと掴む。
ヘタをしたら折れてしまいそうだ。
「ようは、見た目がお前だったら良いんだろ?」
「……それって、どういう……」
「オレに任せとけ。……いい加減オレもうんざりしてんだよ……」
「ちょ、」
グラムが何かを言い終わる前に、すっと身を寄せ、グラムの中に入り込む。
二人分あった影は、綺麗にひとつに収まった。
「……他のヤローなんかにジロジロ見られやがって」
呟いた言葉は、ワントーン高い女の声。
頭ひとつ分も低くなった目線と、穿いているスカートを抜けていくスースーとした風の感触が気持ち悪い。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
いわゆる、憑依状態。
二、三度手を動かし、体が慣れてきたところで、オレは勢いよく路地から飛び出した。
「ひっ!」
途端、慌てて追ってきたのか至近距離にあったストーカー男の顔。
悲鳴をあげたのは、男の方。
男は数歩後ずさりながら、でもしっかりオレの目を見た。
いや……、グラムの目か。
……イライラする。
「おい」
「へっ!?」
ズンズンと歩幅大きく歩み寄り、男が取った間合いを詰めると、その胸倉を掴みあげる。
……といってもコイツの身長じゃ、掴みかかるという表現がいいところか。
男はされるがまま、状況を把握できないといった様子で瞬きを繰り返す。
オレは、コイツの身体で出せる範囲最大限に低い声で、口を開いた。
「もう二度と、近づくな」
それは想像以上に低く、グラムには似つかわしくない、文字通り悪魔のような声だった。
間髪いれず、胸倉を掴む手とは反対の手で拳を作り、振り上げる。
風を切る鋭い音とともに振り下ろされたグーの手は、男の頬をしっかりととらえた。
鈍い音がし、繊細な手の甲に、血がにじむ。
「う、うわあぁああ!」
掴んでいた手を離すと、男は勢いよく来た道を走り去っていった。
恐らくもう二度と、グラムに近づこうとは思わないだろう。
近づいてきたとしても、その時こそオレが“始末”すればいい。
こいつに近寄るものは全て。
手の甲に滲んだ自らの血に唇を合わせ、吸うように舐める。
その温もりに、甘さに、眩暈がした。
さあ、この身体。
返してやるかやるまいか。
悪魔の人助けに、捧げられた代償
(ありがとう、バルレル。でもあれはやりすぎよ!……バルレル?)
(11.03.06)
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返してもらえないと良いよ(^0^)
憑依とかほんと妄想が膨らみますよネー。
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