湖の国のアリスが笑うことは無く


*FDアルフレート攻略後に読むことをオススメ




まただ。
また今日も、彼は同じ表情をしている。
今にも泣き出しそうな、哀しい顔。


「ほら、あまり泣きそうな顔をするな……、もうすぐ、兄さんたちが来るんだろ」


そう、湖の向こうの彼に向かって話しかける。

いつか彼が聞かせてくれた。
心から幸せを願う人がいて、その人が春に子どもを産むのだと。
その人の旦那は彼の大切なお兄さんで、二人はとてもお似合いなんだと。
その子どもをつれて、もうすぐ会いにくるのだと。

だけど彼の顔は、いつにも増して浮かないものだった。


「そんな顔をしていたら、二人が心配するぞ」


少年は、答えない。
ただただ何かに耐えるように、俯いている。

その苦しげな表情の理由を、僕は知っていた。
きっと恐らく、彼が己の内側にずっと溜め込んでいた切ない気持ち。
何度も何度も、彼本人に確認してみようかと思ったけれど、やっぱり呑み込んだ。
だけど、もう、この顔を見るのも限界だった。
彼が本当に壊れてしまうのではないかと思えてきて、怖いんだ。


「好き……なんだろ……」


小さく呟いた言葉に、水面が揺れる。

好きだ、好きだ、好きだ。
思っていても、その口が開くことはなかった。
ただただ一人水面の前に佇み、寂しそうな顔をするだけの、意気地なし。


“おめでとう。幸せに、なってね”


そうとしか言えなかった。
それ以外の言葉なんて……言えるはずがなかった。
想いも言葉も全て飲み込んで、少年はただただ、水面を一人見下ろしていた。


「……なんとか、言ってみろよ……!」


水面に映る少年は、今日も何も答えない。
ただただ寂しそうな顔をして、ただただ何かに耐えていた。
その顔が気に入らなくて、無性に腹が立って、きつく睨みつければ、当たり前のように睨み返される。
ここには湖に投じるべき石もなくて、ただきつく拳を握り締めた。

なんて、悲しい顔。

湖のほとりに膝を突き、その顔を近くで見つめて、思わず息を呑む。

……もしかして、泣いているのか?
ああ、だから、こんなに……。

この湖は、冷たいんだな。

触れた指先が、凍ってしまったように冷たい。
その悲しみに直接触れてしまったようで、動くこともできなかった。

ぽたり。
水面が揺れる。

ああ、ああ……。


「す、き……。好き、好き……!」


湖に沈むもう一人の少年は、叫び、泣いた。
そのたび水面は揺れ、僕はその涙をぬぐってやる。
だけどいくらぬぐっても、少年の頬から涙の跡が消えることは無かった。




湖の国のアリスが笑うことは無く
(ああ、僕はとっくに……狂っていたのか)
(2011.3.30)
――――――――
自分しかいなくて、ついに湖に写る自分とお友達になったディルクさん。
彼の末路は救いが無さ過ぎて辛いです……。



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