決して卑怯な手ではない




長い廊下を一人歩きながら、どこからか流れてくるひんやりとした夜風に、気持ちよくて目を瞑る。
ここは人気もなく、熱が篭ることもなく、好きだ。


「ラーサー様、ご立派だったなあ……」


まぶたの裏には、先ほど高らかに王位着任を宣言した我が主君の顔がよみがえる。
まだ12歳と幼いながらも彼は力強く、また頼もしかった。
そんな彼が主役の大事な戴冠式である、最初から最後まで見届けたかったが、なんだか居心地が悪くて思わず席を立ってしまった。
ああいう貴族の集まりは、どうにも慣れない。


「どこへ行かれるんですか?」
「きゃっ!」


突然後ろからかかった声に驚き、小さく悲鳴を洩らした口を押さえる。
振り向けば、まさしく今日の主役である我が主君……ラーサー様が、いつもの笑みを湛えてそこに立っていた。


「グラムさん、お手洗いならこのひとつ手前の角ですよ」
「あっ」


わかりやすくラーサー様が手で差し示す先には、すでに通り過ぎたお手洗いへの道が佇んでいる。
もう何年もこの屋敷に住んでいるのだから、手洗いの場所くらいは知っているが、間違えた振りをしたほうが良いだろうか。
考えていると、突然、ラーサー様が弾かれた様に笑い出した。


「ふ、ふはは」
「ラ、ラーサー様?」
「いえ、分かりやすいものだから、つい」


年下とは思えない余裕を持っている彼。
付け加えると、洞察力や観察力もかなり長けている彼。
しまった、抜け出してきたこと、気づかれてしまったみたい。


「今から部屋でお茶でも飲もうと思っていたんです、ちょうどいい、付き合ってもらえますか?」
「え?ラーサー様、式は……?」
「今はもう正式なやり取りは終わったので、会食のような状態ですよ」


そう言うが早いか、ラーサー様はわたしの手を取って歩みだす。
そういえば、この近くにラーサー様のお部屋があった気がする。
わたしとしても、あの席で貴族に囲まれ食事が喉を通らない思いをするより、気の知れたラーサー様と二人でお茶をするほうが何倍も好ましい。
素直に、一歩前を歩くラーサー様との距離を詰める。
こうして見るといつものラーサー様だが、確かに今日を持って彼はこの国の王様なのだ。


「皇帝着任、おめでとうございます」
「ありがとう、グラムさん」


自然と笑顔になってそう言えば、ラーサー様も笑顔で返してくれる。
少しの間、二人の照れ笑いが続いたが、それを破ったのはラーサー様だった。


「……お祝いは、少し贅沢なものを、頼んでもよろしいでしょうか」
「贅沢なもの、ですか?」


少し低い位置から、実年齢より大人びた笑顔が向けられる。
わたしではあまり高価なものは買えないだろうけど、それはラーサー様もわかっているはず。
めぼしをつけているものが何か分からず、首をひねって考えかけたとき、つないだ手が、少しだけ強く引き寄せられる。


「さあ、部屋まであと少しです」


廊下に響く二人分の足音が、少し小走りになる。
夜更けのティータイムは、すぐそこまで迫っていた。




決して卑怯な手ではない
(お祝いを、下さい)
(10.09.07)
――――――――
そうして貞操を奪われるのです。
ラーサー様までも変態にするとは、なんてひどい、わたしの妄想!(^P^)



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